朝になれば隊舎の食堂で朝食。
 回数なんかの都合上、俺より女性陣の方が元気なので、彼女らの先に食事は済んでしまい、ノロノロと起きた俺はヒルダさんに付き添われてちょっと遅めの朝食。
 ヒルダさんは先に起きてはいたものの、俺にあわせて待ってくれていたらしい。
「アンディ君は今、霊泉の回復力をアテにできないからねー。この人数で楽しみながら旅をするには、ちょっとばかり工夫したいところなのよ」
「工夫」
「そ。とりあえず、魔法で体の機能を精力回復に少し割り振り直すのはいいわよね?」
「あー……そういやダークエルフの魔法医術ってそれ系が得意なんだっけ」
 懐かしい。最初の旅の頃にディアーネさんが教えてくれたな。
 ダークエルフ、というかタルクでは、魔法で治療というと、運動能力などの片方の機能を落とす代わりに回復性能を上げる……といった処置が主流だという。
 ネイアも一時、怪我をした時にそういう処置を施されていた。「霊泉に浸かって数日で大怪我も全快」というのに比べればまどろっこしいが、それでも回復が何割も、あるいは何倍も早まるというのは充分に奇跡だ。薬なんかとの併用も出来るみたいだし。
「その分、ちょっと筋力が落ちる感じになるけど」
「どれくらいですか」
「んー……精力回復の加速度合いにもよるけど、二割くらいかしらねえ。とりあえず走るのや重いもの持つのは、マイアちゃんかエマちゃんに任せておいた方がいいと思うわ」
「……ま、まあ、この旅の間はそんなに必要じゃないと思いますんで」
 二割。二割かあ。
 一応、兵士の鑑とはいえないまでも、健康的な程度には体も鍛えてるつもりだから、多少ひ弱になってもそこらの町人のおっさんくらいにはなる……かなぁ?
 でも弱るといっても介助されるほどじゃないだろうし、今まで腕が飛んだり足が飛んだりしたことを考えれば、特にハンデというほどのもんでもないか。
「それでだいたい毎晩全快って感じになりますかね?」
「うーん……それが難しいところなのよねぇ。倒れない程度にはなると思うんだけど……ポルカにいる時と同じ調子だとさすがに弾切れが出てくるんじゃないかしら。体感で六割回復ってところと見ておくほうがいいわね」
「……霊泉って改めてすごいんだなあ」
「それはそうよ。あれがどこにでもあったら医者という職業がこの世からなくなる代物だもの……あ、でもさすがに歯とか四肢欠損となると難しいかな」
「でも、ポルカじゃ虫歯なんて聞いたことないんですよね……」
「そうじゃなくて、殴られて歯が折れちゃうとか。先生そういうのでも治せちゃうわよ☆」
「あー」
 確かにそれは霊泉じゃ難しいか。魔法にも魔法の利点がある。
 と、それを近くで聞いていたオーガ兵(新入りらしく俺の知らない顔だった)が、おずおずと話に入ってきた。
「歯って治るモンなんですか? 俺、虫歯で引っこ抜いたり喧嘩で折れたりで今こんななんですけど」
 んが、と口を開けるオーガ。……若いのに歯がスッカスカだった。見た感じ6〜7本はなくなってる。
「こっ……れは酷いわねえ……」
 ヒルダさんは眉根を寄せ、そのオーガに床に寝るよう指示して、口を閉じないよう、つっかえ棒替わりに太い棒を噛ませる。
「アンディ君、しばらく待っててねー」
「あ、はい」
 ヒルダさんはオーガの口の中に手を突っ込み、歯茎をさすりながら呪文を唱え……そして、歯肉の中から引きずり出すように大きな歯をにゅにゅっと作り出した。
「んが!?」
「はい一本目ー。どんどんいくわよー。出来るだけ力抜いててね、この棒でもオーガの子がその気になったら噛み砕いちゃうことあるから。さすがに先生も痛いのはやぁよー☆」
 同じプロセスでどんどん歯を生やし、また歯同士の並びを指で整えていく。もともと歯がない状態で噛んでいたため、傾いた歯が新しい歯に干渉しているみたいだったが、それをもヒルダさんは絶えず呪文を唱えながら指で直接矯正しているようだった。
