ガッシュ・ザッパーは水の精霊と旅をする尾なしリザードマンである。

「精霊祭も終わっちまったな……」
 夜が明けたヘリコンの宿屋で、乾いた北の風を窓から入れながらガッシュは呟く。
 眼下に見下ろす街では多くの町人たちが祭りの片づけをしている。
 セレスタで一番元気な生き物は商人だ。誰に促されるわけでもなく、また次の祭りで散財するために今日からせっせと商売を始めるのだろう。
 いそいそとラクダや砂漠トカゲを連れて町の出口をすれ違う人間族やリザードマン、狐獣人の商人たちを眺めながら、ガッシュはしばらく動けずにいる。
 背後にいる少女に次の話題を切り出したいのだが、切り出せないでいるのだった。
 逡巡、五分。
 かつてセレスタ軍にいた頃、蛮勇だけは部隊一と言われたガッシュは、ただの一言を切り出す勇気を幾度も幾度も揺り起こして、ままよとばかりに、それでいていつものように軽く声を上げた。
「これからどうする、ヒーリィ?」
 水の精霊、ヒーリィ・ウォーターが願ったのは「精霊祭を見せて欲しい」ということだった。
 精霊なのに、精霊に捧げられた祭りを自由に見に行けないという不満。それを解消することこそが、尻尾を切られて戦士としての誇りを砕かれ、生きる目的を失ったガッシュに定められた使命。
 これが終わったら、どうなるのだろう。
 ヒーリィはまたこの地方の水の流れと一体化し、どこかへ行ってしまうというのではないだろうか。
 ……強く愛し合っているとは思っていても、ガッシュはその不安がどうしても抜けなかったのだ。

「チェックアウトまで時間があるでしょ……もうちょい寝る……」
 一世一代の勇気を振り絞った問いかけはあっさり振り払われた。
 振り向くとヒーリィはもぞもぞと毛布の中で芋虫になっている。
「って精霊のくせになんでそんな寝坊助なんだよお前は!」
「ガッシュが明け方まで寝かせてくれなかったからでしょ……? いいじゃん、昨日はそういう日だったんだから……ガッシュもこっち来て寝ようよぅ。変温動物のくせに何早起きしてんのよぅ……」
「ちと血圧低いだけで別に変温動物じゃねえよ!」
 とはいいつつもベッドにのっそり潜り込むガッシュ。
 毛布の中では、昨日激しく愛し合ったまま裸のヒーリィが、半ば寝ぼけつつもガッシュの腕の中に無造作に身を滑り込ませてくる。
「にゅふー……」
「だから俺が言ってるのはな……お前、最初に会ったとき精霊祭が見たいって言ってたじゃねえか」
「……そうだっけ」
「たった4、5ヶ月前のことだろ!?」
「そだっけ……なーんかそれからのガッシュのエロエロ三昧がキョーレツ過ぎて……」
「……とにかく。目的達成したわけだけど、どうすんだって言ってるんだよ」
「……どうしよっかぁ……それじゃ、次の精霊祭まであったかいとこいきたいなあ……」
「まだ精霊祭見たいのか」
「だって楽しかったじゃない……」
 半分眠ったままのような調子でガッシュの胸板にすり付き、柔らかい頬を押し付けるヒーリィ。
「……まあ、いいけどよ」
 ガッシュは拍子抜けしながらその小さな頭を抱き締める。
 ヒーリィはこれからもガッシュと一緒に過ごすことを決め込んで、自然界に帰るなんて微塵も考えていないようだった。
 ドキドキして損した気分だ。

 そんな二人の遅い朝に、テンション高めに乱入してくるダークエルフ一人。
「やあ、夜が明けたねご両人」
「ノックしてドアから入れボケ! 壁抜けすんじゃねえ!」
「おや、随分御機嫌斜め」
「一度起きて寝入りバナなんだよチキショウ!」
 光の精霊、ブライト・ライト。
 ……と名乗る、見た感じダークエルフの中性的美女である。
 大体光の精霊ならもっとこう白っぽいイメージで……と注文したいところだが、それだとヒーリィもマーマン族になってしまいそうなので突っ込まない。あんな脚も生えてない連中と一緒にすんな、というのはリザードマン特有の主張である。
「大体昨日の分の借りは返しただろ!? 早くチェックアウトしていけよ!」
「はっはっはっ、随分ひどい扱いだねえ。別にいいけど」
「アンタがいちいち二人っきりで楽しんでるとこに入ってくるからよ!」
「私の見るところ、君らは四六時中二人っきりの楽しみを満喫してるよね?」
 ウッと詰まるガッシュとヒーリィ。別に朝から晩までセックスしているというわけではないが、二人だけになると会話がハチミツ味になることは否定できない。

