南方行きの話を他のみんなにも言って回る。
今回は争いごとの不安もない。正確にはラパールまで行ってしまうと現地の情勢が分からないので断言しづらいところではあるけれど、少なくともライラにマイア、それにエマを加えて、バウズも同行する今回の道程には不安は限りなく小さいといえた。
というか四頭もドラゴンがいたら、対抗どころか邪魔すらできる勢力もそうそうない。
神出鬼没のライナーに気を尖らせることもない今、これほど安全な旅もない。
「今回は任務ってわけでもないし、輸送力にも余裕があるから……セレスタとかレンファンガスを見てみたいってだけの子でも、観光に連れていけるぞ」
男爵邸で子持ちの二人や、給仕をしているフェンネルも横目にそう言うと、セレンはそわそわとした。
「うーん……どうしよっかなあ……ラパール諸島も死ぬまでに一度くらいは行ってみたいなーって思ってたんですよねー」
「おー。じゃあどうだセレンも。エレニアのことも、少しくらいなら誰かに預けられるんじゃないか」
「んー……難しいところです。アップルに頼めたら頼みたいけど、さすがにまだアップルはおっぱい出ませんし……ジャンヌちゃんにピーター君と二人分のお乳を任せるのはちょっと気が引けますし」
「おっぱいは二つあるんだから、足りそうなものだけどなあ」
「んだ。けっこう出るだよ。ヒルダ先生からお乳の出がよくなる丸薬とか貰ってるおかげもあるだ」
「え、そんなのあるんだ」
「チンポ汁が何十倍も出る魔法があるくらいだ。母乳をどうにかする魔法や薬ぐらい、いくらでもあるんでねえだか」
「……凄い説得力だ」
ダークエルフによるエロ分野の魔術開発が進んでいるのは、タルクの盛んな性産業に対応するためだという。
しかし、そんな限られたニーズにすら対応できるほど研究が機動的なら、もっと切実な育児関係の便利魔術や製薬だって、当然カバーされているわけだ。
……まあ、精液大増量の魔術はディアーネさんちの秘伝だった気もするけど。
「うーん……でもエレちゃん、生まれてまだまだ日が経ってませんから。こんな時期に寂しい思いをさせるのは後ろめたすぎる気もします」
「……まあ、そうかも」
いくら乳母を務められる娘が豊富だとは言っても、じゃあそれでいいよね、と任せるには、まだ日が浅すぎるかもしれない。
歳を数えるどころか、まだ二ヶ月そこそこだ。そんな頃合に、特別な存在である生母が長い時間離れては、情がなさ過ぎると言われても仕方ない。
「うー……行きたいけど、また今度にします。別に最後のチャンスってわけじゃないですよね?」
「それはもちろん。バウズは今後も何度も往復する約束だし、俺も様子見に行くつもりだ」
「それなら我慢します。エレちゃんとの時間をおろそかにしたら……なんだか、所詮親の愛を知らないハーフエルフって感じで、情けないですもんね」
「……それはちょっと卑屈じゃないか?」
「私たちが親に愛されなかったのは、ただの事実です。でも、エレちゃんにそれをそのまま継がせちゃダメなんですよね」
セレンは少し目を細め、遠くを見るように。
「もう、随分前のことみたいに思うけど……アンディさん、言ってましたもんね。私たちの子供には……そう思わせちゃダメだって。アンディ・スマイソンの子で、ピーター・スマイソンの孫で、……私の子だって、胸を張って言えるようになってほしい、って。……子供に手抜きなママと思われないように、今はしっかりしないといけないですよね」
「……そうだな」
俺が心配するまでもなく、セレンの母親としての自覚は、好奇心を凌駕するものになっていた。
「ですから、私の分はフェンネルさん、行ってきて下さい」
「……はい?」
急に話を振られてきょとんとするフェンネル。
今までの流れが自分に向いていなかったので、多少は耳を傾けつつも自分の作業を続けていた。そこで急に視線が集まって、目を丸くしたまま、せわしなくわたわたする。
「えっ、あ、あの、私がその、ラパールに?」
「メイドさんのお仕事は、街の若い女の子たちも行儀見習いで来るんですから、そんなに忙しくありませんよね?」
「えっ、ええと……でも、アイリーナ様たちとか、セレンさんやジャンヌさんのことは私の担当になっていますし……」
「森のエルフの皆さんは、せっかく森から外に出ているんだから、普段から森の身内だけで固めるのはよくないことだと思うんです。この機会に他のメイドさんとも触れ合いますから」
「そ、そうは言われても……急には」
フェンネルは困り果てた顔をする。
なんだかんだで、森から遠く離れるということの経験がないのが不安なんだろう。