 ……こういう術を見ると、魔法医はすごい、と思う。
 ヒルダさんは一体、こういう細かい技術を何百、いや何千覚えているのだろう。
 いつの間にか隊の兵士が人垣を作ってそのさまを見守り、総施術時間は約十五分でそのオーガの歯科治療は終わる。
「はい、おしまい。虫歯も結構あったからついでに治しといたわよー☆」
「え、も、もう……って、すげえ、歯が全部あるのなんて何年ぶりだ……すげえ!」
 そのオーガ兵は仲間が差し出した手鏡で自分の口の中を見て大喜びしている。
「お、俺もお願いできますか!」
「俺も前歯が……これ入れ歯で」
「は、歯並び悪くて人前で口開けづらいんですが、そういうのもいいんですかね」
 ワッと隊員たちが殺到してくるが、それを止めたのはアイザックだった。
「ほらほら、ワッとたかるな馬鹿野郎。ヒルダ先生だって暇なばかりじゃないんだぞ。好意でやってくれるってんだから、まずはどうしてもってほど不自由してる奴だけだ。あとはくじ引きするぞ。それと、ちゃんと謝礼くらい用意してるんだろうな。タダってのはさすがに厚かましいぞ」
「いいのよアイザック君。……アンディ君、ちょーっと暇じゃなくなっちゃった。お昼までには終わらせるから、さっきの話の続きは後でね☆」
 ヒルダさんはそう言い、腕まくりをして次の施術を開始する。
 溜め息をついてアイザックは他の奴らに向き直る。
「……こら、マイルズ、お前ちゃんと何か持って来いよ? ヒルダ先生がいらんと言ってもタダってのは俺が許さんからな。礼儀だ、礼儀。……悪いなスマイソン。お前らもそう暇じゃないだろ?」
「まあ……住み着けるほど暇じゃないけど」
 そんなに急ぐ旅程じゃないけど、一ヶ月後にはまたカールウィンに行かないといけない。
 レイラとコルティに答えを迫ってるしな。
「前からいる奴らは折を見てヒルダ先生には色々診てもらってるんだが、新隊員はそもそもヒルダ先生に何を治してもらえるか知らない奴が多くてな。ポルカの霊泉で通り一遍の怪我や持病は治っちまうし、あそこで治らないものは、医者じゃどうしようもないって思っちまってるんだろうな」
「ああ……まあ、そう思うよなあ」
 俺も半分くらいは思ってたところがある。ヒルダさんの健康管理能力は旅先でこそ輝く、みたいな。
「うふふ、まあねー。ポルカにいると、時々自分の技術ってなんなのかしら……っていうのは私自身思っちゃうからねー☆」
 言いながらも、ヒルダさんは既に三人目の治療に取り掛かっている。相変わらず、明るく軽いノリに見せつつ、医者としての行動は恐ろしいほど素早く正確だ。
 惚れ惚れしながら彼女のプロフェッショナルぶりを眺めていると、歯の治療の列には加わらなかった隊員が俺の隣に座り、小声で囁いてくる。
「ところでスマイソン十人長」
「ん?」
「その……歯の話の前なんですが。っていうか精力がどうとか」
「あー……と」
「本当に……あの美女軍団全員と毎晩乱交パーティーなんですか? いや、俺らね、又聞きでしか知らないんですよ。なんかこう、キッチリしてる人たちとか多いじゃないですか。女子隊舎には近づけないんで全然想像もつかないんですけど、あの面子とずっぽしなんですか」
「……そっかー。そういや確かにこう……エロいことしそうにないの多いのな」
 アンゼロスやオーロラを始めとして、ほとんどの同行雌奴隷は、風格ある騎士や貴人としての振る舞いを身につけている。雌奴隷ではないが、最も若くて戦闘経験の少ないベアトリスですら、一般的な目線でいえば、いっぱしの武人としての身のこなしは感じさせる。
 新人の隊員たちにしてみれば、彼女らが裸で尻を並べて喘ぎまくる姿なんて、想像しづらいのだろう。
「もしかして……あの中で一番アレしてるのが想像しやすいのって」
