エマが俺と来ることに合意した……というか、事実上俺と契約することが決まったので、パレスのドラゴンたちは宴の準備を始める。
「参ったな。首輪とか作ってきてないんだけど」
「主様が作られるのですか?」
 俺の事をあるじさまと呼び始めたエマ。そういえば彼女は俺がモノ作りをすることをよく知らないのか。
 まあ、カールウィンの冒険ではあまり帯同もしなかったしな……。
「ほほ。飼い主殿は首輪に限らず、まめに物を手作りする。まめに子作りもするがな。壊すのが本質の我らをよく御すことができるのは、そうして物をいかに作るかという考え方によるのじゃろうな」
「いや、お前そこで下品なシャレはやめようよ」
 ライラはニヤニヤと笑い、エマは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らす。
「こ、子作りは……いずれはお相手いただきたく思っていますが、その、何しろ経験がないので」
「ほ。誰も最初はあろう。それに心配することはない、飼い主殿は初物をよく乗りこなすことにかけては名うてじゃぞ」
「待て、名うてになった覚えは……!」
 ……ちょっとだけ心当たりはある。というかポルカとかエルフ領ではたまにそういう扱い受けるね。うん。
「……セレスタの猫獣人コロニーでも、相当鳴らしましたよね」
 ネイアがぼそりと言った言葉が突き刺さる。ま、まあ……改めて指折り数えてみると虚偽ではない部分はあるな。
 というか、俺ほど処女を貫いた男は滅多にいないのかもしれない。それこそ、姫君集めて何十人単位の子作りが義務の王侯貴族でもない限り。
 ……まだ童貞喪失から二年も経ってないんだけどな……。
「……い、いずれよろしくお願いします。主様」
「……うん」
 恥ずかしがりつつもはっきりと意思表示するエマ。
 ブルードラゴンたちはオープンだったし、そういうのも好きだけど、やはり女の子らしい恥じらいを見せてくれるのは独特のときめきがある。
「さて、残るはリェーダじゃな。あの娘はどこにおる」
「ここにおります」
 ライラの声に応え、近くの家の影から姿を現すリェーダ。出るタイミングを窺っていたのか。
「大人しいの。そなたは飼い主殿に契約を訴えぬのかえ」
「察するに、スマイソン殿は順序や過程を大事にしておられるようです。そうとわかればお声がかりを待たせていただきます。私であればいつでも、如何様にも従いますゆえ、時はお任せします」
 東方山地風の略礼をするリェーダ。
「ついでに娶って行っても良いのではないか、飼い主殿」
「ついでって……まあ、一緒に来てもらうのもいいけど。でも、まずはリェーダに指揮して欲しいことがあるんだ」
「伺いましょう」
「前にも言ったと思うけど、カールウィンの谷の防備体勢。どこまで頼めるのか……ってとこな。今のところ谷そのものの内政はディアーネさんと各国の役人がやってるけど、あらかじめどこまでドラゴンに頼れるのかをはっきりさせておけば、彼らも自力で補わなきゃいけない部分が勘定できると思う。……ドラゴンは、俺の頼みは聞いてくれるかもしれないけど、他の奴と仲良くして言う事を聞けっていうのは難しいだろ?」
「……なるほど、確かに。竜があなた以外の者の言葉で動けば、もしも判断が対立した時に破綻します。それよりはあなたの言葉だけで先にすべき事を決め、細かい事を求めぬ前提に立って、人には受動的に動いてもらうべきですね」
「そういうことだ」
 ドラゴンの力がなくては、魔物に脅かされるカールウィンの現状は改善できない。
 だが、ドラゴンは人の「集団の意思」には従わない。
 個人を見定め、その味方となるかを決めるのが彼らのルールであり、集団はその個人と同調することもあれば、対立していくこともある。
 趨勢次第で一度見定めた相手を見捨て、あやふやな多数の幸福を守ることは、彼らの価値観ではできないのだ。
「そうか……協力体制とは言っても、無理に意思疎通をしなくてはいけないわけではない……ドラゴンには大まかに脅威を減らしてもらえばいいわけですか」
