午後はバッソンの町に出てみる。
 徒歩だと一時間くらいかかる町も、ドラゴンに運んでもらえば数分だ。
「あんまり楽をしすぎるのもよくないよなあ……走り込みしないと」
「別にいいだろうそんなの。ディアーネさんの残務が終わったらもう退役するんだろ?」
 アンゼロスにそう言われて、そういえばそうだな、と思う。
 いや、しかし。ドラゴンを使ってるとかの都合は(ある程度ディアーネさんが誤魔化しているとはいえ)特務隊という特権部隊を創設させる程度には軍にも知れてるわけで、すんなりやめられるだろうか。
「軍団司令部レベルとかアシュトン大臣にごねられて、なんだかんだ兵士続けなきゃいけない可能性もあるといえばあるよな……」
「乗り手たるお方が、そのような無粋を飲まねばならないのですか?」
「あのなエマ。ライダーの強権は最後の最後まで取っとかないと平穏に暮らすの難しくなってくるんだよ。本気で危険視されたらいきなりオーバーナイトとか出てくるかもしれないんだぞ」
「……?」
「あ、そうか。エマ見てないのかあの人たち……」
 アマツシマ将軍も何かとインチキな存在だが、「暴虐のアネット」と並び称される最強クラスのエレコーンである「雷のオーバーナイト」ビンセント将軍の攻撃は、当たりさえすればドラゴンだって充分に撃破可能だ。
 カールウィンの戦いではボナパルトのおっさんとディアーネさんの暴れっぷりが印象的だったので霞みがちだが、あの人も間違いなく竜殺しに相応しい力がある。
「とはいえ地を這うものでしょう。本気で恐れるほどの相手ではないと思いますが」
「いやマジで凄いから。飛んで逃げても多分落雷とかで落とされるし」
「そうでもないぞえ。あの手の技は、地におるもの以外にはあまり大した威力は出ぬ」
「……え、そうなの?」
 ちびライラに言われてちょっと驚く。そういうもんなのか、あれって。
「まあ、だからと言って侮れるものでもないが。とはいえ、例え国の大物なんぞが屁理屈を捏ねたところで、ディアーネがあまり無体な要求は許さんじゃろ。そこは心配いらんと思うがのう」
「う、うーん……」
「アンディは兵士辞めるのが怖いんじゃない?」
「そ、そんなことは……ない、けどな?」
 アンゼロスにちょっとだけ図星を突かれて口ごもってしまう。
 実は、兵士でなくなるというのに少し躊躇があるのも事実。
 一人前の職人になる前に兵士になってしまったし、大人になってからはずっとこの立場で気楽にやってきたのだ。本来の立場をそこに持ち、職人仕事は片手間だからこそ、追い詰められずに楽しくやれた……という部分は、否定できないと思う。
 それなら、別に兵士を辞めたあとに職人にならなくたっていいじゃないか……なんてみんな言うだろうけど。実際、俺はそれを求められている気もするけど。
 でも無職はちょっとありえないよな。うん。
 そうなったら本格的に人として大事な部分を投げてしまう気がする。
 そもそも、ドラゴンライダーであるというのをアイデンティティにしてしまうのもそれはそれで苦しい気がする。そんなのに専念して何かやらかす器ではないのだ、俺は。
 みんな持ち上げるが、いつも俺はドラゴンを使うことを大した展望ありきでやっているわけじゃない。
 ドラゴンが手を貸してくれるととても助かる……という場面で、他人には無いその選択肢があるだけなのだ。
 うまくいっているからといって、そうして命令するのを本業にするのは、やはりある種の勘違いなんじゃないかと思う。
 だから、ちゃんと職人として再出発するのが正しい。
 今後ポルカを本拠としていく以上、兵士であり続ける事にはもう無理があるし、ドラゴンライダーという肩書きはあくまで職人という生き方の下のものであるべきだ。