 すっかり眠気も覚めてしまったので起床する二人である。
「で、なんだよ。宿代なら俺らが払っとくから行っていいぞ」
「いやいや、昨日は恋人たちの夜を精霊として邪魔できなかったから遠慮していたんだ」
 にっこり笑うブライト。
「充分邪魔してた気がするが」
「頼みがあるんだよ、ガッシュ・ザッパー」
「……なんだよ」
 一応、恩人である。知るか馬鹿とも言えず、上着に袖を通しながら仕方なく顔を向けるガッシュ。
「セックスしよう」
『……はぁ?』
 ヒーリィと同時に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「いや、昨日ヒーリィにも言われたけれど、確かにその通り、人のしてるところを眺めるよりも自分でやってみたほうがいいかなと」
「だっ、なんでガッシュなのよ!! その辺で適当にエルフとか捕まえなさいよ!!」
 ヒーリィがまだ半裸のままガッシュにしがみついて歯を剥き出す。
 ブライトはどこ吹く風。
「その辺はガッシュが決めることだろう? 何、別に私の夫になれといっているわけじゃない。一度セックスしてみたいという恩人の願いを叶えさせてやろうというわけだ」
「お生憎様、一度じゃ気持ちよくないわよ、ガッシュって勢いばっかなんだから!」
「おいヒーリィ、傷つくぞ」
「ごめん」
「はははは、じゃあ二、三度ほどで」
「う……そ、それじゃあまだガッシュを正当に評価できるように思えないから五回かなあ」
「自分で増やしてどうする馬鹿精霊」
 ヒーリィの頭をポカンとやる。
「だ、だってネンネの精霊にガッシュがヘタクソなだけだって思われたらヤじゃない!!」
「その気遣いは嬉しいがこの胡散臭い女の思う壺じゃねえか!」
「面白いねえ君たち」


 結局。
 宿をチェックアウトしてもブライトはついてきた。
「これから南に行くとしたらラパール諸島かシェール島か……船便でゴート王国に入って南部大平原って手もあるが」
「ガッシュ、外国行ったことあるの?」
「あるわけないだろ、今まで内陸の警邏隊にいたんだぞ」
 ヘリコンの町を出る。
 東にはエルフの森林領があるが、軍属でもなく身元の怪しいヒーリィを簡単に通してくれるような場所ではないのは聞き知っている。徒歩で国を抜けて南に向かうには森林領ルートしかないのだが、色々な意味で面倒くさい森林領は旅行者からは敬遠されていた。
「なら、クイーカに行くのかい?」
「……ブライト、どこまでついてくるの」
「そりゃガッシュとセックスし終わるまでだよ」
「だからガッシュじゃなくても!」
「五回までは許してくれるって話じゃなかったかい?」
「……あれ、そうだっけ?」
「騙されるな。というか丸め込まれるなヒーリィ」
 街道を歩きながら、いつ変な合意に至るかと思うと気が気でないガッシュ。
「大体な、俺はリザード女以外じゃヒーリィにしか勃起できないぞ」
「おや」
「……ガッシュ♪」
「ふむ。ならばこれでも?」
 街道に遠い先まで人影がないのをいいことに、服を開いてみせるブライト。
 見事な巨乳がガッシュの広域視野の隅に映るが、ガッシュはゆっくり首を振る。
「ピクリともしねえ」
「……むぅ、難しい問題に行き当たったね。どうすればガッシュと五回セックスできるだろう」
「いいから胸しまってよ!」
 ヒーリィがブライトの服を引っ張って閉じさせる。
「だから無理だっての。俺だって不思議なんだよ、人間タイプの女に欲情したことなんてなかったんだから」
「なのにヒーリィには毎晩のように欲情していると」
「なんで知ってる」
「ホントに毎晩しているのかい。若いねえ」
 カマかけにひっかかり、ガッシュは舌をチロチロさせる。


