ダン爺さんは木箱いっぱいの鍛冶道具を持ってきていた。
「これ、ジャッキーさんの?」
「んだ。ワシが用意できるモンとしては上等な奴だ。……ま、仲間内にはもっと道具作りの名人もおるが、ハーフオーガ用の鍛冶道具なんてのは作ったことがないらしいから、あのオーガ小僧の分は自分で用意するしかなかったが」
そう言って一番でかいハンマーを手の甲で叩くと、ダン爺さんは一緒に入っていた、ふた回りほど小さなハンマーを俺に差し出す。
「んで、こっちはその名人の奴に譲ってもらった奴だ。悔しいが見栄えではワシの奴よりシャレとるでな」
「わざわざ……」
「売ったら家が建つほどの逸品だで、大事にしとくだぞ」
ダン爺さんのお仲間がよこしたという鉄打ちハンマー。
確かに、その造形美と重量バランスの見事さは凄い。貴族屋敷の玄関に飾っておけるほどだ。
ダン爺さんが手ずから作ったというジャッキーさん用のハンマーも、そこらの工房じゃお目にかかれないほどのオーラがある品だが、俺に手渡されたものに比べるとやはり実用性重視というか、芸術性には欠ける感がある。
やっぱりドワーフの間でも、作風や力量にはそれぞれの個性があるんだな。
どちらにしろ、ダン爺さんがいなかったら、きっと一生握ることはなかった気がするほどの品だ。
「本当に……ありがとう」
「なーにこれっぽっちで感激しとるだ。まだまだ一式あるだぞ。ほれ、そっち側持つだ。一人で持つのは難儀だで」
ダン爺さんは木箱の一方を軽く持ち上げる。俺は反対側に回って力を込めたが、……顔を真っ赤にするほど力を入れてもビクともしない。
二人分、しかもハーフオーガ用の大型道具まで入ってる木箱なんて重くて当然だった。
「なんだ、こんなもんも持てねえだか。鍛え直さんと仕事で鍛冶やるのは無理だな」
「ぐぐぐ……ふぬっ!」
「主殿、ご無理をなさらず。私が持ちますゆえ」
結局エアリが代わってくれた。俺、超かっこ悪い。
……いや、ドワーフの腕力基準でいえば人間基準じゃ相当な大男だって大して変わらないけどさ。
「おお、ぼっちゃん。……と、ダンさん!」
「約束の品だ。ほれ、取っとけ」
ジャッキーさんの工房にそのまま訪れると、さっきの俺同様、ジャッキーさんも目を輝かせた。
「なんて凄い……初めて触るのに手に吸い付く。体の一部みたいですぜ」
「ヌシの寸法や手の感じは一通り覚えとったでな。ま、少し使ってみて不満があれば言うだ。鍛冶屋のヌシにこう言うのもナンじゃがな」
「これなんか……俺が今まで使ってたのがなんだったのかってぐらいの一品だ。あれでも金貨で二千枚はしたもんですが」
「ふん。田舎で仕事するのもええが、道具に関しては無理してでもええものを見ておかんとな。道具を作る側でもあるヌシが、もっとええものを、という理想を持っておらんのはコトじゃ」
「手に入る中ではそこそこ拘ってきてたハズなんですがね。ドワーフはやっぱ鉄の神様だ」
ジャッキーさんは専門の道具鍛冶ではないが、小さな町の鍛冶屋は頼まれればなんでも作る。
自分の鉄打ち道具だってその気になれば作れる。だが、どうしても市販品を越えるものを自分で用意しようという考えにはなりにくい。
例え自分で作れても、先達の専門家が作ったものを信頼しすぎてしまうのだ。
それは、自分なんかが専門家にかなうはずがない……という先入観のせいでもあるが、何より「良品」のイメージが湧かないことにも理由の一端がある。
用が足りればそれでいい。日々の仕事の中で、手の内にある物で工夫することに慣れてしまって、もっといい道具は何がどう違う……という発想自体が出てこない。
道具が壊れれば自分で補充品を作ったりもするが、それは失ったものの模造品であって、やはり同じ芸当ができるだけのものになってしまうのだ。
それがどれだけ創造者として貧しいことなのか、というのを、改めて悟らせる。
それだけのインパクトがこのドワーフ謹製の道具群にはある。
「し、しかしこんだけのモンにいくら出せばいいやら。うちの今の蓄えで足りるかどうか」
ジャッキーさんはオロオロとし始める。
そういえば、確かにこんなもの急に渡されたらそれが普通の反応か。
っていうか、俺完全にタダで貰うつもりになってた。我ながらなんという厚かましさ。
しかし値をつけるなら、それこそとんでもない額になってしまうだろうな……。
「いらんいらん。ワシの見栄の問題じゃ。孫婿とその師匠が鍛冶屋じゃというのにショボいままではたまらん。一度言ったはずだで」
「し、しかしタダってわけにも」
「くどいわい。ワシはヌシを素寒貧にしたくて持ってきたわけではねえ。真面目に仕事して、ワシの顔を潰さんようにしてくれりゃええだ」
「……ホント、なんつったらいいか……一生恩に着ます……」
「たかだか道具一式に釣り合うとは、安い一生だなや。それより『道具に見合うモンを作ってみせます』とでも言う方が、出した側としちゃ報われるだぞ」
「……はいっ」
涙さえ浮かべるジャッキーさん。