 わかってはいるんだけどなぁ。
「居心地がいい……ってのも事実なんだよな……訓練はしなきゃいけないし、普段は自由もあんまりないけど……仲間はいい奴らだし、頭はアホでもいいし」
「でも、いつまでもは無理だよ。セレスタの上層部は僕らが思っているよりずっと複雑だ。お前はもう、無邪気に考えを国に丸投げしていられる立場じゃない。今でさえ、キナ臭い奴らに嗅ぎ付けられたら……と思えば、少し危ないんだ」
「……そうなんだろうなあ」
 セレスタの最終的な強権は商王と呼ばれる国家元首が握っているが、これは伝統的な王家と違い、十年に一度は選び直される代表者に過ぎない。
 その座を巡り、活発に鎬を削る諸勢力の思惑は……今まではディアーネさんとアシュトン大臣がうまく抑えていてくれただけで、いつ風向きが変わるとも知れないものなのだ。
 俺があくまでセレスタ軍の一員としてちゃらんぽらんに過ごしていたら、いつかはそれ以外の勢力も手を伸ばしてくるだろう。
 エルフ領と男爵の後ろ盾のもと、ポルカに居を構えるという将来計画は、そういった手合いから手を出しづらくさせるという効果は、ドラゴンたちをウロつかせながらここで兵士として過ごすよりもずっと高い。
 移動手段としてのドラゴンを擁していなければ、ポルカへの物理的距離は城にも匹敵する防衛効果を見込めるだろう。
「修業なら、ジャンヌのお爺さんとかエルフの鍛冶屋とか、つけてくれる人にも事欠かないんじゃない?」
「うーん……我ながら、スリード親方流の一流一派を修めたとも言えないうちに、色んな他流で補うのもどうかと思うけど」
 俺が腕組みをして言うと、座席の後ろからペシッとアイリーナの扇子が当たった。
「たわけが。我流で頑張っておる、かのハーフオーガの親方に倣わんのかえ。とにもかくにも仕事が己を育てるのじゃろ」
「そ、そうだな」
 贅沢の言い過ぎか。

 バッソンの町につくと、雌奴隷のみんなはそれぞれ観光に。
 ここがホームタウンだったのはそんなに昔じゃないのに、色んな店がちゃんとあるのが、しんみりするほど懐かしい。
 アイリーナはアンゼロスとフェンネルをお供にしてあちこちの露店を覗き、オーロラとアルメイダは古書店に連れ立って入っていく。テテスはシャロンと一緒に焼き菓子売りに吸い寄せられていき、ネイアは揚げ物屋の前で幸せそうに調理を見守っている。揚がったら片っ端から食べるのだろう。
「ボイド君見っけー! やーやーやー奇遇奇遇ところで観光案内とか得意じゃないかね」
「げ、ナリスさん……」
「今『げ』って言ったね?」
「き、気のせいスよ? あ、あと僕今ちょっと山に狩りに行くところなんでその」
「狩り!? 弓!? いいねいいね、おーいルナちゃん! 狩り行くってよボイド君!」
「得意」
「い、いや、観光案内とかいう話は」
「暇を潰せればなんでもよろしいのだ」
「ん」
 ナリスとルナがボイドを見つけて絡んでいる。
 見ないフリをしよう。
「ライラたちはどうする?」
「我は酒でも飲もうかのう。ヒルダよ、どうじゃ」
「んー、あんまり昼間からだと外聞悪いんだけどなーでもなー☆」
「そう言う割には楽しそうじゃのう」
 ライラとヒルダさんは酒場に足を向けている。まあ、ライラがいれば何が起きても大丈夫だろう。
 そしてマイアとエマはというと。
「私はここにいる。みんなに何かあったら飛んでく」
「わ、私もそうします」
 街角に陣取って雌奴隷たちの異常に目を光らせることにしたらしい。まあ各員そこらの男じゃ束になっても敵わない猛者ばかりなので、そんなに警戒するほどのことは無いと思うけど。
 三々五々散っていく彼女らを見送り、俺も少し歩こうかと思ったところで。
「…………」
