「南の……国?」
「そう。お前、海とか知らないだろ」
「……なにそれ」
南方出発に向けて、ベアトリスも当然誘いにいく。
エルフたちやエマなどにも当然見識は広めて欲しいが、一番見識を広めるべきは無論、今後のカールウィンを導く立場であり、若いベアトリスだろう。
「砂漠も見たことないだろ」
「サバクってなに……っていうか、よくわかんない言葉並べるだけ並べて説明しないのやめてよ」
「海は……水が見渡す限りどこまでも広がってる場所。川とかそのレベルじゃなくて、水の下にも周りにも少しも土が見えないほど水しかない。あとしょっぱい」
「……意味がわからない」
「そうだろうなあ」
俺だって絵でそういう風景があるのは知ってたけど、実際に見るまで想像ができてたとは言い難いし。
「砂漠はその砂版だ。どこまでもどこまでも砂だけの大地が広がってる場所がある」
「……つまらなそうね」
「面白くは……ないかもしれない」
一言で切り捨てられてちょっとつらい。一応、セレスタの観光の目玉でもあるんだけどなあ。
「ほ、他にも何万人も住んでる街とか、北の森にも負けないくらい豊かな森とかあるし……お前も来るといい」
「なんで」
「……いやほら、そういうのを知っておくことが今後のカールウィンのためになるだろ?」
「……難しいことはブライアンとかデューク神官長とかがやるんじゃない? 多分私にブライアンが期待してるのって、こう、国民の取締りとかそういう役だと思うし……」
お前、自分がどっちかというと脳味噌使わない担当だという自覚あるのな。
そこらの普通の国でも、偉くなっていくと権力と武力の違いがあいまいになって、アホのくせに人の上に立ちたがる奴が多くなるっていうのに。
いや俺がそういうのよく知ってるんじゃなくて、ディアーネさんとかベッカー特務百人長とかがよく言ってることだけどね。
いやそれはそれとして。大して勉強の機会もなかった国の人間が、十代半ばにして自分の方向性を低く見積もるのはもったいない話だ。
「お前みたいな若い奴が将来のために育てられるっていうのは、そういう狭い意味じゃないんだぞ。いつか、どんな才能が花開くかもわからない。十年後や二十年後、国がどういう局面に立ち、誰が欠けて、誰が何を背負うことになるかもわからない。いろいろなことを知って、どんな風に国を作っていきたいか考えられる人材が、できるだけたくさんあの国には必要なんだ」
「……アンタ、自分は鍛冶屋とか言い張りながら、こういう時は色々知った風なこと言うわよね」
「う……」
まあ、確かにちょっと俺が言うには高尚なことかもしれない。っていうか実際のところ、俺は政治とか未だにぼんやりとしかわからないし。知ったかぶりだよな。
怯んでいるところに、ネイアが横から助け舟を出してくれた。
「勉強をしたくなくてつまらない理屈を捏ねるものではないですよ、ベアトリス」
「……な、何よ、私は別に……」
「言葉が通じないのが嫌なんでしょう?」
「……あ、アンタみたいにすぐ外の言葉覚えられるほど頭良くないのよっ、私はっ!」
あ、それが一番のネックなんだ。
確かにいちいち通訳してもらわないといけないのは面倒ではある。
「そもそも喋ろうとしないから覚えないんですよ」
「わかんないのに何を喋れっていうのよ」
「わからないものに自分で出会って、すぐにでもわかりたいと思って頭を捻らなければいけないんです。武芸と同じですよ。避けていては何も身になりません。そんなだからソニックシュートも……」
「あ、あれはできるようになったってば!」
あ、衝撃波使えるようになったんだ。ボイドはまだ安定してないっていうのに。
さすが元勇者。
「あんなものでは使えるというレベルではありません。深呼吸して思い切り振りかぶってようやくじゃないですか」
「ちょっと前までちっとも撃ったことないんだからしょうがないでしょ!」
「やってみようと思えばいつでもできたはずです。そういう向上心がなくては、これから変わっていくカールウィンにもいつか取り残されますよ」
「うぅ……」
「そういうわけですからスマイソンさん。連れて行きましょう」
「ネイアも行くのか?」
