次の訪問を一ヵ月後に定め、俺たちはポルカに帰還する。
 ポルカからカールウィンへの距離は、直線にするとレンネストに向かうより若干遠い程度の距離。ドラゴンたちによると、乗る気流の関係で(クリスタル・パレスのドラゴンに教えてもらったとか)むしろ南に向かうよりも楽にポルカに戻ってこれるらしい。
『もっとも、普通に背に乗っておったら山越えの時に酷い目に合うじゃろうが』
「え、そうなの?」
『普段飛んでおる高さなぞ、大したことはない。ワシも必要もなく上には行かんが、青蛇だけはとんでもない高さまで昇らざるを得んからのう。こうして馬車で運ぶ分には魔術で空気を閉じ込められるが、普通の人間はあの高さまで急に上がると、目を回して倒れてしまう』
「高い山に登ると急に具合が悪くなって死ぬこともあるって聞くけど、それみたいな感じか」
『うむ。獣人種やドワーフなら比較的よく耐えるとも聞くが、わざわざ試すこともないからのう』
 ちびライラに言われて、改めて自分がいろんな形で守られているんだな、と思う。
 ドラゴンからすると人間なんて、常に気をつけていないと、何が悪くて死ぬかわからないほど弱くて危なっかしいんだろうな。
「空気の薄さで起きる害なら、あらかじめ人の体に魔法をかけておくことで対処もできますけどね」
 エマが補足する。そういうのもあるのか。
「他にも乗り手を守る魔法には、寒さを感じなくする魔法、酷暑から守る魔法、いろいろとありますよ」
「確かセレスタの方ではそういうのってあんまり発達してないような……もし伝わったら凄いありがたがられるんじゃないか?」
『ほ。確かにあまり効果が高いものはないじゃろう。多少暖かくしたり涼しくしたりする程度ならともかく、効果を上げていくほどに難度が倍々で上がっていくからの』
「それに、寒暖を防げるといっても限度はありますしね」
 ……なるほど。結局は基礎的な魔法能力の問題なのね。
『アンゼロスに与えたような契約魔法ならば、大抵の炎熱を無視できるがのう。ああいうのを普及させても仕方があるまい』
「ドラゴンが付き合ってくれること前提じゃなあ」
 技術革命はそうそうできないってことか。
 いや、地味にあちこちで革命してるんだけどさ。カールウィンで農業魔法とか、ブレイクコアの再生付与とか。


「ただいまー」
 ポルカに着陸したのは一夜明けての昼近く。
 マイア以外特に誰も出てこなかったので、ちょっと寂しく思いつつもとりあえず男爵邸に向かうと、玄関前でランツとゴートに出会う。
「あ、スマイソン十人長。今回は早かったですね。なんにも巻き込まれませんでした?」
「そんな俺が毎回トラブル引き寄せてるみたいに」
「……?」
「普通に不思議そうな顔するなよ! しかも二人揃って!」
 っていうか。
「そもそもお前ら、男爵になんの用事なんだ?」
 こいつらは温泉では覗き仲間として男爵と仲がいいけど、別に家にお呼ばれするような関係ではなかったはず。……もしかして俺が忘れてるだけで、なんか行事でもあるんだろうか。
「俺たちですね、ここが人生の目的地だという結論に達しまして」
「今回の任務上がりと同時に退役して、ここの仕事世話してもらおうと思いまして」
「お前ら結論がちょっと早すぎない?」
 まだ歳も23か24だよな?
 っていうかここに移住となると……戸籍取るのも一苦労じゃないだろうか。いや、そのあたりはそのうち施行される自治区化の話でゆるくなるのか。
「ちょいと寒いけど人はみんなのんびり親切だし、オーガの俺でも追っ払われたりしませんし」
「若い男少ないじゃないですか。いや、人間に限れば女の子だってそんな多くはないですけど」
「何より温泉」
「ああ、露天温泉。こんなに素晴らしいことはない」
「そんなこと言ってるとお前らのせいで女子風呂が屋根付きになるぞ?」
 っていうか本当……お前らそろそろ覗きじゃなくて、彼女欲しいとか嫁さん欲しいの方に気持ち向けなきゃいけないんじゃないのか。
「ふっ。まあそういうわけで男爵に直訴してきます」
「俺たちの未来のために!」
「お前たちの未来を考えるとセレスタ帰って少し落ち着いて考えるべきだと思う」
「スマイソン十人長は急に常識人気取りになりすぎですよ。手近にいくらでも見せてくれるオナネタがたくさんあるからといって!」
「俺たちの気持ちになって考えてください! いいですか、遠目でエルフや猫耳美女がキャッキャウフフと戯れる温泉があり! 時々遠慮なく男湯に入ってきてくれる美女も結構な数がいるこのポルカを! オナニストとしてどうして離れられるっていうんですか!」
「タルクだってそうじゃん」
「!」
「お、落ち着けゴート。タルクはちょっと物騒だろう」
「そ、そうだよな。少し動揺してしまった」
 近距離で見せてくれる率だとタルクの方が高いんだけどなあ。いやそうじゃなくて。
「っていうか国元で嫁さん捕まえればオナニーどころかセックスしまくれるのに……」
「俺、長男坊じゃないですからねえ。家を継がない男なんて冷たいもんですよ田舎は」
「だよな」
 いや、お前ら、家とかそういうの抜きにしても割と働き者で技能あるし、引く手数多だと思うぞ。こうして往来で堂々とオナニー発言するのさえ控えれば。
 ……なんて素直に褒めるのは気持ち悪いから言わないけど。
「ボイドですら彼女いるのに……」
「他人は他人。俺たちは俺たちの道を行くのです」
「不確かな嫁より確かな楽園!」
「おう! そうだよな!」
 ゴッ、と拳を打ち合わせ、改めて男爵邸に乗り込んでいくゴートとランツ。
 ……お前らの背中が眩しいよ。絶対間違ってるけど。