 ぽつんと突っ立っているベアトリスがとても気になる。
 ……ああ、ネイアが食欲に気を取られてるからなあ。言葉が通じないからネイアについてくかテテナリあたりを頼るしかないけど、気乗りしないのかな。
「ベアトリス」
「……ん」
「何か、したいこととかあるか」
 ……我ながらあやふやな質問。
 そもそも、ベアトリスはこの町に何があるのか……いや、それ以前にセレスタの標準的な町がどういうものなのか、皆目見当がつかないのではないか。
 ある程度は知識があってこそ「あんな場所はないか」「こんなものが見たい」と言えるんだ。秘境の国とド田舎のポルカしか知らないままでは、あまりにもベアトリスにとって予備知識がなさ過ぎる。
「まずは一通り見て回るか? うん、それがいいな」
 俺は強引にそう決めて、ベアトリスの手を引く。
 ベアトリスは小さく「ぁ……」と呻くような声を上げたが逆らわず、俺に手を引かれて歩き出す。

 バッソンの観光案内か。
 ……さて、どういう所を見せるのがいいかな。
 と、思案しながら歩く。
 乗り合いの馬車がゆっくりと行き交い、町のあちこちで威勢よく商人たちが客寄せの声を上げる。
 バッソンは活気ある町だ。トロットへの交易拠点として今なお成長が続く。
 そんな目抜き通りをただ歩いているだけでも楽しいし、俺自身がいない間に増えた店もちらほらあり、またトロットに比べて格段に異種族が多いのもきっと目に楽しいだろう。
 オーガの若いの三人連れや獣人の子供たち、リザードマンの商人にダークエルフの旅人。冒険家らしい大荷物のドワーフもいた。
 こんなに色々な人種が全く自然にすれ違う姿は、セレスタ以外ではなかなかお目にかかれるものじゃない。
 それらの間をすり抜けるように歩き、どうだ、面白いだろ、とベアトリスを見るが、ベアトリスはあまり周りに目を向けていないようだった。手を握る俺をじっと見てついてくる。
 ……な、なんか、……困るな。
 どうしたものかと思いながら人込みを抜け、路地で一息をつき、ベアトリスを改めて見る。
 ベアトリスはじっと俺を見て……手を放そうとしたら慌てて握り返し、少し顔を赤らめて。
「……あの」
「ん?」
 俺の耳元に唇を近づけてきた。
 別にそんなに声を潜めなくても、ベアトリスの言葉を聞き咎める人はほとんどいないと思うけど。
 ……しかし、囁かれた言葉を聞けば。
「……パパ。……あの、……また私の子宮と、パパちんぽで遊んで欲しい……」
「!?」
 耳を疑うしかなかった。
 というか、真剣に聞き間違いではないかと思ったのだが、ベアトリスはさらに顔を赤らめて。
「……二人っきりで……優しく、種付けして」
「な、なっ……何、を」
「……うー」
 ベアトリスは唸り、俺の手が軋むほど力を込めて。
「……こ、こう言ったら……して、くれるんじゃ、なかったの?」
「……あ、あー」
 え、えーと。
 ……昨日の晩だけの設定のつもりだったんだけど。
「ま、町の見物とか……しなくていいのか」
「……したいことあるかって言ったじゃない」
「……え、それ……したいの?」
「何回言わせる気……」
 ふて腐れるベアトリス。だが、要求を聞いてしまうとなんだか可愛くてたまらない。
 真昼間の路地裏で。
 ……今は、誰も幻影なんか扱えなくて。
 だから。
「じゃ、じゃあ……そう、だな」
 左右を見回して、ふと目に付いたのは……連れ込み宿。
 俺の今までの派手なセックス遍歴では今さらな施設ではあるけど、こうして真っ赤になって羞恥に耐えつつもエッチを要求するベアトリスを連れ込むのは……なんだか妙に、興奮する。

(続く)

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