俺は、この戦いの勝ちも負けも認めない。
そんな死に方で勝手に満足する親たちを認めない。
「奴らは、自分たちで時代が作れたと思ってる。そして自分の時代の終わりにひとつ躓いたために、自分たちが築いてきたものを信じられなくなってる」
「……そうね。私が親でも、そう思うかもね」
ヒルダさんは殴られて切った俺の傷を目ざとく見つけ、医療光術をかけながら呟く。
「親というのは子供に手間隙かけた分だけ、自分の子供の緩み、間違いに敏感になるわ。自分の育て方、子供に見せる自分の行いが間違っていたんじゃないかって」
それに対してセレンも頷く。
「……今のトロット王国の民衆層は、政策として他種族に少しだけ優しくなった反面、それを無様な妥協だと思っているんでしょうね。……国が負けたから、押し付けられることを拒めない、その象徴として外国人や他種族を見ているんでしょう」
……俺が殴られたのを、そう取るのか。
こんなのどこにでもある、粋がったチンピラの馬鹿騒ぎだと思うけど。
いや、でも、飲み屋街を丸ごと巻き込んでずっとやってるわけだから……さすがに国のこと考えたらできないか。外交問題になりかねないし。
そして、この国の親たる王や貴族たちは、それに象徴されるような民衆の閉塞感、他者を拒絶して、互いに仲間の間に逃げ込んで安息を得ようとするトロット人の負け犬根性に危機感を抱いていたのだろう。
「負けたから、我慢してる。勝てなかったから望まない。そういう単純思考に陥っちゃうのなら、確かにこの国は負けに慣れてないのよね。……それでも未来と、そこへ行く力があるということを明快に示せるのなら、派手なクーデター劇もアリかもって思うわ」
「俺はそんなもの認めない」
ヒルダさんの手が、俺の唇を離れる。
それを確認して俺は立ち上がる。
「そんな猿芝居で手に入るものより、親に生きててもらうことの方が大切なはずだ」
「そうですかね」
微妙なニュアンスの相槌を打つセレンを見る。
セレンは、自分の身の上を話すときによく見せる、少し困ったような、諦めたような表情を見せた。
「……そんな幸せな親子ばかりじゃないかもですよ?」
「セレン……」
……ああ。
そうか。
セレンたちにとって、親っていうのはそういうものか。
子を疎み、子の存在を後悔する親も、いる。
でも。
「セレン、お前は自分が子供にそう思われる親でいいのか」
「……え」
「俺とお前の子供が生まれても、そんな風に『幸せじゃない』親子になっていいのか」
……意地悪な言い方をした。
セレンに「それ以外」が想像できるはずがない。自分の子供時代を繰り返したくないとは思っているだろうが、かといって本当に幸せなビジョンなんて、ハーフエルフの身の上からは他人の子供から断片的に想像するしかない。
けど。
「俺は嫌だ。俺は自分の子供に、親や祖先を愛せる奴になって欲しい。胸を張って、アンディ・スマイソンの子で、ピーター・スマイソンの孫で、……セレンの子だって言える子供になって欲しい。そして、そいつに俺が味わったような思いをして欲しくない」
親孝行しようにもできなかった。
自分が幸せになったと自慢できなかった。
あんたの子でよかったと、生まれてきてよかったと、伝えられなかった。
「自分から勝手に死んで、それで満足するような、そんな駄目親になりたくない。ちゃんと子供に看取られるまでピンピンしてる親じゃないと駄目だ」
「……そう、ですね」
セレンは、自分のお腹の前でギュッと手を握った後、俺をしっかり見据えて言った。
「じゃあ、私にも……そんなお母さんにならせてくれますよね」
「当たり前だろ」
「絶対ですよ?」
……ああ、そうか。
そのためには、俺は絶対に死ねない。
「絶対だ」
……相手は剣聖旅団、選りすぐりの超人剣士の集団だ。
絶対なんて、ありえない。
でも、俺は約束する。絶対にするために。
夜半近くに頼んだにも関わらず、夜明け前にはセレンとヒルダさんは痺れ毒を完成させた。
……と言っても手持ちの麻酔を調合して濃縮しただけらしいけど。
「致死性は確かに低いけど、元々クロスボウの矢は殺傷力が高いから注意ね。……それと、この残雪の中で倒れたら、仲間に応急処置してもらわないと低体温でどっちみち死ぬわよ」
「わかりました」
調合された薬の壷を受け取り、俺は自分の得物の確認をする。
七年間扱い続けたクロスボウだ。触れば調子だって分かる。
……隊装備品の無断持ち出しだから、最悪懲罰房入りと罰金だけど、まあ終わった後ならいくらでも引き受けよう。
「それじゃあ……セレン、アップル、頼む」
「はい」
「……またアンゼロスさんたち置いていくんですか?」
「あいつらはあいつらでやることがある。俺はこれから『飲み直しに』行くんだ」
……という名目で外に出て、北に向かうわけだけど。
今の俺は員数外、作戦に絡む人間じゃない。
その前提で、別行動だ。
俺が道連れに頼んだのはセレンとアップルだけ。
セレンの幻影魔法は守備になる。アップルは……占術魔法が使える。
占術とは言っても将来を予測し得るわけではない。運命とか神の意志とか、そういったものをハーフエルフは信じない。
その正体は、「気」の流れを利用した広域知覚とそれを五感へ再変換する魔法だ。
ディアーネさんも使える。というか、幻影と占術系の知覚増幅、この二つの魔法がクロスボウ隊の長距離戦の要だ。
魔法というものは何でもできるが、一度に扱える力が小さい。
炎を出す、吹雪を出す。大地を引き裂く、嵐を起こす。
本物のエルフ(か、それに準ずる魔法使い)を知らないと、こういった行為による攻撃行動を想像しがちだが、基本としてそんなことはできないし、できたとしても無駄遣いだ。
が、実際に物理を操ってそんな現象を起こすことに比べて、人間の知覚への直接介入は動かす力がかなり小さく済む。戦争において使われる魔法はここに着目し、幻影が主流となった。
戦略的誤情報、幻影隠蔽、虚像軍団、行軍迷走。嘘が戦争で有効に機能する場面はたくさんある。
だがエルフやダークエルフは習俗上、戦士階級以外はあまり兵士に加わろうとせず、他の種族は魔法が使える者の絶対数が限られる。それ故に幻影使いはそれ単体で一種の特殊部隊化し、長らく正面対決までの撹乱に徹してきた。
それを破って自ら前線に帯同、クロスボウという新兵器と共に運用し、局地的に大戦果を上げられる道を開いたのがディアーネさんだ。
常識破りの超長射程は、先に人間の知覚によって限界を決められる。多くの人間の知覚では1キロ先の的を認識できない。
まずそれを知覚増幅魔法で破り、そして矢と自分の現在地を幻影で誤魔化せば?
理想的な狙撃部隊の誕生だ。
どこから撃たれたのか、どこへ隠れればいいのか。それさえわからずにやられる敵は恐怖を互いに増幅させ、瓦解する。
……流石に俺一人ではどう頑張っても北方エルフの狙撃手と変わらないけど。それでも、まずはやる。
勝利も敗北もさせはしない。
押し通るというなら、まずねじ伏せる。
おっさんたちが王国を革命するというなら、俺は俺の戦術でおっさんたち自身を革命しよう。
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