翌日。
割と後先考えずにディアーネさんで楽しんでしまったが、ディアーネさんはさすがというべきか、俺の性欲を受け止めきっても全く疲れた様子もなく、むしろ何かたっぷり補給された感じの充実した表情をしている。
「これでまたしばらくは気合を入れられる。アンディ、ありがとう」
「ほ。没頭するでないぞ。そなたが一人二人ひり出してからでも、まだまだこのあたりの平定の仕事は残っておろう」
「……仕事は枠組み作りに力を入れることにするとも。組織から外れかけた私が、あまり出しゃばっても良くないかもしれないからな」
ディアーネさんはとってつけたようにそう言ってすまし顔をする。
俺とライラは顔を見合わせて笑い、ディアーネさんは恥ずかしそうにする。
そして、俺たちは再び離陸。
次の目的地は……ライナーの眠る、谷の外の岩場。
そこにはレイラたちが未だに佇んでいるらしい。
「まだそう時は経っておらん。飢えて細っておるわけでもないじゃろう」
「ま、そうだな。……少しは軟化してくれるかな」
「望みは薄いと思うがの。ライナーが底の浅い男じゃったとしても、一度見定めた相手には惜しみない愛を向けるのが竜の生き様じゃ」
「……別に俺に鞍替えしろって言うわけじゃないんだけど」
「ではなんとする」
「ええと……」
よく考えたら、鞍替え以外にクリスタル・パレスのドラゴンたちを納得させる結果はない。
反省したっぽいのでもう許そう、で終わるわけはないのだ。
ちびライラは肩を竦めた。
「答えの出しようのない説得じゃ。奴らの取る態度は竜である限りは決まっておる。そなたへの浮気など有り得ぬ。妥協を引き出すとすれば、クリスタル・パレスの連中からじゃが……」
「それも、ないと思います」
エマが厳しい表情をする。
「ライナーが正義の上でも力の上でも敗れた以上、彼を最後まで支持したシャリオたちは討滅されるべきという答えしか有り得ません。竜にも竜なりの責任の取り方、決着の付け方があります。それを守って死ぬことは、あやふやに続く余生よりもずっと名誉なのです」
「……名誉って言われちゃな」
わからなくも、ない。
生きてる方がいいに決まってるだろ、と声を大にして言いたい一方で、生きていくことが袋小路でしかない状況というのもわかる。
侮蔑され、何も実現できない長い長い余生と、敗北したとはいえ、ひとつのことに身を捧げたという、誇りを持っての死。
そういう生と死の価値の逆転は、起き得る。特に、戦いに生きる存在にとっては。
長い長い時間の間、忘れられえぬ、輝かしい功績となり得るのが戦いという物だ。逆に敗北の屈辱も、待っているだけでは雪がれることはない。
新陳代謝の活発な人間の社会なら、いずれは汚点も忘れ去り、重要でないことだと切り捨てられる日は来るかもしれない。だが長命種で閉塞したドラゴンやエルフの社会においては、それらが忘れ去られる日は果たして来るのだろうか。
それを思うと、エルフの「破門」しかり、ドラゴンの「力の契約」への殉死しかり、流動的な人間の社会観より、人の入れ替わりが少ない長命種の世界は濃密で逃げ場がない。
「だけど、少しくらいは期待したい。……時間をかけて考えたら、そんなありきたりの結末より、少しはマシな落としどころが思いつくかもしれない」
「甘いのう」
「ライナー陣営に決断の余地があるとは思えないのですが」
ほとんど取り付く島もないドラゴン二人に対し、ネイアは仲裁に入ってくれる。
「……まあ、そう決めてかかることはないと思いますよ。スマイソンさんは今までだって、決して他人の想像では有り得ないことを推し進めてきたのですから」
「そうは言うが……のう?」
「考えてどうにかなる話ではないと思うのですが……」
ライラとエマはずっとその調子だった。
ドラゴンとしては他に選択肢があるとも思えないのだろう。
……俺も具体案があるわけじゃないんだけど。
果たして、ライナーの墓のそばには二頭のシルバードラゴン。レイラとシャリオがうずくまっていた。
「約束通りに来たぞ」
俺が進み出ると、ジロリとシャリオは目だけを動かし、沈黙。
ずっと動いていなかったのか、重そうに体を起こしたレイラが代わりに応対してきた。