 ネイアが感心したように頷く。
「別に人間だって戦えないわけじゃない。きっちり全部、ドラゴンに任せることはない。それにカールウィンの生産性の低さは外の技術がどんどん改善するはずだ、守備隊を養うのにも苦労する……なんて状態は、すぐになくなるだろう」
「ええ。その取り決めを今することで、あなたも無理をしなくて済む……理想的です」
「ま、まあ、俺がサボりたくてそうするわけじゃないけどさ」
「あなたはもう少し危険から遠ざかる努力をすべきです。何が原因で死ぬかわからないくらい戦闘力が低いんですから」
「無責任に指示するだけっていうのは、ちょっとなぁ」
 実際危険を何とか出来ない以上、ただのエゴなんだろうけど。
 リェーダは胸に手を置き、諭すように言う。
「我らの力を信頼して下さい。あなたの心が正しいかどうかは、あなたが死線に近付くことで証明されるわけではありません」
「そうなんだろうけど、な」
「竜のなす破壊に、より強く責任を持とうとする姿勢は、好意に値します。ですが、あなたが竜を多く動かす要であることをお忘れなく。あなたがいなくなることは、あなた一人で済む問題ではないのです」
「……うん」
 リェーダの方が正しい。
 無茶しちゃいけない。万一があったら何もかもが最悪に転がる。
 わかるんだけどね。

 とりあえず、今回リェーダと確認した大方針は主に、「谷に向かう魔物はできるだけ遠いうちに処分する」「谷の哨戒は最低でも日に二度、三頭単位で回す」「谷の中で起きた人同士の争いには一切関知しない」ということだった。
「もちろん、絶対に近付くなって言うわけじゃないけど」
「承知しています。谷の人間たちを納得させるため、ですね」
 この取り決めをしたこと自体が、人間側の行動を規定するというのを考えれば、「ドラゴンはこれ以上のことはしてくれないのだ」と考えるラインを持つ必要がある。
 ドラゴンににそれ以上は期待するな、というラインであって、ドラゴンが慈悲心から少し多めの働きをする事を禁止する意味ではない。
 が、それは言外のことに留め置く。
「しかし、これでもレンファンガス軍とかが聞いたら『羨まし過ぎる』って泣きそうな条件だけどな……」
「我々から見ると、もう少し動員を増やしてもいいくらいなのですが」
「……確かにパレス見る限りだと手すきは多そうだけど、ドラゴン一頭でも簡単に何百もの魔物を相手にできるだろ? 谷一つ守るのにそんなに手数いるのか?」
「まあ、そうなのですが」
 シルバードラゴンの守護は、実際のところ一頭ですら充分と言えるレベルだ。
 三頭という条件は、例えば複数方面から同時に魔物が現れた時のことを想定しているだけであって、常に三頭の防備が必要と考えているわけではない。
 しかしそれは、リェーダやその他、俺とカールウィンの役に立ちたいと考えるドラゴンたちにとっては、どうにも物足りないことのようだった。
「なんなら十頭ほど、常に飛び回らせてもいいくらいなのですが」
「はっきり言うとそれすっごく怖い。人類的には」
「味方だとわかっていても、ですか」
「普通の人間の国では、ドラゴンが堂々と飛んでるだけでパニックが起きかねないんだよ……」
「難しいですね……味方しろと求めつつ、多く姿が見えればそれはそれで恐怖するとは」
「わかってやってくれ」
 ドラゴンとしてはやる気出してるし、歯痒いんだろうけど。
 本来ここほどの数のドラゴンを好きに動員するってことは、ライナーが目論んだように大陸の国家を根こそぎ奪い取るに相応しい戦力だ。
 あまり派手にパフォーマンスするのは、その力の誇示に思われてしまう側面もある。
 うーん……。
 できればもっと、ポジティブな……夢のある感じにドラゴンのやる気を活用できないかなあ。

 夜。
 シルバードラゴンたちの宴は、なんとも優雅だった。
 獲れたて肉を不思議な調理法で柔らかくふくよかな味わいに仕上げた煮込み料理と、よそでは見たこともない野菜や果物を使ったサラダ、幾種類ものスープと酒。