 で、俺たちは男爵じゃなくてセレンやアイリーナたちに会いに来たわけで。
「あら、お帰りなさいアンディさん」
「ディアーネさんはどうでした?」
 セレンとアップルが交代で娘を抱きながら俺に声をかける。
 もうセレンは産後すぐという雰囲気ではなく、ほとんど普段のように歩いていた。霊泉による復調効果が高いおかげか。
「ディアーネさんは相変わらずバリバリ仕事してた。ほっといたら全部自分で指揮しそうだったから、ライラが諌めてくれたよ」
「ほほ。あやつもそなたらのように、飼い主殿優先に割り切ってくれるとよいのじゃがのう」
「そうだ、アンディさん。この子の名前、そろそろ決めないと可哀想ですよ」
「どうします? 男爵さんの奥さんは、リンジーさんに相談したらって言ってくれてるんですけど」
「なんでリンジーおばさん」
「霊泉水のドリンクスタンドやりながら本をたくさん読んでるから、名前のセンスがいいんだ、って言ってました。結構よその子の名付け親にもなってるって」
「うーん……まあ最後の手段に取っておこう。せめて最初の娘くらい、家族内で名付けたい」
「案はあるんですか?」
「えーと……そうだなあ。セレンの娘……セレナ、とか?」
「さすがに安直過ぎません……?」
 アップルに困った顔で言われた。うん。俺も口に出してから苦しいと思った。
「猫獣人とか、結構そんなもんだで。似た名前なのは別にええと思うだ」
 ジャンヌがピーターをおぶってあやしながら擁護してくれる。
「ライラ、マイア、なんかないか?」
「ほ。今出せといわれるとのう」
「……そういうのは、重い」
 どっちもちょっと発案に乗り気ではなかった。
 雰囲気がどん詰まりになりそうになったところで、今まで黙っていたネイアが軽く手を上げる。
「あの……えっと、新参なので、身内面はおこがましいですが」
「いや、気にしなくていい。で、何?」
「セレナ……でなく、Sを取ってエレナとか、そういう風に離していけばいいのでは」
「……エレナ」
 なんかピンとくる語感だった。
「セレン。どうかな、その辺で」
「エレナ……ですか」
 セレンは少し考え込む。
「Eまでとっちゃうと猫獣人の子達の姉妹みたいなんですよね……」
「そうだよな」
「……でもアイリーナ様と近くなっちゃうのが」
「あー」
 言われてみればそうだ。
 ……と、思っていると、アイリーナがガチャリと入室してきた。
「話は聞かせてもらったぞ」
「そんな溜めて登場しなくてもいいんだぞ……」
「う、うるさい。……なんじゃ、わらわと似た名になってしまうのか。ならばこれでどうじゃ」
 アイリーナは羊皮紙にすらすらと書き付けてみせた。
「エレニア?」
「うむ。せっかくじゃから、わらわのIの字を別の場所に挟んだのじゃ。よい落としどころじゃろう」
 自画自賛するアイリーナ。
 俺とセレンは苦笑を交わし、しかしそんなアイリーナの案が悪くも思えず。
「じゃあ、それでいいか?」
「それにしましょうか。……あなたはエレニアよ、赤ちゃん……いえ、エレニアちゃん♪」
「おお、採用じゃな!」
 アイリーナが両手を上げて喜ぶ。アップルもセレンからエレニアを受け取り、その豊かな胸で抱きながら名を呼ぶ。
「ほ、やれやれ。これから何人、この調子で悩むことになるのかのう」
「何人でも望むところじゃないか。みんな十ヶ月も抱えて産んで、それから何百年も持ち続ける名前なんだ。それをぞんざいにしちゃいけないだろ。むしろ嬉しい悩みだ」
「ほほ。案に窮して安直なネタで濁しておらなんだら、恰好がついたことじゃな」
「う」
 みんなが笑う。
 そして、そんな笑いがひとしきり終わったところで、アップルがおずおずと。
「その……じゃあ、次の子供は、どうします?」
「……ん?」
「…………」
 照れた顔で下を向くアップル。
 アイリーナが脇腹を押してくる。
「全く。そろそろ次を仕込もうと言っておるのじゃ。察せよ」
「あ、いや、でもアップルが次に当たるとは……」
「そんな細かいことは誰も気にしておらん。最近はカールウィンだなんだにかかずらって、そなたは雌奴隷の相手が足りておらぬ」
 パチン、とアイリーナが指を鳴らすとドアが開いて、メイド服姿のフェンネル、オレガノ、セボリー、ローリエ、そして恥ずかしげにクリスティまでが同じ衣装で立っていた。
「種撒きに励んでもバチは当たらぬぞ♪」
「……わ、わあ」
 小さくエマが感嘆の声を上げた。
「本当に……いるんですね、たくさん」
 う、うん。……って、エマの紹介も済んでないのにもう乱交開始するの?

(続く)

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