苦労ばかりの彼の人生を思うと、あまりにもハッピーすぎて信じがたいほどの出来事なのだろう。
ダン爺さんはそこで俺にもジロリと視線を送る。
「ヌシもだ。せっかくええ道具を調達してきてやっただ。無駄にするでねえだぞ」
「わ、わかってる。わかってます」
「ま、ヌシはそもそも学ばんといかんことが多すぎるがのう」
耳が痛い。ホント、ちゃんと修業をしないとなあ。
「ダン殿のための家も用意してはどうかの」
アイリーナは椅子にふんぞり返ってそう提案してきた。
「土地はそなたの名義でそれなりに確保してある事じゃ。あとはドワーフにとって居心地のいい建築を、ポルカの家師が用意できるかというところじゃが」
「いやちょっと待ったアイリーナ。土地、もう確保してあるの?」
俺、知らないんだけど。
「集落一つ分程度には、の。町の中心から近くはないが」
「そんなに!?」
「なんじゃ。そなた、雌奴隷たちをどうするつもりでおるのじゃ。今のところはあちらこちらに飛び回っておるから適当にそなたの家やそこらの宿に入れておるが、何十人もおるのに、この先何年も仮住まいのままで誤魔化すつもりでおるのかえ」
「……う、うーん……」
「ま、そちらはまた後々でよい。ダン殿の住まいは木造では落ち着かんじゃろう。マリー殿のように完全に落ち着いてしまうわけでないなら、なるべく第三者が掃除をしやすい場所であるように配慮もせんとのう」
「家っていうか……別荘だな」
「別荘でも良いじゃろ。ここは元々保養地なのじゃから」
「ま、まあそうだけどな」
雌奴隷たちが集まり、またその家族も居心地を整える。
決して悪いことではないはずだけど……なんかこういう調子でポルカを踏み荒らしていいのかなあ、と思わなくもない。いや、誰もそれに文句言ってないんだけどね。
で。
「ディアーネさんはいないけど、そろそろ南に一度ドラゴン飛ばそうと思うんだ」
酒場でみんなと飲みながらそう宣言する。
「え、ダン君もう送り返しちゃうんですか。来たばっかりなのに」
ナリスがびっくりした顔で言う。が。
「違う違う。ダン爺さんじゃなくてボイドとかベッカー特務百人長とか。あとお前ら」
「私ら!?」
ナリスが再びびっくりした顔をする。
「ガントレットの四人は一旦、レンネストに戻って任務の清算しないと駄目だろ。いくらポルカとレンネストが徒歩では二ヶ月近くかかるって言っても、さすがにそろそろ何か言いにいかないと」
「ええー……しれっとバックれてもうちょっとのんびりしててもいいじゃないですかー。せっかく責任者不在なんですから命令待ちしてたって言い張ればいけますって」
「ナリス。さすがにそれで給金をせしめるのは不実だと思うぞ」
アルメイダが苦い顔をする。
テテスやシャロンも少々複雑な顔。
「確かにそのうち戻らないといけないとは思いますけどー」
「一度あちらに戻ったら、少し長くなってしまいそうです」
「仕事で騎士やってるんだからしょうがないだろ? いずれこっちに住み着くにしたって、今までの仕事を無責任に捨てるだけってのは良くない」
「そうなのですけど。少し急なので気持ちの整理ができていないというか……」
「私はもう、国元に一筆手紙送ってこのまんまでもいいと思ってたんですけどねー」
「ううむ……私もどうしたものか。ガードナー家との契約は、結局どういうことになっているのだろう……」
「そういうのも全部、先延ばしにばかりもしていられないだろ。ドラゴンは月イチくらいで回すから、一度レンネストで片付けること片付けて来いって」
「……そうですね。お兄様の様子も見ておきたいところでしたし」
「フェリオス大騎士長かー。さすがにそろそろ治ってるかなー」
「あの人、今のシャロン騎士長が下手に顔見せたら死にそうだけど顔見せなくても死にそう」
どうにかガントレットの四人がその気になってくれたところで。
「スマイソン。そろそろ俺も赤クジラに向かわなくてはいけないが」
「バウズ。……ユーファも」
「いい機会だ。ユーファの社会復帰がてら、一緒に飛ばせてもらっていいか」
「ああ、いいよ。最終的にはラパールにも行こうと思ってたところだ」
バウズと、バウズの背後に隠れたユーファに笑いかけるも、すぐに視線を外されてしまった。
……ちょっとショックだけど仕方ないといえば仕方ない。
「それで、いつになる?」
「他のみんなにも声をかけたいから、三日後かな……ラパールに行くまでの寄り道考えると、行き道に結構時間かかっちゃうけど」
「わかった。用意をしよう。他の麻薬患者の女たちも、戻りたい者を募っておいてくれ」
「あー、そういえばそうだなあ。わかった」
バウズの指摘を心に留めおく。
例えラパールに戻るんじゃなくても、セレスタ各地やレンファンガスにも寄る。不幸な彼女たちも、働く先や落ち着く先を選ぶことはできるだろう。
(続く)
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