「そんなに怖がることないって。アイリーナなんてレンファンガスの魔物大侵攻の真っ只中を漫遊してたこともあるんだし」
「そ、それにしても……私なんて役には立たないでしょうし」
「役に立つとか立たないとか、そういうのはいいんだよ。一緒に遠くを見るのに、資格なんかいらないって」
「うぅ……」
ひとすら困惑した顔をするフェンネル。
……しょうがない。
俺は内心で溜め息をつきながら、フェンネルの耳に口を寄せる。
「……たまには旅先でお前とセックスしたいんだよ」
「!」
フェンネルはピクリと反応し、見る見るうちに赤くなる。
ダメ押しとして、俺はそっとフェンネルの胸を触り、もう一度囁く。
「雌奴隷なら……分かってるよな?」
「っっ……は、はい……」
……今度こそ素直に頷くフェンネル。
横目でセレンやアップルを見ると、やはり聞こえていたらしく苦笑。ジャンヌもだいたいは雰囲気で悟ったようで、肩を竦めて首を振る。
まあ、フェンネルを始めとして、いずれは四人娘たちも広い世界を見られるようにしてあげたいけど。
ちょっと強引かな、とも思う。
男連中が泊まっている宿にも足を伸ばし、近いうちにセレスタに戻ることを伝える。
いや、俺の感覚ではもう「戻る先」でもないんだけども。
「ありがたいっス。シルビアさん、気を揉んで無茶してなきゃいいけど」
ボイドが一刻も早く帰りたいといった顔をする。
ベッカー特務百人長も同様。
「決戦の時の大立ち回りでだいぶ足腰に来たけど、さすがにもうすっかりよくなったしな。そろそろ帰らないと浮気されちまう」
「やっぱキますか。足腰」
「元々俺の本気全開の動きは、特に膝と足首に無理がかかっちまうんだよ。どうしようもねえんだ。まあ、よっぽどじゃなきゃそこまでの動きはいらないんだけどな」
「はー……」
「若い頃はちょいと痛んでも何日かすりゃ気にならなかったんだが……自然治癒が遅くなるってトコは鍛えてもどうなるもんじゃないからな。認めたくないけど歳ってのは効くよ」
切実だ。
まあ、霊泉に長期間じっくり浸れば、そういう加齢による能力低下もある程度までは軽減できるはずだけど……いつまでも湯治ってわけにはいかないよな。
で、ケイロンとオナニーブラザーズはというと。
「俺、別にセレスタ急いで帰らなきゃいけない理由ないから、もっとのんびりしてくわ」
「あ、俺たちもうここをパライソと見定めたので」
「お構いなく」
三人揃ってズビシと干渉拒絶のジェスチャー。
「ホントにお前らそれでいいのか……?」
「帰るにしてもディアーネ百人長が戻ってからじゃねーと、この先の生活とかなんも世話してもらえないだろー」
「セレスタに戻っても、そこにあるのはむさい隊舎だけですぜ」
「しかも昔の仲間たちとはもう別の所属。次の辞令までぼんやりしてるだけ。居心地悪そうとしかいいようがないです。よって特に戻る必然性なし!」
「エロ絵巻のコレクションとかどうすんの」
「!!」
「すみませんスマイソン十人長取ってきてくれませんか!? 俺たちの部屋に200巻ぐらいあるはずなんで!」
多いよ。リヤカー必要なレベルじゃねーか。
「知らん。っていうか俺をおつかいに使うな」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「いや待て相棒。ある意味で絵巻よりずっと素晴らしい物が毎日見れてるんだぞ」
「だけどエロ絵巻にはエロ絵巻のイマジネーションが!」
揉めるオナニーブラザーズ。
いや、まあ俺も共感はあるんだけどさ。
大抵のありえないシチュエーションって、ちょっと頼むと雌奴隷たちが意外とノリノリで再現してくれるんだよね。
そしてしばらく二人はゴニョゴニョと討論した末に、俺に一枚の羊皮紙を手渡す。
「傑作11巻だけに絞ったので、どうかこれだけでも」
「あとは隊の連中にバラ撒いていいですから。それらだけは持って来てください。後生です」
11巻と微妙な巻数にみっともない未練を感じる。
あと問題は量じゃない。
「いやお前ら自分で取りに行けよって話でな?」
「頼みましたよ!」
「ほんと傑作ですから! 持って来る過程で読むのはいいですよ! むしろ読んで共感していただきたい!」
「絶対行かない気か」
……結局羊皮紙を巻いて懐にしまう俺。
き、興味引かれたわけじゃないんだからねっ。
そして。
ジャッキーさんの工房の片隅を借りて、俺は軽く深呼吸をして集中。
「さて……と。まずは磨くか」
黒ずんだ銀のネックレスを、布包みからそっと取り出す。
俺には約束がある。
……それを、果たそう。
(続く)
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