「無論です。特にポルカに居残らなければいけない理由はないですからね。ベアトリスが残るようでは放っておくわけにもいきませんが」
ネイアは楽しそうに笑う。……いつかどこかに落ちていきそうな儚さはもうない。
旅行を純粋に楽しみに思ってくれているんだろう。
「よし、じゃあ二人は確定で」
俺は頷いて立ち上がる。
他にあたるのは猫獣人たち。
「ルナ、聞いておいてくれたか?」
「メイプル三姉妹は孕んでないから帰らないって。マローネとキュートも」
「別に家族に会いに行くだけでもいいと思うけどなあ」
「一度里心がついちゃうと辛い。こっちにはあんまりおばさん世代の人きてないし」
「ああー……確かに」
若い子達だけというのは、気楽な一面もあるだろうが何かと苦労もある。
兵士も一度隊舎生活を始めればなかなか里帰りはできないから、しばらくすると無性に実家が恋しくなるんだそうだ。俺なんかは子供の頃に親元を離れたからそうでもなかったけど。
特に食事などは、家事慣れした主婦が来ていないのだから地味に苦労しているのだろう。
こっちの飯も美味いはずだけど、魔物肉の豪快なセレスタ風料理なんてのはなかなかありつけるものじゃないし……そこまで贅沢は言わなくても、普通の料理の味付けだって、なかなか故郷のものを独学で再現するのは難しい。
そういうのを抜きにして、単純に頼ったり甘えたりできる相手がいない……というのも、なかなか辛いところだしなあ。
「猫獣人たちがもっと気軽に暮らせるように、こっちに猫獣人のための……なんだろ、専用宿っていうか共同地域っていうか、そういうの作れないかなあ」
「こっちに?」
「だって猫コロニーのみんなが外に出ないのは、外で生活するアテがないからっていう理由が大きいんだろ? 俺の所に子供作りに来るばっかりじゃなくて、少しずつこっちに基盤作っていけるように、コロニーの文化ごと持ち込めるような……」
「なんか難しいこと言うね……」
「いや、難しいっていうか……要は猫コロニーをもっとゴッソリ再現すれば、猫たちにとって暮らしやすいかなって思うだけなんだけどさ」
「いつかはそういうのもやったらいいと思うけど、ポルカは今、色々なことが一緒に進行しすぎてる気がする。今のままもう少し様子見てからでもいいんじゃないかな」
「あー……うん、それもそうか」
ポルカは今、エルフたちとの接触と、それを進めるための各商会からのテコ入れと、カールウィンの移民支援と……それにラパールからの麻薬患者受け入れやクロスボウ隊の年次訪問など、進んでいる案件が多過ぎると言えば多過ぎる。
今のところは軋轢など起きていないけれど、どれかが引っかかりあえば調整は大変な苦労を生むだろう。
今、思いつきでこれ以上ポルカを使うのは控えた方がいいかもしれない。
「っていうか、ようやく暇になったんだから、変なことにばっかり手を出さないで、もっと相手して欲しい」
ルナは少しむくれたようにそう言って、俺の膝に乗ってくる。
ちなみに場所は例の隠し温泉だったりする。別に隠れて何かしたかったわけじゃないんだけど、ルナが一緒に入ろうとせがんだのだった。
「アンディが仕事仕事って言うから私も兵士になった。もう差しあたって命令とかないんだし、ゆっくり私とか雌奴隷の相手に集中してくれていいと思う。コロニーのこと考えてくれるのはいいけど、大仕事になりそうなことばっかり考えないで」
濡れた銀の髪を手で押さえながら、ルナは俺に唇を近づけてくる。
ああ、そうだなあ。思えば彼女も随分一途に尽くしてくれる。
飽きっぽいという噂の猫獣人である割に、あまり面白いわけでもない軍務の、しかも特別裏方に近い仕事を黙々とやってくれていたわけだし。
「んっ……」
「……ん。わかったよ。ルナ、しばらくはデカいことばっかり考えるのはヤメにする」
「うん。そうして。それでもっと種付けを頑張ったら、みんなそれが一番嬉しいと思う」
「ルナも?」
「うん。早くお母さんにして欲しい」
「……おっけ」
俺はルナをぎゅっと抱いて、キスを再開する。
彼女の言う通りだ。俺は自分のちんこが歓迎されるような状況に、もっと喜ぶべきなんだよな。
(続く)
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