前へ
「剣聖旅団、前進開始。民衆がかなりついてきています」
「だろうな」
アップルの占術による報告。
現在、おっさんたちは王都まで宿場四つ分の距離にいた。
さすがに中にはフラついている剣聖もいる。
……引退して何年になるのか知らないが、見た目80歳くらいいってそうな爺さんだ。確かに鎧を纏っての一週間にも及ぶ徒歩行軍、昔取った杵柄では難しいだろう。
「あの爺さん剣聖を狙う」
「え」
「よ、容赦ないですね」
「強い奴から狙ってられるほど余裕はないんだ」
俺は矢をつがえた。極限まで鋭敏化された知覚の中で、その爺さん剣聖の足を狙う。
そして、撃つ。
……直撃して、爺さんはもんどりうって倒れた。
周囲の民衆が悲鳴を上げる。老剣聖たちがざわつき、周囲を見回す。
……ただでさえ見つかりづらい林の中、それも空間固定の幻影をかけてるんだから見つかるはずもない。
「ビンゴ」
「つ、次も行きます?」
「いや、とっととトンズラだ」
ボナパルトのおっさんが矢の軌道からこっちに当たりをつけたっぽい。その辺の遮蔽物にみんなを隠し始めた。
……連射がないと分かれば、こっちに突進してくるだろう。
「とりあえず、マイナス1ですね」
「周りの民衆さえいなければマイナスが2にも3にもなるんだけどな」
無支援なら、看護にも戦闘要員を割くことになる。だがおっさんたちが演説をしながら練り歩いたおかげで、あの爺さん剣聖一人分なら民衆が看護に回りそうだ。
夜までに、三人減らした。
宿場に入る頃には俺らも出来る限り遠くまで撤退する。
「うまくいってますね」
「……どうだかな」
数だけ見れば1割近く。相手は剣聖旅団だ。戦争なら勲章が貰えてもおかしくない。
だが、相手は全滅上等剣聖旅団だ。
きっと半分まで減ったとしても、王都では十倍の敵を相手に壮烈な戦いをすることだろう。
ディアーネさんの語った兵士の運用法は彼らには通用しない。勝って生きて帰るつもりの兵士と、そうでない「玉砕前提」の彼らは根本的に話が違う。
「あまり離れすぎてもしょうがない。ここで夜明かしするか」
「はいっ。……久し振りの野宿ね、セレン」
「私はアンディさん探しながら結構してたけどねー」
小さな谷で二人と寒い夜を過ごす。
……と、準備を始めたところで、遠くにたいまつが見えた。
「!!」
山狩り。俺たちの狙撃方向からヤマを張って、探しにきたか。
まさかたった三人の員数外による攻撃とは思っていないだろうが、相手が民衆でも剣聖でも今戦うわけにはいかない。大集団相手にクロスボウ一本では勝ち目がなさすぎる。
「セレン、アップル、見つかる! もっと逃げるぞ!」
「え……」
「セレン、飛び降りて!」
薪代わりの木の皮探しに斜面を登っていたセレンの背後に、素早い影が数人分。
老剣聖だった。さっきの爺さん剣聖みたいな衰えた者ばかりじゃないということだ。
「きゃ……ひゃあっ!?」
老剣聖の手を逃れ、崖を転げて降りるセレン。
しかし剣聖たちは数人いる。こっちの火力はクロスボウ一本。
どうする。
セレンはともかくアップルは身を守ることもできない。
剣聖たちは俺たちを認め、ザザッと斜面を滑り降りてくる。
撃つか。
一射したら巻上げに20秒はかかる。一発だけでどうする。
……くそ、こんなに早くチェックメイトか。
いや、まだだ。
「かかったな!!」
俺はクロスボウを取り上げ、手近な剣聖に向けて、思い切り愉快そうに叫んだ。
ギクリ、と剣聖たちが動きを止める。
セレンとアップルはギョッとした顔をする。
うん。そりゃギョッとするだろう。
ただのハッタリだ。剣聖たちはなんにもかかっちゃいない。
「まんまと少数でおびき出されてきやがって! 剣を捨てて手を地面につけろ! お前らはもう囲まれてるぞ!」
「…………」
剣聖たちは動きを止めたまま。
アップルとセレンはゆっくりと俺のところに寄ってきて、周りを見る。
当然何も見つけられていないに違いない。
……だが、内心冷や汗をかきまくりながらも俺はハッタリを続けるしかない。
「どうした!」
「……ククク、何を言い出すかと思えば」
老剣聖の一人は剣をあえてしっかりと構え、俺にまっすぐ向けた。
「我らが、今さら命を惜しんで許しを請うと思うのか」
「…………」
そうだった。そもそもハッタリの通じる相手じゃなかった。
「そもそも誰が囲んでいるというのだ? どういう命令で我らを狙ったかは知らんが、麻痺毒を使ってみたり、こんなか弱い女たちを帯同したり、全くセレスタの兵術は理解に苦しむ」
「…………」
畜生。
降伏はしてくれないまでも、焦って逃げてくれないかと思ったんだが。
やっぱり、駄目か……。
「剣を捨てて地面に手をつけろと言っただろう」
…………あれ。
え?