「ようこそ……いらっしゃいました。乗り手よ」
「コルティは?」
「近くにいますよ。話をしたくないようです」
「嫌われたか。……ま、そうか」
頭を掻く。コルティに限らず、三人にとっては俺は仇だ。好かれる理由もない。
ライラはドラゴン体のまま、エマとネイアは近くに控えている。
今さらではあるが、万一俺に彼女らが攻撃を企てたら、すぐに止められる距離にいた。
「それで……どうだ。俺のところに来る気はないか」
ぐるるるる、とシャリオが喉を低く鳴らす。威嚇か。
まあ、さっきのライラやエマの言う通り、もはや殉死以外には有り得ないのか。俺が勧誘提案するだけで腹立たしい……冒涜だ、ということだろう。
全くもってその通りだ。俺も自分の言葉のあまりの現実感のなさに途方に暮れる。受け入れるわけないよなあ。
……と、思っていたが、レイラは少し間を置いてからおずおずと口を開く。
「そのことなのですが。……コルティを、受け入れてもらえませんか」
「……え?」
「私とシャリオは仕方ありませんが、コルティは……」
「姉さんっ!?」
そこら中に響く声で、コルティがどこからか慌ててさえぎってきた。
そして、少し離れた岩山から獣のように飛び出してくる。
「何を言い出すの!?」
「あなたは私たちに付き合うべきじゃないわ」
「それは私の台詞でしょう!? 姉さんが一番……」
「あなたのように成熟してすらいない竜が、掟を頼りに主に殉じるというのはやはり滑稽よ」
「子供扱いをしないで! それよりライナー様を信じていなかった姉さんなら、長老も口添えをしてくれるし……」
「私は最後まで迷ったけれど、それでも選んだのよ。大人の竜として」
……なるほど。
レイラとコルティは、互いに死ぬべきではないと思っているわけか。
これが一頭きりのドラゴンならありえないが、互いに相手だけは殉死に相応しくないと思い、生きて欲しいと願う姉妹だから。
「受け入れるのはやぶさかじゃない」
「アンタは黙ってて!」
「コルティ。それは俺の台詞だ。この期に及んで俺を威圧できる立場だと思うのか」
「っ……!」
精一杯に虚勢を張ってコルティを黙らせる。
最近はこの「権威あるドラゴンライダーのふり」も板についてきた。
実際に彼女らにとっては権威もあるのだろうけど、俺にとっては無理してる演技だ。
「受け入れるのはいい。だけど、それをコルティが承諾するはずがない。そうだろう」
「……あ、当たり前じゃない」
「コルティ」
俺に気圧されつつも肯定するコルティと、それを悲しげに見やるレイラ(ドラゴン体)。
俺はそれを見て頷き。
「それなら、お前がコルティに言うことを聞かせろ、レイラ」
「…………何と?」
「お前がコルティを力でねじ伏せ、俺に従うことを承服させるんだ」
「……そんな」
「アンタ、どういうつもりっ……」
「別にコルティがレイラをねじ伏せても構わないぞ。レイラが降参して俺に降るっていうのも受けいれよう」
「っ……どこまで私たちを弄べば!」
「俺は妥協案を示したんだ。……一月、考えろ。また来る」
「そんなっ!」
怒るコルティと、困惑するレイラを取り残して、俺は背を向ける。
ライラが俺に幻影を飛ばしてくる。
「……なるほどのう。これはうまくいけば……パレスの者どもをも説得する材料になるやもしれぬか」
俺だけに向けたライラの言葉に、頷く。
自らが助かろうとしてライナーの元を離れるのは、ドラゴンの価値観からも見苦しい。
だが、妹を、あるいは姉を救うために力で罰し、俺に差し出すというなら、ライナーにも俺にも面目が立つ。
そして差し出したほうに対しても俺が許しを与える口実になるだろう。
問題はレイラとコルティがその意図を読み、あえて乗ってくれるかというところだが……。
「一ヶ月とは。随分長く切ったのう」
「急ぐ必要はない」
ライラが内緒話をやめてかけてきた言葉に俺は威厳を保ち気味で返し、帰り支度をする。
あんまり長くポルカを空けるのも気が引ける。一週間やそこらでは、見届けるまでこっちに滞在しなきゃいけない。
また心配かけるのもよくないしな。今は早く帰ろう。
(続く)
前へ 次へ
目次へ