自らは戦いの役に立てずに逃げ出しながらも、俺の感覚強化された耳目は戦いの一部始終を捉えていた。
「アンゼロス、ベッカーの後始末に何人か回せ」
「はい。ミカガミ、ブロンソン、エリオットの三名はベッカー特務百人長が倒した敵兵の捕縛! しかるのちにアイザック隊の撤収支援!」
『了解!』
アンゼロス隊でも戦闘力の高い順の三人は、俺たちを追い越してアイザック隊の方に走り出す。
その三人の眼前で、倒されてうめく大剣聖たちが、消える。
「!?」
「ミカガミさん、これは」
「魔法です! 幻影魔法を使う兵はまだ隠れています!」
振り返るミカガミ正兵たちに、アンゼロスは素早く修正指示を出す。
「チッ……アイザックたちの撤収を優先! セレンかライラを回せれば幻影なんて破れるのに」
「ないものねだりをしても仕方ありませんわ」
急いで進路を変更し、アイザックたちの傍に回るミカガミ正兵たち。
そしてアンゼロスやディアーネさんの前には、修羅がゆっくりと迫っている。
「随分と華やかな前衛だな」
アンゼロス隊の中でも正兵級はミカガミ正兵以外ナイトクラスを獲得していない。相手が大剣聖、至剣聖となれば、正兵は前衛としては一歩下がってエースナイトに道を譲るのがセオリー。
必然的にディアーネさんやオーロラ、アンゼロスといった美女たちが最前衛に出ることになる。確かに華やかといえなくもない。
「華やかじゃなくてスンマセン」
ちょっとふて腐れたように言うベッカー特務百人長。うん、そこそこ顔はいいけど確かにオッサンは華やかではない。
その特務百人長を見て悠然としているのはボナパルト卿だけで、後ろに控える老剣聖たちは心持ち足取りを硬くしていた。
「あれが……かの『疾風』ディンギルや『舞踏槍』アルメイダをも凌駕すると謳われた高速剣士『白昼夢』ジーク・ベッカーか」
「あまり強そうではないな」
「さっきのを見たじゃろう。ぼんやりしていると殺られるぞ」
……あー、やっぱりその筋では有名なのか、白昼夢。
何が白昼夢なのかは今もってよくわからないが。
「厄介で楽しい男を連れてきてくれたものだが……こちらは大剣聖17騎、そちらはエースナイト3騎……戦神殿を含めても4騎だ。いい度胸だな?」
「何、たったそれだけで我々に向かってきた貴方がたに比べれば何ほどのものでもないさ」
ディアーネさんは不敵に言い放つ。あれもハッタリか、それとも……。
「剣聖旅団を舐めるな、小娘!」
「我ら王命剣聖旅団! この人数だからとて不足は無し! たとえ千人隊でも貫いて見せようぞ!」
老剣聖たちが色めき立つ。
が、ディアーネさんは動じない。
「吠えるな小僧ども」
そして、ディアーネさんが手を振る。
……その頭上を掠めるようにして飛来する矢。
「なっ!?」
「同士討ちが怖くないのか!?」
慌ててかわす剣聖たちだが、数人が矢にやられて倒れた。
「あいにくと、うちのクロスボウ隊は練度が高い」
堂々と言うディアーネさん。
……確かにうちの隊の隊員は、100メートル離れてリンゴを撃てない奴はいない。クロスボウの扱いが普通の弓に比べて簡便なのもあるし、ディアーネさんの知覚強化魔法も効果が高いとはいえ、その腕を実現したのは弛まぬ訓練だ。
それを、まるで指揮そのものが魔術であるかのように巧みに操りながら戦いを開始するディアーネさん。
「17対4だと、笑わせる! 17対100だ! 私の部隊に、力にならぬ隊員などいるものか!」
「くっ……!!」
「おのれ!!」
ディアーネさんの騎馬突撃のような威力の蹴りを、片腕で衝撃波を放って軽減しつつ受け止めるボナパルト卿。片手打ちの軽い衝撃波ではそれでも止めきれず、ボナパルト卿は石畳を鉄靴の爪先で削りながら数メートル滑って後退する。
「怯むな!」
「たかが4騎、貫いてしまえばあとは柔らかい後衛ばかりぞ!」
大剣聖たちが剣を振りかざして突撃。だがその歩みが疾駆に変わる前に、正確すぎる狙撃が剣聖たちの足元に等間隔の柵を作る。
「くあっ!」
ディアーネさんは幻影で隊員の視界内に照準を作り、狙撃命令の一助としている。
それを各隊員ごとに別々に作り出すことは、ディアーネさんほどの人じゃなければまずできないほどの繊細な技術らしいが、その攻撃命令が可能にする戦いは、確かに100人の味方に等しいほど有効な戦術だ。
デイアーネさんが攻撃する。アンゼロスが衝撃波を放ち、オーロラが剣聖と切り結び、ベッカー特務百人長が分身したような速さで数人の大剣聖をまとめて押し返す。