 夜。
 徒歩旅行者は野営する。
 馬車なら確実に宿場まで行くのだが、この先予想される旅費に備えて宿屋に泊まる金を惜しみたいガッシュは野営を選んだ。
街道沿いなら珍しい光景でもないし、このあたりは半年前に野盗狩りを行った地域なので、いたとしても俄かの盗賊しかいない。
 食い詰め者が刃物を持った程度なら、ガッシュくらいの戦士ならば返り討ちなど造作もないことだった。
 それにヒーリィは下手をするとガッシュより強い。特段の動作も呪文詠唱もなく水を生み出し、武器として自由に操る水の精霊は現状の魔法的常識の範疇外だ。
「別にこの辺をぶらぶらするだけでもいいと思うがな。寒いのはもう二月くらいで、すぐに暖かくなるけど」
「どうせなら遠くに行こうよ。ガッシュとならどこに行っても楽しいんだから」
「……こいつ」
 ついつい、焚き火を前にしてヒーリィとイャイチャしてしまう。
「ブライト、どこいっちゃったのかな」
「荷物……は、あるから、多分花摘みかなんかだろ」
「今のうちにちょっと入れとく?」
「入れるって」
「ガッシュのおちんちん、私に。急げば一回くらいは射精できるよ、多分」
「お前言い方変だぞソレ」
 などと言いながら、ガッシュは思わぬチャンスに喉を鳴らす。
 ヒーリィとのセックスはガッシュにとって既に毎晩の習慣だ。少しのチャンスにでもしておきたい。
 周囲を見て、ガッシュは素早くヒーリィを押し倒す。
「急ぐから一気に入れちゃっていいよ」
「お前はいつでも準備OKじゃねーか」
「だいたいガッシュの欲情しそうな気配わかってるもん♪」
 トカゲの唇と精霊の唇が貪り合う。
 その間にも素早く下着を引き、ガッシュは焦るようにヒーリィにヘミペニスの片方を押し込む。
 慣れた、それでも病み付きの快楽がガッシュを包む。
「っく……」
「んっ……ガッシュ、そっちだけじゃなくて両方、お尻と同時に入れちゃっていいのに」
「ケツに入れたら始末が大変だろ……」
「ここだけの話、一度始めちゃったらブライトが邪魔してきても続けちゃえばいいんだよ……♪」
「肝が太えなあこの変態精霊は……」
 ヒーリィの中を最初から全開で往復する。最初から互いに射精しか目的にしない、忙しいプレイ。
 これはこれでひどく燃えるものがある。
 ヒーリィは覆いかぶさったリザードマンに手を回しそのゴツゴツしたトカゲ顔にキスの雨を当てながら膣内を差し出し続ける。
 そこに。
「やあ、やはり始めたか」
 案の定のタイミングでブライトが現れた。
「な、何かいいたいことあるかもしれないけど、あとでな」
 ガッシュは押さえつけたヒーリィを逃がさぬようにでもしているように押さえつけ、腰を振りながらブライトを見上げる。
 ブライトは全裸だった。近くの川で水浴びでもしていたらしい。
 曲線に富んだ女性的な裸体を滑る水滴が、月光と焚き火を照り返し、金銀に輝く。
「いや、言いたいことはないが。混ぜてもらっていいかい」
「お、お前、まだ!?」
「いや、実際これしか思い浮かばなくてね。ヒーリィにしか欲情しないならヒーリィのご相伴に与るしかないじゃないか」
「え、えぇー……」
 下半身でガッシュの欲情を受け入れながらヒーリィは不満そうな声を上げる。
「どうせこのままでは片方から無駄に地面に撒くだけだろう?」
「そ、それはそうだけど……」
「じゃあ、失礼して」
 フッ、と月光の中でブライトは消える。
 次の瞬間、ガッシュの下、ヒーリィと向かい合わせに抱き合うような位置に、その豊満な裸体を滑り込ませた。
「いちいちお前はそのビックリ移動を悪用するな!」
「まあまあ。いちいちヒーリィから抜いて私に場所を開けるのも面倒だろう?」
 クスクスと微笑む中性的美女の笑顔は妙に子供っぽくて、その裸体よりもガッシュはドキリとする。
 それを敏感に感じ取ったヒーリィは、ガッシュの柔らかい脇腹をつねりながら。
「……つ、ついでだからね!? ブライトもあんまり調子乗らないでよ、コイツは私の……ええと、なんだろう」
「……せめてカレシと言って欲しいぞ」
「アンタ私をカノジョ程度だと思ってるんだ。嫁だとか言うかと思ったのに」
「嫁で済むか。俺の運命の女だ」
「じゃ、じゃあ私の運命の男なんだから!わかった、ブライト!?」
「……はいはい。ついででよござんす」
 二人の精霊が股間をぴたりとくっつけ、それぞれの性器にトカゲの逸物を欲する。
 ガッシュは溜め息をつきながらも二本の逸物を猛らせた。

(続く)

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