ここが魔物領だという事実を忘れれば、風光明媚な山岳地帯。
 シルバードラゴンの隠れ里「クリスタル・パレス」に、俺とネイア、そしてライラは何より先に訪れた。

「ディアーネを先に見舞わなくてよいのかえ」
「ディアーネさんはとりあえず一刻を争う事態にはならないだろうし。それより結局、エマとかレイたち長老派がポルカに来てないのが気になる」
「なんぞ起きたなら、それこそ伝令が来ると思うがのう」
「何もなかったならいいんだけどさ」
 内乱と呼べる争いによって、この地で最初から俺に協力しようとしてくれたドラゴンたちはみな、痛々しい怪我を負ってしまっていた。
 ドラゴンは自分の体の損傷を、治癒力の操作によって自らコントロールできる。
 普通なら怪我をしても、それを体力と引き換えに急速に治癒できる。四肢を失うほどボロボロにされてもその傷のマイナスを体力に転嫁し、特に手当てをせずとも、休息をとれば全快する形にしてしまえるのがドラゴンという連中の強みだ。
 要は食べて寝てさえいれば医者いらず。
 生来の身体能力や感覚力、魔法能力……それに飛行能力やブレス。どれも他の種族にとっては悲鳴を上げたくなる脅威だが、実は最も恐ろしいのはこの「治癒力コントロール」かもしれない。
 少なくとも、傷や病の治療ができないせいで死ぬ……という形での死は、ドラゴンにはないと言っていいのだ。
 しかし、そんなドラゴンたちの争いとなると残酷なことになる。
 普通なら動けなくなるような急所攻撃も、ほとんどはすぐに治せてしまう。
 特に同属のドラゴン同士は、決め手に欠ける格闘戦でジリジリと相手に傷をつけ、それを治癒できなくなるまでの消耗戦をするしかない。
 それで相手が大怪我したままの状態になって初めて勝利、拘束が叶う。それ以上となったら殺すしかない。
 レイとエマを含む七頭のドラゴンたちは、そういう形で体力を削りきられて、怪我を繕う余裕もないまま放置されていたのだった。
「リェーダに頼んだんだけどな……」
「ほ。癒しの霊泉の効果は、知らぬものにはなかなか伝わらんじゃろう。増して竜は他種族の持つ『療養』という概念に疎い。自前でなんとでもなるからのう。ポルカに訪れるまでもなく、自力で良くなってから挨拶に訪れようとしているのではないか」
「……対話の必要を強く感じるな」
「ドラゴンは聡いから、ついつい説明不足でも理解してもらった気になってしまいますものね……」
 ネイアも頷く。
 これからのカールウィンは、ドラゴンの助力なしでは立ち行かない。
 ネイアにしろ、国王代理であるデューク神官長にしろ、ドラゴンとの相互理解を深めていかないと不便は増すばかりだろう。
 俺がまず率先してクリスタル・パレスのドラゴンたちと仲良くなれば、軋轢はきっと減る。俺の頭じゃ細かいことも難しいこともできないが、これもきっと大事な役目だ。
「入ろうか」
「うむ」
「お供します」
 三人でパレスに入っていく。

 そして、普通に出迎えてきたレイと長老に拍子抜け。
「……あれ?」
「ようこそ、偉大なる乗り手よ。……どうなされましたかな」
「え、結構元気……っていうかエマは?」
「エマならば、めかしこんでおりますじゃ。しばし待たれよ」
「……怪我とか……体力とか、まずくなかった?」
 てっきり、無残な怪我をまだ晒したまま……とは行かないまでも、まだ動くのはまずい程度にはぐったりしてるかと思っていた。
「仲間の竜より力を分けてもらっています。この前はまだ捕らえられた状態でしたから、そういった助けは受けられませんでしたが……流石にこれだけ時間があれば、同じパレスの仲間ですからね」
「え、えー……と、治療光術みたいな?」
「飼い主殿。あれじゃ、ブレイクコアめのところで、余分の気を我やマイアが受け止めるのに使っておる術があるじゃろう」
「……あ、あー……」
 なんかあったような。確か生命力の器みたいなものを繋げる感じだっけ?
「元来、竜同士が仲間内で融通するための術じゃ。……我やブルードラゴンどもは、生命力が減ってもポルカの霊泉でそのまま戻してしまえるから持ち腐れの術じゃが」
「そ、そっか……って、ライラ気がついてたのかよ」
「言われて思いついたんじゃ。竜の多いここなら、確かにそれで事足りる」
 ……言われてみれば、俺と面識のあるドラゴンって、ここ以外では基本的に単独、あるいはパレスとして過疎になり始めたミスティ・パレスのドラゴンたちしかいないわけで。
 こういう術でまかなった可能性を忘れる……のは、かなりうっかりだとは思うが、仕方ないところもあるか。
「皆が皆、完全に絶好調とは行きませんが、もう怪我人と言われるべき状態の者はおりません」
 レイが請け合う。
「なんというか……残念、というべきですかね……」
 ネイアが複雑そうな顔をした。
「残念というのもちょっと違うけど……ポルカの霊泉は弱ったドラゴンでもよく効くぐらい効能が高いから、来てくれればよかったのに」
「まあ、このパレスの中ですぐにまかなえたのなら、そちらの方が楽ではあったじゃろう。またの機会でよかろう」
 うん。確かに辛い思いをする時間は短く済んだだろうけど……ね。
 なんだろう、この残念さ。やっぱりポルカを自慢したかった……というのが、正直なところなのかな。

