銀に限らず金属の品を丹念に磨くのは鍛冶屋の下積みがよくやらされる。
 刃物などを研磨するのは極めていくとまた別の技術が必要になるが、ただピカピカにするのなら知識と根気があればいい。
 それに、古びたクズ鉄にしか見えなかった品物が、新品のように蘇っていく過程を目の当たりにするのは、経験の浅い見習いの若手にとっては、なかなかいい経験になる。
 まあ、ホントに知恵と根気だけでできることなので、別に鍛冶屋じゃなくてもそこらの爺さんとかが老後の小遣い稼ぎにやってることでもあるんだけど。
「よし……できた」
 一般的に根気の要る作業は、俺の得意分野だ。
 化学反応でもって粗く黒ずみを抜き、それで歯の立たない部分をちょっとだけ集中して磨き抜くうちに、首飾りはすっかり輝きを取り戻した。
 そして綺麗に蘇ったその意匠に、改めて目を細める。
 さすがにちゃんとした職人が作ったというだけあって、立派で気品があり、全体の表現にブレのない精緻な品だ。
 手癖で量産しているのではなく、テーマを持って特別にデザインしたのだと自然に思わせるだけの説得力があり、見れば見るほどに奥深い。
「これに負けない首飾りか……」
 はっきり言えば、俺はアクセサリー職人では全くない。
 今作れる物の中では一番それっぽくやれるけれど、飾り物なんてのはそれこそ子供の木彫りから金貨何十万枚分の値打ちのつく芸術品まで千差万別で、それらの中では素人仕事には見えない程度にでっち上げられるというだけだ。
 本当に勉強し、経験し、研鑽してきた職人に比べてしまうと、あまりにも甘い。
 なんだってそうだが、本職の見ている世界は、それ以外の者とは違う。素人がようやく一つの小技を再現できて得意になっているその横で、本職の手仕事は何十の基準から導き出された正解を無言で美しく通っていく。
 俺がこうして訳知り顔で分析しているデザインの妙すら、思慮されたものの半分もわかっているか怪しい。
 だが。
「勝てそうにないからって、いちいち絶望してちゃダメなんだよな」
 海賊の娘ガラティアは、俺にこの母の形見を託し、これに負けないものを作れと注文してきた。
 本当に負けない代物になるのは、ずっとずっと先のことになるかもしれない。
 だが、できないのが問題なんじゃない。やらないのが問題なんだ。
 物を作るっていうなら、立ち止まるのは愚かだ。
 下手でも野暮でも、経験と挑戦を積み重ねていけば、いずれかの高みにはたどり着ける。
 手本はどこにでも溢れているし、とにかく昨日の自分を越え続ければいい。
 それにかける時間と、挑戦の末に駄作を生む恥を恐れること。それが職人の一番の敵なのだと、スリード親方が言っていた。
『王都十剣匠なんておだてられてりゃ、そりゃあ……今打てる鍛冶だけ死ぬまでやっててもいいんじゃねえかと思うこともあるがな。そこでもう何も変えないのが俺の流儀でござい、と腰を下ろしちまったら、もう死んだも同然よ。誰かが追い抜いていくのを墓の下から見送るだけ、ってなもんだ。まあ、作ったモン全部売りに出さなきゃいけないわけじゃねえ。なんでも一度は挑戦してみろ。もちろん、道具の使い方をきちんと身につけた後でな』
 酒飲んで赤ら顔の親方が、新米どもに何度も繰り返した話だ。
 こういうポリシーだからか、スリード工房出身の鍛冶屋は尖った専門職人になるのは少なく、田舎によくいる何でもござれの五目鍛冶屋になるのが多いという。
 それはともかく。
「とりあえず、俺が一番ガラティアによく似合うと思うデザインだな」
 ガラティアは粗野だが華やかな娘だ。あまりシンプルではアクセサリーの存在感が彼女の生命力に負けてしまうだろう。
「ちょっとしたオシャレ」という小粋さに留めるのならそれでいいけれど、ガラティアの要求は形見に負けないほどの品。それは小粋な小物という意味ではないだろう。
 かといってこの本職のネックレスと正面勝負は、なかなか勇気のいる話だ。
 精密な細工をする自信はあるが、精密なだけではダメだ。
 比較対象として優れたデザインがある以上、それに勝るとも劣らない重層的なデザイン力がなければ、いくら細かくてもただの自己満足の無駄芸にしかならない。
 何より荒っぽい海賊娘が身につけるのだ。破損したり怪我しやすいデザインにしてしまうのはあまりに無思慮というものだろう。
 だから、デザインは少し大味にまとめてしまおう。
 で、どこでその妥協を取り返すかというと。
「……ちょっと卑怯だけど、素材で勝負させてもらうしかないよな」
 俺は今のところ、銀にこだわらなくてはいけない理由はない。
 金も白銀も真銀も、それ以外のマテリアルも、調達しようと思えばなんとでもなる。特に溜め込み癖のあるライラや、長年の献上品を雑に取っておいているブルードラゴンたちに頼めば、首飾りの一つや二つ分はなんだって用意できる。
 っていうか、いつぞやに交易用に用意してくれた財宝の中には、色々と細工物に使えそうなものが多かった。
 で、それらの中からあらかじめ用意しておりますのがこちら。……とばかりに、足元の木箱からいくつかの貴金属類を取り出してみる。
 鋳溶かすにはちょっとここの窯では難しいものもあるが、いざとなったらライラ呼んで握って溶かして貰おう。
 デザインそのものとはあまり関係ないチェーンリングになるものや、細かく装飾する宝石なんかも、ダン爺さんのくれた新しい工具でカツカツと取り分ける。
 烈光銀なんかも慎重にあしらおう。素材の強度は弱いからぶつけやすい部分には使えない。それと、ぼんやりとでも光を放つ特性から、透明度の高い宝石のベースに配置することで相乗効果が期待できる。でもダイヤモンドなんかは日光や炎に透かす方が美しいので、あくまで色付きの、少しチープグレードな宝石と合わせるのがいい。
 昔、この様式のアクセサリーがトロット西部で流行ってたことがあったが、知らないで見ると呪いの品に見えるとかで、流行ってから20年ぐらいしたら急に廃れたんだそうな。
 しかしこうも材料が豊富だと、何かと想像力が働いて楽しくなってくる。
 いつか、隣に置いた銀の首飾りのように、ストイックな単体のデザインだけで溜め息の出るようなものも作れるようになろう、と思いつつ、豊かな材料を自在に使って、膨らんでいくイメージ通りのものを生み出す愉悦に浸って、手を動かし続ける。
 こういう作業をしていると、俺はやっぱり職人の子なんだなあ、と思う。
 その気になればカールウィンをどうにでもできる権力が手の中にあるのは気づいているし、女の子たちとひたすら愛欲に溺れるのも魅力的な生活だ。
 でも、この「作る」愉悦は他のことでは決して替えられない。
 これこそが俺の天職だ。どれだけスケールの大きな場所で腕を振るえるとしても、俺が一生続けたいと思う、楽しくて奥深くて他人のためになる仕事は、きっとこれだけだろうと思う。

