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 俺たちも一旦陣地に撤退する。
 アイザック隊はアイザック含め数人の怪我人がいたが、どいつも命に別状はなくて安心した。
「……とはいえ、ヒルダ先生がいなかったら危険だった人もいます」
 ミカガミが表情を曇らせる。
 あれだけ派手に戦ったにも関わらず、削れた、というか捕縛できたのはわずか4人だった。
「このままだといずれ我々が削り切られる可能性もあるな」
「今回の突破失敗で、爺様方も無闇な突撃は控えてねちっこい戦い方に切り替えるかもしれないぜ」
 特務百人長の言葉に気が滅入る。
「ライラちゃんが早く戻ってきてくれるといいんだけどねぇ」
 霊泉の水は、ライラの飛行速度から計算して、戦いが終わるころと見越した日暮れに届くようにしてある。速すぎても霊泉の水の効果時間が切れてしまうので駄目なのだ。
「ライラ様……あ、あっちに見える」
 天幕の出口で北の空を眺めていたマイアが、ライラの到来を告げる。
 彼女が運んでくる水はアイザック隊にはまさに恵みの雨となる。俺たちはゾロゾロと天幕から出てその到来を待った。
「どの辺?」
「あっち……まだアンディ様には点にしか見えないかもしれない」
「マイアが指差す方をじっと眺める。
 だんだんと大きくなってくる、黒い影。
 うん。あのシルエットはライラだ。

 と、そのライラの真下から、雷のような閃光が吹き上がった。
 ライラがその閃光に直撃され、きりもみをしながら墜落する。

「!?」
「ライラ様!?」
「ど、どういうことだアレ!」
「……油断した、そういえば剣聖旅団には……」
「ドラゴンスレイヤー!」
 ディアーネさんと頷きあう。
「ヒルダさん、ちょっと来てください! 緊急事態です!」
「マイア、ライラを助けに行く! ドラゴン体に!」
「うん!」
 マイアがポーズを取り、一瞬置いて夕闇の雪原にブルードラゴン降臨。
 その背に、俺とディアーネさん、そしてヒルダさんは急いで乗る。


 ライラは大量の血と、霊泉の水を詰めた皮袋を満載していたはずの荷馬車の破片にまみれて、雪原で裸で倒れていた。
「ライラ!」
「ライラ様!」
「ライラちゃん!」
 俺たちは彼女のすぐ傍に降り立ち、ライラを抱き起こす。
 ……胸元から脇腹まで、ざっくり裂けていた。
「ほ……な、なんじゃ、出迎え……ご苦労じゃ……のう……」
「ライラ! しっかりしろ!」
「霊泉の水だ! マイア、無事な水袋を!」
「うん!」
 ディアーネさんが指示を出し、マイアがその辺に散乱している水袋の中から無事なものを探す。
「あった! これ!」
「念のために凍らせてみてくれ」
「?」
「まだ効果があるなら凍らないはずだ」
 ポルカの霊泉は汲んで半日間は効果が続く。そして効果が失せるとただの水になってしまう。
 その効果の有り無しは、凍るかどうかで分かる。
 俺に言われてマイアが手をかざし、冷気を吹き付ける。
 凍らなかった。
「よし、浴びせろ!」
「こ、この寒い中で行水とはのう」
「我慢しろ馬鹿」
 俺たちがライラに水を浴びせようとすると、どこかから石が飛んできた。
 それは俺の手に直撃する前に、ディアーネさんが叩き落とす。
「…………」
 ディアーネさんが飛んできたほうを睨みつけ、何かを小声で呟くと、幻影が吹き払われ、中からボナパルト卿が現れた。
 手には、引きずるようにしてドラゴンスレイヤーを携えている。
「アーサー・ボナパルト!」
「竜をせっかく落としたのだ。そうそう救われても困る」
「……てめぇ」
 俺の腹の中に怒りが芽生える。
 自分が狙われるのは耐えられるが、ただ飛んで行くライラを当然のように殺そうとするのか。
「待て、飼い主殿」
 俺が歯を噛み締めて、ボナパルト卿に殺意を剥き出しにしようとした時、ライラがその俺の手を引いて止める。
「ライラ」
「……そなたの、正義は、そうではないじゃろう」
「……でも」
 ライラはその美しい肢体に痛々しい傷を晒したまま、微笑んで首を振った。
 ……そうだ。
 ライラは例え自分が死んだとしても、俺がライラのために正義を曲げることを望まない。
「見上げた忠義だな、竜よ」
 ボナパルト卿は妙に尊大にそう言って、俺を煽ろうとする。
 ……そうか。
 ボナパルト卿も、焦っているんだ。
 戦って散ることを望み、それをすら阻止しようとする俺たちの意図を知り。
 どうにかして理想の華々しい散り方に持っていこうと望んでいるんだ。
 それでも余計な者を殺せないあたりは、やはりまっすぐな至剣聖のままなのに。
「ライラ」
「ほ」
「……お前は、俺の自慢のドラゴンだ」
「…………」
「まだ死ぬなよ。俺はお前を世界中に自慢して歩きたい」
「……アンディ」
「俺のドラゴンは世界一優しくて強い奴だ」
「……嬉しい、のう。……ほんに、嬉しい事を言う男じゃ」
 ライラの頭を撫でて、俺は水袋の中身を改めてライラの胸に注ぎ、そして立ち上がってボナパルト卿を睨みつける。
「思い通りになると思うな、おっさん」
「……ふん」
 ボナパルト卿はつまらなそうに鼻を鳴らして、立ち去った。