 しばらくするとエマが現れる。
「遅れての参上、申し訳ありません、スマイソン様。わざわざ名指ししてくださったと」
「いや、名前知ってるドラゴンはレイとエマと、あとリェーダくらいだけどさ」
 あとはライナーのドラゴンたちも知ってるけど。
「ありがたき幸せです」
 東方山地の文化の影響を感じる、落ち着いた配色でありながら豪華さ……というか、格調の高さを感じられる、細かくカラフルな意匠を施した重ねの衣装を纏ったエマ。
 髪も目立たないながらポイントを抑えて結ってあり、その姿はエキゾチックな感覚と同時にどこか中性的にも思える凛々しさを演出している。
 マイアと似たような幼めの外見だが、そうしてきっちり衣装を整えると、可愛らしさはまた別の魅力も感じられる。まるでどこか小国の姫君のような、透明感のある覇気というか……。
 ドラゴンだから、そこらの姫君よりも意識も身分も高いとも言えるんだけど。
「めかしたと言うだけあって、なかなか良い出で立ちじゃな。飼い主殿も欲しがっておるぞ」
「!」
 少し顔を赤くしつつ目を微妙に逸らすエマ。
「いや、欲しがるって……」
「飼い主殿。そなた、リェーダに手をつけぬのはそやつが先約だからじゃろう? その上、そなたへの目通りのためだけに、これだけ小奇麗な恰好を整えたのじゃぞ。まさか逆に気を悪くした……などと言いださぬじゃろうな?」
「いや、確かに可愛いけど……だからってそう単刀直入に欲しいとか欲しくないとかさ。一生の問題だろ」
「力の契約は、合意せねば成立せぬ。じゃが、求める気持ちを否定することはあるまい」
「…………」
「恋と同じじゃ。好きと嫌いは、契る契らぬと等しいわけではなかろう。手順の前じゃからと言って無闇に好意を押し隠すことはない。過ぎれば相手の気持ちをすら無下にするぞ」
「そうは……言うけどなあ」
 頭を掻く。
 そんな俺を見て、長老とレイは苦笑をかわす。
「偉大なる乗り手は、繊細な順序をひどく大切になさる方のようじゃな」
「エマがまんざらでないことは明らかなのですから、もう少し話が早くても良いと思うのですが」
「兄さんっ」
 エマが少しふて腐れた声を上げる。
 歳は最低でも60代のマイア以上のはずだが、その姿は見た目相応の歳にしか見えない。
「そういうのはもっとゆっくりと進めてくべきだと思うんだけどな……。それに長老、偉大とか言うのやめてくれないかな。こそばゆい」
「いや、偉大でありましょう。この通り長く生きておりますが、あなたほどに人々の夢と、竜の誇りを体現した乗り手はそう見たことはありませぬ」
「……あんまりそういうタチでもないんだけどなあ。俺、軍では器用なだけで頼りないって評判だったし」
 長老は穏やかに笑って首を振る。
「叶えられるべき夢がある。振るわれるべき力がある。そして、踏み出すべき時があり、それらを見間違えぬ者を、古来、偉大なる英雄と呼ぶのです。あなたは一人では力がないかも知れぬ。しかしそれだけでしょう。竜はそれを補うためにおりますじゃ」
「……そう、なのかな」
「人は蟻の千匹より強い。ならばそれだけで、蟻より人は偉大であるか? ……強いかも知れぬ、それだけでありましょう。竜とて同じです。偉大であるかとは、関係がない。貴方が偉大な蟻であるならば、その志に連なることは、力ある者の誇りを満たすのです」
「……わかるような、わからないような」
 偉大な蟻ってなんだろう。想像しづらい。
「わからなくとも、いずれ歴史が証しましょう。我らにとってはもはや疑うところはありませぬ。エマを欲しいと申されるのなら、是非可愛がってやってくだされ」
「……いつも思うんだけど、ライダーに向かってちょっとドラゴンは積極的に身内を差し出しすぎじゃないかな……」
「それだけ良い縁と思っております。……気が向かぬのなら本人にそう言ってやってくだされ」
「そういうのって卑怯だと思うんだ!」
 俺が訴えるも、クックッと笑う長老とレイ。
 そして不安そうに見上げるエマに向き合い、俺は言葉を選ぼうとして、何もさっぱり思いつかず。
「……えーと、その……綺麗だ」
「……はい」
「……だから、その」
 言葉に詰まって、焦って、そしてライラにぐいぐいと肘でつつかれて。
「こればかりは誰も怒らぬと思うぞえ」
「ちょっ……黙ってろよ」
「もどかしいわ」
 ニヤニヤ笑いに背中を押されて、さて何が問題だっけと思い出そうとして、出てこなくて。
「あー……えっと、その……」
「……はい」
「……俺、知ってると思うけどすっごい女好きで……正直引くと思うけど」
「それを許されるのも、また……人徳でしょう」
「……あー、うん」
 そういやドラゴンはそういう価値観だった。
 クリスタル・パレスのドラゴンは節度的に普通そうに見えるけど、でもライナーだって同時に三人契約して、誰も問題視しなかったんだよね。
 その先に言い訳がもう出てこなくて、俺は観念して。
「……その、俺と来る?」
「はい」
 エマは待っていたとばかりに即答して、詰まっていた息がようやくできたように力を抜き、笑う。
 ……ああ、言っちゃった。
 いいのかなあ。よかったのかなあ。

(続く)

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