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 近くに置かれていた馬車とライラたちの翼で、一旦王都に戻る。
 北の街道近くに作られた天幕の陣地で、ディアーネさんが改めて十人長を集めてミーティングを始めた。
「今のところ作戦に変更はない。2小隊ずつに分かれ、交互に撤退しながら相互に援護。フロントはアンゼロス隊が守る。……そして私は、ボナパルト殿が出てきたら正面戦闘だ」
「ほ。我も手伝おうかえ?」
「ライラとマイアは他にやってほしいことがある」
 デイアーネさんは地図の端を指差した。
 ……ポルカ方向?
「『ポルカの霊泉』を汲んできて欲しい。ローテーションで」
「なんと」
「……交代で?」
「ああ。今回の戦いは正直、どういう被害が出てもおかしくない。死んでさえいなければ何でも治すと言われるほどの癒しの霊験は、私もこの目で確かめた」
「でも、あそこの霊泉は半日で効果切れますよ。よそに持ち出しても意味が……」
「だからライラたちに取りにいかせるんだ」
「……な、なるほど」
 ドラゴンの翼なら、なんとか効果が切れる前に王都まで持ってくることも可能だ。
「クロスボウの矢には全員、姉上とセレンの調合した薬を塗っておくこと。急所は狙わないこと。……そして撤退は早めに、だ。引きつければ引きつけるほどアンゼロス隊の負担が増える」
「しかし、俺たちがやりきれなければ、それだけ百人長にも負担が……いくらなんでも大剣聖を何人も残して乱戦になったら勝ち目はないでしょう」
「一応それについても手は打ってある。間に合わないかもしれないけどな」
 ディアーネさんは一息つき、井戸水を一杯呷ると、全員に言った。
「いいか。今回の作戦、死なないことが第一だ。敵も味方も、一人も死なせない。死ぬことがあってはいけない。それは憎しみを生み、戦いの勝敗を生む。それこそ、あの王の思う壺なんだ」
「本当に誰も死なずに済むならそれが一番なんですが。何事もね」
 ウィリアムズが少し自嘲気味に言う。俺の言う戦いに賛成はしたウィリアムズだが、実際に可能かどうかという部分には、やはり無理難題という評価をせざるを得ないのだろう。
 が。
「前の戦争で、私は彼らを一方的に倒した。自分の部下を一兵も死なさずに勝った。それさえ当時は不可能だといわれた。だが、やった」
「その時とは状況が違います」
「当然だ。全く同じ戦争はどこにもない」
 一拍置いて。
「状況が違うんだ、これは前の戦争とは違う。今のセレスタはトロットを倒さなくてはいけないわけじゃない。勝利条件が違う。……誰も死なない戦いができるんだ、ウィリアムズ」
「向こうがそれをさせてくれれば、ですが」
「私は、ずっとそれを夢見ていた」
 ディアーネさんは、場違いに微笑んだ。
「戦いの申し子と呼ばれ、戦神と恐れられ、憤怒のままに敵を蹴散らしながら生きてきた。だが、戦いが終わってからいつも思うんだ。戦いに長けるとは、敵を上手に殺すことでしかないのだろうかと。……敵も味方も守る戦いは、ないのだろうかと。ウィリアムズ、これは私の夢の戦だ。私は夢を叶えてみせる」
 ウィリアムズの口元から、自嘲が消えた。
 ディアーネさんが語る夢はただの夢想ではなく、天才の前に広げられた美しい方程式だ。
 それは、目の前の女神にならきっとできると思わせるものだった。
「……イエス、マム。微力ながらお手伝いいたしましょう」
 ウィリアムズが痛快そうに笑って、拳を左胸につけ、背筋を伸ばす。
 みんなそれに倣う。ライラとマイアはニヤニヤと愉快そうに笑っていた。


 一本の矢文で宣戦布告は行われた。
 トロット王都より第一の宿場カンツォーネを境とし、そこから帯同するものは装束に関わらず反乱軍とみなし、攻撃を加える旨。
 そして申し訳程度に、無条件降伏の勧告を記してある。
 そんなものに彼らが従うはずはない。