「ナリスさんですね。次点でヒルダ先生」
「……そうかー。そういう感じに見えるのかー」
「あとあのおっぱいでかいガントレットの」
「シャロンか。あいつは確かに最近柔らかいもんな」
「おっぱいがですか」
「態度だよ! ……いや、昔はツンツンしてたんだよ凄く。なんかこう……下目使いで虫を見る感じで」
 そんな話をしていれば、どこから聞きつけたのか、すたすたと食堂に入ってくるのはナリスとシャロン。
 そしてナリスは、見るからに恐縮している新入隊員の前にバンッと手をつき。
「言っとくけど私一番そういうの控えめだかんね!?」
「いやナリス、そこで比較級の言い方したら、やることはやってると自白してるようなモンじゃ?」
「だ、黙らっしゃい!」
 ナリスはツッコまれて気づいたらしく、赤くなってこっちに八つ当たり気味に噛みついてきた。
 そしてシャロンはというと。
「そこまで邪険だったつもりはないのですが」
「いやシャロンはかなり邪険だったと思う」
「むしろあそこから何でオチたんですか騎士長は」
 俺とナリスにすかさず反撃されて、頬に手を当てて困った顔をする。
 その姿は確かに……武人というよりはもっとこう、オンナって感じ。
「ですが、今はもう……スマイソンさんの言いなりですよ……ふふっ」
 どこか艶っぽい微笑みを浮かべつつ立場を表明するシャロン。
 もう夏も近いし、温暖な地域に向かうのでビキニアーマーを装備している彼女の肢体は、新入隊員の目にも鮮烈にエロく映ったに違いない。
「う……じゃ、じゃあそういうことで」
 前屈みになりながらそそくさと逃げていく新入隊員。さすがに当人たちの眼前で下世話な噂話を続ける根性はなかったか。
 それを見送ってから、ナリスは腕組みをして溜め息。
「ハーレムの一員みたいに見られてるのは不本意ながらも理解してたけど、あんな風に思われてるのかぁ……ショック」
「まあ、態度が偉そうじゃないから釣り合いそうってことだろ?」
 あと雌奴隷かどうかはともかく、ハーレムの一員と化していることは既に否定要素がほとんどないと思うんだ。昨日も結局何度もヤッたし。
「私も偉そうにしているつもりはないのですが」
「シャロンは態度は好意的だけど、行動の端々に品があるから、セレスタの平民としてはやっぱり俺とヤッてるの想像しづらいとこあるのかも」
「アーカスにいた頃は下品な姿とさんざん陰口を言われたものですけれど」
 本人に聞こえる陰口か、と矛盾を感じたものの、エルフの耳だと相当離れてのコソコソ話でも聞こえちゃったりするからなあ。現にナリスとシャロンは食堂の外からも聞きつけてきたわけだし。
 それにアーカスは古いエルフの国だから、やっぱり建前の問題で、面と向かっていない発言には反論しづらかったのかもしれない。
 そこに、にゅっとテテスも現れた。とても不満そう。
「なんでナリスちゃんの方が、私よりご主人様といんぐりもんぐりしてそうに見えるんですかー。自分で言うのもなんですが、私そんなに風格ないし、とっつきづらいつもりもないんですけど」
「……まあ、なあ」
「まあ、ねえ」
 そして俺とナリスは肩をすくめあう。
 テテスは頬を膨らませて追及してきた。
「なにが『まあ』なんですかー!」
「だってほら」
「……テテスちゃん。普通テテスちゃんみたいな若い子はあんまりコレとイチャイチャしそうにないって考えると思うよ」
「自分だってエルフとしては小娘のくせにー!」
「キレるところじゃないと思うよ!?」
 俺たちが変な話をしているのをよそに、ヒルダさんの治療はてきぱきと続き、昼には30人近くの隊員が生まれ変わったように満足そうな顔になっていた。
 歯は大事だよね。うん。

(続く)

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