数日間ほど、だらだらとした日々を過ごして。
 ポルカの街の中をふらふらと歩いては、そこらで会った猫獣人や雌奴隷の子達と、軽くお茶を飲むような頻度でエッチしまくっていたが、概ね大したことは起こらずに日が暮れる日々が続く。
 常に何かが起き続けている……そんな追いかけられるような日々から、ゆっくりと日常へと心が馴染んでいく、そんな毎日。

「できた!」
 スマイソン家のリビングで、ベアトリスの華やいだ声が響いた。
 何事かと顔を出してみると、ベアトリスの手には不恰好なぬいぐるみが抱えられている。
 頑丈な帆布を雑な縫い目で縫い合わせ、両手の長さもちぐはぐで、目の高さも左右で微妙に違い、何も言わずにポンと出されたら何の曰くがあるのかと警戒してしまうような代物だったが、それはベアトリスがナリスたちからの手ほどきを受けながら初めて作った「作品」だった。
「できたのか」
「っ……な、何よっ」
 ベアトリスは俺の姿を認めると、両手で匿うようにぬいぐるみを抱き締めた。
 誰も取ろうとなんてしないのに。いや、文句でもつけられるかと思ったのか。
 だけど、ついこの前まで力任せに剣を振り回すことしか知らなかった女の子が、曲がりなりにも一つ、物を作ったのだ。
 それに野暮なことは言うまい。
「物を作るって、時間かかるけど楽しいだろ」
 俺は水瓶から水を汲んで、台所の残り火に鍋を載せ、湯を沸かす。
「……笑ったり、しないんだ。子供っぽいとか」
「お前なあ。子供の服も子供のオモチャも、もちろんぬいぐるみも、いい大人が作るもんだろう?」
「……それはそうだけど」
「俺は鍛冶屋だから、縫い物はあんまりしないけど。好きなものを自分の手で作れるようになった時のワクワクは忘れないし、今も味わい続けてるぜ」
 昔、親父に、よく鉄の欠片から色々なものを作ってもらった。
 何の価値もない壊れた金属の破片が、一日経つと俺の名前入りの綺麗なナイフやフォーク、バックルや小さな騎士像になっているのを見て、自分も大人になったらこんな風になんでも作れる大人になるのかな、とワクワクしたものだ。
 ポルカを出る少し前の頃には、ペーパーナイフくらいなら親父と一緒に金鎚握って作ったっけな。
 自分以外の誰かが、自分の見えないどこかで、自分の知らない方法で作ってるとしか思っていなかったものが……自分の手からも、自分の目の前の素材からでも生み出せる。
 それを知った時から、俺は自分が鍛冶屋になるのを疑わなくなった。
 ……まあ、結局なったのは兵士だったんだけど。
「思った通りのものを作れてはいないかもしれないけど……お前はひとつ、作った。お前はぬいぐるみを作れる人間だ。それだけで昨日のお前よりずっと立派なんだ」
「……う、うん」
「一つ目の完成、おめでとう。どんどん作ればどんどんいいのができるようになるぞ」
 俺は沸かしたお湯でお茶を入れ、ベアトリスに勧める。
 テテスが森の特産フルーツである銀梨から魔法で生成した砂糖で、甘く優しい味わいにしたエルフの野草茶だ。
 もちろん、前にクリスティに飲まされておかしなことになった興奮成分は入っていない。
「……あ、ありがとう。……と、とりあえず作ってみただけだから、次を作るかはわかんないけど」
「ま、急がなくたっていいさ。人生はまだまだ何十年もある。作れるものもまだまだたくさんある」
「……アンタって変な奴だよね」
「なんだよいきなり」
 ベアトリスはぬいぐるみを抱き締めて、小さく溜め息。
「そうやって変な感じで頼もしい物言いするし……弱いし何でも半端なくせに、じゃあできないことがあるのかって思うと、なさそうだし」
「そりゃ随分評価高いなあ」
 苦笑いする。若い子から見るとそんな風に見えるのか。
 ……あ、今ナチュラルに「若い子」とか考えちゃった。自分が歳食った証拠みたいでなんか嫌だ。
「料理、できないわけじゃないでしょ」
「まあ軍隊仕込みの男料理なら……」
「鍛冶屋ってぐらいだから、鉄で色々作るのもできるだろうし。縫い物だってできないわけじゃないんでしょ」
「……服を軽く繕うぐらいは自分でやらないと金かかるからなあ」
 少なくともクロスボウ隊では給料節約のためにみんなやってた。オーガは不得意な奴多かったけど、それはそれで小遣い程度の料金で頼まれてやる奴がいたし。
「全部やったことなかったもん」
「……ま、15やそこらなら、経験ない奴はトロットにも結構いるよ」
「家建てるのだって、なんだかんだでやっちゃいそうだし……戦うのも商売も、多分、やらなきゃいけなくなったら、アンタ、なんでもできそう」
「……まあ、そういう意味では絶対できないってのは少ないかもな。でも、みんなそうだろ。お前は自分が違うように思ってるかも知れないけど、やってみてないだけじゃないか?」
「うー……そういう風にサラッと言えちゃうのが……」
 ぬいぐるみの頭に埋めた唇で、小さく「カッコイイし……」とか呟いているのが聞こえて、照れくさくて頬が熱くなる。
 別に俺だけじゃない。誰だって、やってやれないことはないんだ。
 人間の手は、剣を握るだけが能じゃない。人間の足は、決まった行き先にしかいけないわけじゃない。