 倒れたライラを陣地に運び込むと、ジャンヌが悲鳴をあげた。
「ライラ姉様!!」
 ライラは運んでくる途中で意識を失った後、未だ目を覚ましていない。
 傷口を縫い合わされて包帯でぐるぐるに巻かれた、あまりにも痛々しいライラの姿に、ジャンヌは涙を滲ませて激昂した。
「ブチ殺すだよ、あのクソ人間!!」
 そのままハンマーを掴み、今にも陣地から駆け出そうとするジャンヌを俺は押し留める。
「待て」
「どくだよ! 今は十人長といえども邪魔したらブッ殺すだよ!!」
「…………」
 ここまで怒り狂うジャンヌは初めてだ。
 でも、そりゃそうかもしれない。
 ジャンヌはコロニーで侮られ、ライラに助けられ慈しまれた子だ。
 親にも等しいライラを、しかも不意打ちでこうまで傷つけられたら、怒り狂うしかないだろう。
 だけど。
「駄目だ。どかない」
「どくだよっ!!」
「どくわけにはいかない。俺は誰も死なせない」
「十人長っ!!」
 それがライラの前で宣言した俺の正義だ。
 だから、ライラのためにも、曲げない。
「どうしても殺したいならまず俺を殺してからだ、ジャンヌ」
「…………」
 ギリギリと歯をむき出して、ジャンヌは俺を威嚇する。
 本当にその気になれば、ジャンヌのハンマーは俺を一瞬でミンチにできるだろう。
 ディアーネさんは心配そうに俺を見つめ、マイアはオロオロと、ジャンヌを止めたものか俺を守ったものか迷っている。
 ……数分間も、ジャンヌは俺と睨みあっていただろうか。
「……なんでそんな意地悪言うだよ、十人長は……」
 ごとりとハンマーを置き、ジャンヌは泣き崩れた。
 そのジャンヌを優しく抱き寄せて、俺は軽く肩を撫でる。
「……大丈夫だ。俺は……俺たちは、全部救うから」


「正直なところ、どうなんだ、アンディ」
 泣き疲れたジャンヌを寝床に送ってから、ディアーネさんは俺に問う。
「全員を生かしたまま勝つ。これは、できるとしよう。……私がやろう。だが、その後どうする?」
「……説得します」
「もはや民衆はボナパルトの言葉に盛り上がってしまっている。今さら『やっぱりやめました』で済む問題じゃない。それでは暴動が起きてしまう」
「…………」
 そう……なんだろうか。
 でも。
「それなら民衆を説得……します。だって至剣聖ですよ? 大剣聖ですよ? トロットの憧れだった人たちを、革命しなかったからって断罪なんて、そんなのないでしょう。元々ただの名目で茶番劇だ」
「お前は政治に向かないな。……お前のそういうところは悪いとは言わない。でも、必要なんだ。民衆の心を掴んだら、その行く先は、絶対にな」
「…………」
 俺のしていることは、無責任なんだろうか。
 みんな、そんなこと望まないんだろうか。
 そんな風には思いたくない。トロットは……人間は。
 手を取り合って、感謝しあって、誇り高く平和に生きていけると信じたいんだ。
「俺は……それでも。それでも何もかもを見捨てるなんて、それで済ませるなんて嫌です」
「…………」
 ディアーネさんは目を瞑り、黙り込む。
 どうしたら俺のわがままを叶えられるか、考えてくれているのだろう。
 ……この人は、そういう人だから。
 きっと一生俺がボナパルトのおっさんたちのために戦い続けるならば、きっと隣で戦い続けてくれるのだろう。
 もう、自惚れじゃなくそう思う。この人の愛はそういうものだ。
 ……思えば、俺の周りにいる女は、いい女ばかりだ。
 俺のわがままと災難を親身に受け入れて、未来を叶えてくれて、俺を信じ続けてくれる。
 その彼女たちのためにも、俺はただヘタレて諦めるなんてできない。
 俺は、絶対に実現できると思うんだ。
 親父にできなかったことを、ボナパルトのおっさんや王様にちゃんとやらせる、そんな未来。
 そんな、ありふれた人生。

「そうですよ。そうですとも」
 夜の雪原に、そんな声が響いた。


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