今の、俺の台詞じゃないぞ?
「貴様らは囲まれている。まんまと少数で出てきたものだな、それだから貴様らは狩り易い」
声は、谷に響き渡って音源がよくわからない。
だが、その声は美しく、愉悦を押し隠した豹のように獰猛さを孕んでいて、一度は気を取り直した剣聖たちを再び動揺させるに充分だった。
「だ、誰だ……姿を見せろ」
「最後通告だ。剣を捨てて、地面に手をつけろ」
声は残酷に、少しの苛立ちを含んで剣聖の要求を撥ね付けた。
剣聖たちはしばらくジリジリとしたあと、目配せをしあい……そして、意を決して俺に突進。
そこに、一瞬で数十本の矢が飛来。
「ぐっ!!」
「うがぁっ!?」
剣聖たちの足を地に縫いとめると同時、三つの人影が空を飛ぶようにして剣聖たちの前に立ちはだかる。
「動くな」
「剣を捨てなさい」
「……あなたたちの負けです」
アンゼロス、オーロラ、ミカガミ正兵。
そして、周りの小山や林の中から、クロスボウを携えた兵士が……クロスボウ隊が、姿を現す。
「みんな……」
「何をやっている、アンディ」
近くの木の上から飛び降りて、ディアーネさんが俺を睨む。
クロスボウ隊の中に混じって、ヒルダさんとライラ、ジャンヌやマイアの姿も見える。
「……俺は」
なんと説明したものか。
……迷惑をかけたくない?
俺は外されてるから関係ない?
俺のやってることは俺一人のわがままだから?
……どれもカッコ悪すぎて口に出せたものじゃない。
そうして答えに詰まった俺に対して、アイザックがニヤニヤ笑いながら助け舟を出した。
「ハッ。……全部聞いたぜ、ヒルダ先生によ」
ウィリアムズがその横で頷く。
「全員生け捕りすんだって? お前、相手は腐っても剣聖旅団だぞ、よくそんなの思いつくな」
みんながそれを皮切りに、ワイワイと寄ってくる。
「彼女の前だからって調子ぶっこきやがって」
「雌奴隷の前だからっていいカッコしようとしやがって」
「スマイソン十人長の癖に調子乗りすぎだよ」
ゴスゴスゴス、と次々に頭を小突かれる。
……が。
それが済むと、ディアーネさんはニヤッと微笑んで、言った。
「だが、何故相談しない。……全員生け捕り、いい案じゃないか。あのいけ好かない王に一泡吹かせられる」
「そうだぜ!」
「テメェ一人でやるとか言い出さなきゃ完璧だったんだけどな!」
クロスボウ隊のみんなが気勢を上げる。
「でも、危険度は跳ね上がるぞ。殺せないんだぞ、俺の案だと」
「ハッ、見損なうなよ」
バンバン、と背中をアイザックが叩いた。
「こちとら危ない橋は最初から覚悟の上だ。なんてったって百人長の部隊だぜ」
「むしろ一番に逃げるのはスマイソンだと思ってたけどな」
みんな気楽にゲラゲラと笑う。
そして最後に、ボイド準兵が頭を掻きながら、言った。
「……僕も、スマイソン十人長に賛成っス。……子供のこと、信じて欲しいっスよ、親には。そして……子供を信じられる親になりたいっス」
……ああ、そうか。こいつも親に信じてもらえなかった口だっけ。
「なんだボイド、『親になりたい』ィ?」
「シルビアさんとどこまで! どこまで!」
「お前だけは清い交際を続けてくれると信じていたのに!」
一斉に他の兵士に蹴っ飛ばされるボイド。
そんな彼らに迎えられて、俺は、再びクロスボウ隊に復帰した。
次へ
目次へ