 ……案の定、三十数名の彼らは堂々とカンツォーネの町へと行進してきた。
「よし……いよいよ、始まるな」
 配置された隊の先頭はスマイソン隊とウィリアムズ隊。
 俺たちは最長三斉射の後、撤退。現在後衛のアイザック隊とケイロン隊に後を任せることになっている。
 ディアーネさんが魔法を唱える。俺たちにはクロスボウのストックが媒介して魔法の効果が分配され、感覚が一気に強化される。
 まだ800mは先の剣聖旅団を視認して、クロスボウを構え……そして妙なことに気づく。
 おっさんを含めても20人いない。
「……スマイソン十人長、人数が少なくねっすか」
「ああ……どういうことだ。くそ、スマイソン隊各員射撃一旦中止、一分間索敵!」
 ただでさえ少ない手駒を温存したのか、分割したのか。
 不確定要素が増えるということは困ったことになる。いつどこに打撃がくるか分からないのだ。それも、相手は一騎当百の大剣聖だ。
 宣戦布告したからには無策はありえないとはいえ、それでも俺たちは焦った。
 そして射撃を開始したウィリアムズ隊も、その初撃がほとんど外れて浮き足立つ。
「くっ……さすがは剣聖旅団ってか!」
「お前訓練サボってたんじゃねえか!?」
「いいから弦を巻き上げろ! オーガは隣の奴の弦も引いてやれ!」
 彼らの初撃から間を空け過ぎるわけには行かない。早く位置を絞ってくれと言っているようなものだ。
「スマイソン隊構え! ……撃てっ!!」
 俺の隊にも命令してすぐに撃たせる。
 が、案の定というかなんというか、おっさんがタイミングを取って全員に回避行動を取らせ、当てさせない。
「ウィリアムズ隊、等間隔掃射に切り替えます! 百人長、照準を!」
「……く」
「百人長!?」
「ウィリアムズ隊照準変更! スマイソン隊、現状のまま牽制を続けろ!」
 ディアーネさんが逡巡。そしてウィリアムズ隊に突然90度の転回を命じる。
 どうしたのだろう、と弦を巻き上げながら新しく照準された位置を見ると……そこはアイザック隊の目の前。
 何も……いや。
 逃げ水のようなものが動いている。
 ……待て、あれは……!
「幻影隠蔽! 剣聖旅団にも魔法使いが!?」
「やられた! こんなカードを!」
 人間にだって、50人に一人程度は、エルフ並みに魔法が使える人材は、いる。
 剣聖の武才と大差ないくらいに稀少な才能とはいえ、人間は魔法が使えないわけではないのだ。
 慌てて放たれたウィリアムズ隊の矢は、一人を麻痺させたものの、十数人の剣聖は見事にアイザック隊の懐に入り込んでくる。
 そして、アイザックが切りつけられて、一気に幻影が解けて残りの剣聖たちが殺到する。
 アイザックはクロスボウを放り出し、その辺の岩を投げ散らして剣聖たちを威嚇するが、岩をも断ち切る大剣聖相手にはあまり役に立っていない。
 アイザック隊が崩壊する。
 アイザック隊の人員が次々に衝撃波で吹き飛ばされ、クロスボウを放り出し、逃げ出す。そこに追い討ちをかけようとした剣聖をアイザックが掴んで全力で背後にブン投げる。
 ……アイザックなら下手すると握りつぶせるだろうが、投げたのは殺すわけにいかないからか。こんな時にも律儀な奴だった。
 が、残りの剣聖は逃げ出す兵士に剣を振るう。
 一人倒れた。
 二人倒れた。
 彼らにトドメを刺そうとする剣聖たち。片方は必死のアイザックが薙ぎ払ったが、もう片方は……アイザックの位置からでは間に合わない。
 と、その代わりにボイドが飛び蹴りを放って助けた。
「スマイソン!!」
 アンゼロスに呼ばれてハッとする。
 あっちばかり見ているわけにはいかない。こちらも撃たないと、おっさんたちに肉薄されてしまう。
 数十秒アイザック隊を見ていた間に、おっさんたちは立ち直ってこっちに向かって駆け出していた。
「くそっ! 撃てぇーっ!!」
 撃つ。
 だがすぐに回避される。おっさんの目がある限り、直撃は難しい。
 かといって撃たないわけにもいかない。
 そして、おっさんが本隊にいる以上ディアーネさんとアンゼロス隊は俺たちの前を動けない。そんなことをしている間にアイザック隊は全滅してしまう。
「くそっ!!」
 アイザック隊を見た。
 なんとか怪我人への追撃はアイザックとボイドが防いでいるようだったが、まるで波の前の砂山だ。
「ウィリアムズ! もう一射だ! アイザックとボイドのためにもう一射、10秒でいい、稼げ!」
「10秒って……ええい、ちきしょーっ!!」
 それっぽっちじゃあ稼いだって死がちょっと延びるだけだ。そういう言葉を飲み込んで、ウィリアムズが援護射撃を出す。
 そして、それの着弾する頃に、南の空から突然トップスピードの飛龍が一匹、カンツォーネの町の上を翔け抜けていった。
「……なんだぁ!?」
「飛龍……飛龍便か!?」
 飛龍では、役に立たない。奴らは戦いに投入されたことはなく、運搬も騎手の伝令兵含めて3人くらいが限度だ。
 なんのために飛んできたのかは知らないが、奴らでは戦況は覆らない。
 と、思った。
「…………!!」
 次の瞬間、信じられないことが起こった。
 アイザックたちに迫った剣聖が、全部吹っ飛んだ。
 綺麗に同じ方向に。
 ……アイザックたちも呆気に取られている。
「間に合ったな」
 ディアーネさんが微笑んだ。
 ……気づくと、アイザックたちの前に見覚えのある40手前の男が立っているのが見えた。
「ベッカー……特務百人長!?」
「そうだ。緊急時には奴に限る」
「その言い方は傷つくんスけど?」
 ……数百メートルを十数秒で一気に駆けて、いきなり俺たちの陣地まで駆け登ってきて話に入ってくる特務百人長。
 バケモノか。
「さて、こっちの戦いも始めようか。ああベッカー、今回は殺しは駄目だぞ」
「……うわー、そういうハンデ? 蹴りだけで済ませてよかった」
 目を向ければ、剣をスラリと引き抜いてゆっくりと向かってくるボナパルト卿。
 もうクロスボウを悠長に用意してられる距離じゃない。
「下がれ、アンディ」
「ここから先は私たちの仕事ですわ」
 アンゼロスとオーロラに促され、俺たちは撤収を開始する。
 ……戦士たちの宴が、始まろうとしていた。

(続く)


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