 グランツ百人長がいつか言っていたように、やれることは一つじゃない。
「うちの雌奴隷には、色々と技能がある子が一杯いるから、なんだったら色々教わるといい。きっと役に立つよ。……お前は、今から何にだってなれるから。カールウィンは、そういう時代だ」
「……なんにでも?」
「ああ」
 俺は赤くなったであろう頬を見られたくなくて、ベアトリスの頭に手を伸ばして少し雑に撫でる。
 なんか俺、今父親っぽいかもしれない。
 俺の親父も、俺からの尊敬の視線を受けるとこうしてたっけな。
 親って奴は照れくさいと、視線を遮るついでに頭撫でちゃうんだろうな、と今更気づく。
「……えっと」
 少しくすぐったそうにしながら、ベアトリスは手を受け入れ。
 そして、手の下からおずおずと言葉を紡ぐ。
「……奥さんにも?」
「!?」
 びくっと手が止まってしまう。
 いきなり予想してない角度から奇襲された気分だ。
 いや落ち着こう。そもそもベアトリスは明確な結婚制度のない国にいたんだ。
 普通こういうシーンでこういう風に言ったらアプローチだけど、この子の場合はちょっと違うかもしれない。
「お、奥さん?」
「……ほ、ほら、その……子供とか、連れてる……あれ、奥さんって言うんでしょ」
「う、うん、まあ」
「……私も、なれるのかな」
「ま、まあ……結婚したら普通奥さんになるんじゃないか」
「……けっ、こん」
 ベアトリスは小さく言って眉根を寄せる。
 相手が思い浮かばないのか……いや、そもそも結婚制度をあまり実感できてないから、その行為がどういう意味を持つのか、想像しきれないのかもしれない。
「……アンタ、子供いたよね」
「あ? うん、いるけど」
「結婚ってしてるの?」
「……してないけど」
「……難しいわね。子供いても結婚してない……奥さんじゃないの……?」
 ああ。なるほど。
「奥さん」を「子供を連れてる女性」だという解釈してるのか。
 母親というのが即「子供を育てる女性」に結びつかないカールウィン人だからこそ、「母親になる」ではなく「奥さんになる」という表現で、区別したくなる。
 要は自分の手で子供を育てる存在が「母親」という言葉と断絶しているのかもしれない。
 まあ、そのニュアンスの差はゆっくり学んでいけばいいか。
「ま、なれるよ。女だったらだいたい奥さんになれるもんだ。特にかわいい女の子はな」
「……そっ、か」
 少し嬉しそうにベアトリスは頷く。
「じゃあ、私は……それになりたい」
「ん、あ、あー……うん、なれると思う。そのうち」
「そのうちって?」
「だから結婚するんだよ、普通。誰か、男とずっと一緒にいる約束をして……それから子供を作る。それで一緒に育てる。それが普通の奥さんだ」
「……?? アンタ、結婚してないって……子供作った女と、ずっと一緒にいる約束しなかったの?」
 ズバリと俺の弱点をついてくるベアトリス。
 そうだよね。おかしいよね。
「め、雌奴隷としての約束ならしてるから……あと、今のトロットだと、平民は奥さん一人しか認められないんだ。俺はその……たくさん、いるんで」
「…………」
 ベアトリスの疑問だらけの視線が痛い。痛い。
「しょっ、しょうがないだろ!? みんな好きだし! みんな結婚って形じゃなくてもいいって言ってくれるし! あとそもそも結婚相手として認められるか怪しい存在もいるし!」
 ドラゴンたちとかブレイクコアとか。
「何で怒ってんの……」
「わ、悪い。つい」
「……っていうか、そういうのはどうでもいいけど。結局、どうしたらいいの。奥さんになるって」
「ゴホン。……俺に説明を求めるのは得策じゃないんで、ナリスとか……ナリスとかに聞いてみるといいよ」
 ナリスとか、の後に他の候補を出そうとしたが、候補が出せないことに気づいた。
 だってテテスは意図的におかしなこと言いそうだし。アルメイダとシャロンも価値観怪しいし。ドラゴンたちも「奥さん」に興味なさそうだし。常識的な町の人たちはそもそも言葉通じないし。
「わかったけど……なんでアンタだと得策じゃないの?」
「俺にだってできないことぐらい、ある……!」
 この件に関する説得力のある説明だけはできそうにない。


 今日は誰とエッチ……いや、会おうかな、なんて思いながら散歩していると、空をドラゴンが飛んでいるのが見えた。
 目を凝らして見ると、その体が青く煌いているのがわかる。
 ブルードラゴンの誰かだろう。誰かどこかに行く用でもあるのかな、なんて思っていたら、その巨体は見る見るうちに大きくなり、町の上を通過して町外れの草原に飛んでいった。
 興味がわいたので、それを追いかけてみる。

 ドラゴン体から人間体に戻って、ドラゴンが誰だかを確認。
 肢体は豊満ながら中性的な彼女は、どうやらエアリのようだった。
 そして。
「あっ……!」
 彼女に降ろされたのは老ドワーフ。
 俺は慌てて駆け寄る。
「ふん。ヌシか」
「ダン爺さん!」
「迎えが遅いと思うておったが、また色々やらかしておったらしいな。このドラゴンから聞いただ」
 ダン・クラックス。
 ジャンヌの祖父である偉大な鍛冶師が、再びポルカに降り立った。

(続く)

前へ 次へ
目次へ