それらの隙を狙おうとする大剣聖たちを、ここぞとばかりに襲う矢の嵐。ディアーネさんの指示する照準は的確で、決して味方に被害を出すことはない。
「アーサー・ボナパルト!!」
「戦神ディアーネ……!! だがそれでこそだ! 私たちは意味も無く負けたのでなく! 私たちは今、勝つことでその負けを濯ぐことができる!」
ボナパルト卿の爆裂カチ上げ衝撃波が炸裂する。
まるで竜巻のように周囲の家々を粉々に砕くそれは、しかしディアーネさんには通用しない。
「があああっ!!」
その突風の発生する直前にディアーネさんも蹴り足で2連続衝撃波を放ち、受け止めきっていた。
敏捷性と即応力ではディアーネさん有利か。
だが。
「まだまだ!!」
回し蹴りからソバットへの二発の衝撃波打ちで体勢の崩れたディアーネさんに、ボナパルト卿は返す刀で真横に衝撃波を打つ。
流石にこれは防げない。
「ぐああああっ!!」
見事に吹き飛ぶディアーネさん。
が、その体が叩きつけられる直前にベッカー特務百人長が救助に入る。
「セーフっと!」
「く……ベッカー、貴様はアンゼロスたちの支援を!」
「わかってますって。……でも俺にもいいカッコさせてくださいよ」
壁を走りながらディアーネさんを下ろし、ベッカー特務百人長は両の手でナイフを抜いて逆手持ちしつつボナパルト卿に向かっていく。
「ジーク・ベッカー……!」
「お見知りおきとは光栄ですな!」
ベッカー特務百人長は飛びかかり、一瞬のうちに七発の斬撃と三発の蹴りをボナパルト卿に叩き込んだ。
……感覚強化されてなければ攻撃したことさえ見えなかった。
が、それでもボナパルト卿は大半受け止めている。
「おおぉ」
「ふ、確かに速い! だが……エースナイトだな!!」
もう一発豪快衝撃波。宿場町カンツォーネの町並みがどんどん粉微塵になっていく。
が、特務百人長は一瞬で背後に回ってそれをかわす。
「あいよ、エースナイトですとも」
「……かわすか」
「死にたくはないんでね」
……今の一瞬のトップスピードは、ボナパルト卿の予測を超えていたらしい。表情から僅かに余裕が消えた。
「戦神と同等のスピードと聞いていたが……どうもそれは羊の皮のようだな」
「そいつはどうでしょうね」
「エースナイトであること自体が隠れ蓑か……なるほど、クイーカ一の曲者エースナイトと言われるわけだ」
「あんまりそういう呼び名は嬉しくないんですがねえ」
特務百人長とボナパルト卿は、同時に構えを変える。
特務百人長も顔つきが変わっていた。いつものショボくれた不良中年の顔つきではなく、目を見開いて愉悦を顔に貼り付けた、バトルジャンキーの顔だ。
「うおおおおっ!!」
「だらああああっ!!」
ガガガガガッ!!
……もはや、強化された感覚でさえ理解しがたい打ち合いが、始まってしまった。
アンゼロスたちは意外にも、援護が途切れても依然として大剣聖たち相手に優位の戦いを続けていた。
「はっああああ!!」
「せいっ!」
アンゼロスが一気に切り込み、オーロラが回りの敵をフォローする。
そのオーロラが取りこぼした敵も、他の護衛歩兵が集団で打ちかかって押し返す。
相手が老いているといっても、腐っても剣聖だ。どの剣聖も衝撃波ぐらいは使ってくる。
それをも、一糸乱れぬ連携で回避し、同士討ちを誘いながら戦線を維持していた。
「くっ……なんだ、このような少女たちに!」
「これでも成人してる!」
「言っておきますがわたくしのほうが歳下ですのよ!」
……どうでもいい反論しつつ。
「ここから先へは絶対に通さない」
「優雅にまいりましょう、剣聖のお歴々」
背中合わせで構える二人がやたらと恰好よくて頼もしく、味方の歩兵たちは沸き立ち、敵の剣聖は怯む。
そして、睨み合ったのち。
「……皆さん、撤退しましょう! 散るにふさわしき時ではありません!」
中空から声が響き、苦虫を噛み潰したような顔をして剣聖たちが撤退を始める。
「そこかっ!!」
ディアーネさんが石を投げつけると、幻影が解けて一人の老人が浮かび上がる。
およそ剣士とはいいがたい風体だが、彼が幻影戦術を担当していたのか。
「コンウォート殿!」
その老人をボナパルト卿がかばい、もう一発衝撃波を目くらまし代わりに放って撤退していく。
「……今の、王都大学の」
「カウル・コンウォート学長だったな……くそ、この国の老人はどいつもこいつも」
ディアーネさんは吐き捨てるように言う。
不器用な武辺たちはともかく、知識層までもがこの世代を信用せずにこんな戦いに参加するなんて。
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