「主様。主様! もう半日も机に向かいっぱなしです、お体に障りますよ」
「……ん?」
 そして、俺を恍惚のクラフターズハイ状態から呼び戻したのはエマだった。
 一緒にダン爺さんやシャロンも眺めている。ダン爺さんは感心したように、シャロンはちょっとうっとりと。
「え、もうそんなに? 4時間くらいじゃない?」
「10時間以上です。すっかり夜中ですよ」
「……マジで?」
「いやはや、確かにすげぇ集中力だなや。デキはまだまだ荒いが、これだけ一心に細工に打ち込める人間はなかなか見ねえだ」
「それだけの首飾りをどなたに? 嫉妬してしまいます」
「あー……そういやシャロンってラパールの時は一つ前のシタール止まりだったっけ……」
 固まりかけていた背骨を伸ばすと、若干不穏な痛みが走る。
 ヤバい。こういうのをそっとほぐさず急にやらかすと、世のおっさんたちのように腰をやってしまうんだろうな。……まあ、このポルカならすぐに霊泉で元通りだけど。
 そして、手元の首飾りを改めて見る。
 次々湧き出すイマジネーションに駆られて全く気にしていなかったが、全体的にはもう細工が終わっている。
「一応、形にはなった……けど、まだ一味足りないかな……」
 持ち上げて、ガラティアの首にかかっているところを思い描く。
 悪くはない……と、思うんだけど。
「ダン爺さん、何かツッコミどころとかある?」
「……その腕でやる分にはなかなか面白いデキになっとると思うだ。が、あえて一ついじるなら……留め金だな」
「留め金?」
 そこは別の首飾りのを再利用してしまった。
 でも、一般的な形状だけどなあ。
「もっと留め易くて目立たなくて、壊れにくい形の奴があるだ。ちょいと場所貸すだよ。見本作ってやるだ」
「あ、よ、よろしく」
 ダン爺さんは俺の座っていた椅子をどけて立ったまま、手早く新しい構造の留め金を作ってくれた。
「こんな奴だ。アフィルムではこっちの方が多いだぞ」
「アフィルム様式?」
「あっこにもドワーフの国がある。独自の発明も多いだ。他に比べてカラクリの研究が盛んだでな」
「お、おー……」
 なるほど。確かによく見ると合理的で使いやすそうな形状をしてる。
「このアイディアいただきます」
「ん」
 ダン爺さんの留め金を真似して、首飾り製作は完了。
 デザインの美しさはともかく、ゴージャス感だけは負けていない物ができた。
 これでラパールに行ける。

 ちなみに作業が終わってから案の定足がふらつき、工房から出たところでエマにお姫様抱っこされて温泉に飛ぶことになった。
 情けない体たらくにもエマはすごく優しかったけど……うん。やっぱ体力鍛えないとダメだね。

(続く)

前へ 次へ
目次へ