 それだけでも立派なもてなしだが、五頭ほどのドラゴンたちが光を纏いながら夜空を終わることなく曲芸飛行し、その下では人間体のドラゴン女性たちが列を成して優美な舞を披露。
 その伴奏にも、東方山地風の幽玄な音色の笛や弦楽器。
 数十頭のドラゴンによって演出されている、途方もなく幻想的なひと時。
「こういうのって今まで何度も思ったけど……俺ってもしかして、どんな王侯貴族よりも贅沢な体験してるんじゃないかな……」
「ほ。このようなもてなしは、そこそこ大きなパレスでなくては味わえぬからのう」
「……多分、スマイソンさんに出会わなかったら一生こんなのには立ち会えなかったと思います……すごい」
 ライラとネイアもとても満足そうだ。
 俺の隣にいるエマはそれでも恐縮する。
「なにぶん、急なことだったので少し簡単なおもてなしになってしまったのが心残りです」
「これで簡単なの!?」
「食べ物の種類は、一月ほど準備させていただければ、それこそ味を覚えきれぬほどに用意いたします。お目を楽しませる出し物も、今お見せしているのは誰でも嗜む踊りや芸に過ぎませんし……」
「それでもこんな歓待見たことないよ……」
 呆気に取られる俺。
「ささ、めでたい席です。ライラ殿もどうぞ、お好きでしょう」
 レイが酌をして回っている。
 リェーダも舞の一員に加わっており、華麗でありながらもどこかセクシーな衣装で休むことなく踊っている。これが人間なら汗だくになっていそうなところだが、ドラゴンの体力なら一晩中踊っていても平気なのだろう。
「うーん……これだけでもドラゴンの底力を見た気分だ」
 小さな杯に注がれた酒をキューッと飲む。やや辛めだが豊かな果実の香りも感じさせる。この酒だけでもきっと持ち出せば相当な宝物だ。
「……これをなんとか他の役に……うーん」
 酒が回ってきて少しおかしな考えが浮かぶ。
 エマの嫁入りを祝う彼らの気持ち、精一杯の歓待を他に利用しようなんて、さすがにまずいよな。
 でもなあ。
「なあ、レイ」
「はっ、御用でしょうか」
「こういう出し物ってさ……他の人が見てる前じゃ駄目な奴?」
「……駄目、とは申しませんが、一体」
「別にこう、メシとかもっと作って振舞えとはいわないけどさ。こういう踊りとか空のパーティーって、きっとドラゴンの……文化の高さっていうか。怖いだけじゃないっていうか。そういうのを遠回しにみんなに教えられるんじゃないかって」
「……人を、我らに親しませようということですか?」
「いや、親しませるってのもよくないのか。距離取った方がいいこともあるもんな。でもほら、なんというか……距離があるなりに尊敬を持つためのきっかけというか? 年に一度くらい披露したり……いいんじゃないかなあ……」
 自分でもなんだかまとまらない。そんなことしてどうするんだと思わなくもない。
「……よいのではないですか、主様」
「うん……エマ?」
「内輪だけの文化など、意味が薄いというのはわかります。それに……たまには楽しみを分け合うのもよい。出し惜しんで価値の上がるものではない。私もそう思います」
 エマは少しふらつく俺にそっと寄り添いながら肯定する。
「あなたとともに。かの谷とともに。このクリスタル・パレスが至誠をもって歩むのなら、その友誼の証を示す意味で、そんな夜を定めるのも良いのではないでしょうか」
 エマの言葉に、近くにいた長老が少し考え込み、頷く。
「よい考えかもしれませぬな」
「……そうかあ」
 俺は急速に深くなってきた酔いの中で、その未来を夢想する。
 年に一度の月の晩。
 カールウィンの人々が遠く眺める中、この幻想の舞、幻想の音楽、幻想の光が夜を明るくする。
 決して手を触れることはないけれど、それはドラゴンたちから送られる友好の証。
 それを見て存分に楽しみながら、カールウィンの人々は希望を持ち、来年のその夜を楽しみに家路につく。
 そんな情景。
「そうなったらいいよなあ……」
 誰にともなく呟きながら、俺はいい気分で目を閉じた。

(続く)

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