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「至剣聖様なら今ごろパストラルあたりじゃないかねえ」
「パストラル?」
「ライカから数えて三番目の宿場さ。なんでも無用な戦いはしないとかで、途中にいたりする哀れな弱兵に逃げる時間を与えるために、わざとゆっくり来てるって話さ」
「……ありがとう」
「お前さん、兵隊さんか何かかい? 剣聖旅団をどうこうするなんて馬鹿なことは考えないほうがいいよ。他の大剣聖様は寄る年波で腕が落ちてる人も多いっていうけど、至剣聖様は未だに全盛期そのままだっていうからね。やるならセレスタからオーバーナイトでも連れて来ないと帳尻が合わないんじゃないかい」
「……うん。知ってる」


「ほ、三番目の宿場か。……え、ああ。そうじゃな。……うむ、わざわざライカを望んでから引き返してくるのでは遅い。ここの宿場の数はいくつで、うち、ここはいくつめなのじゃ?」
「……ライラ、なんか変だぞお前」
 妙に変な間を持ったかと思うと、すごく常識的というか堅実なことを言う。
「数はわかるのか、わからぬのか」
「あ、ああ。全部で13、ここは南から5番目だから……パストラルっていうのはあと5つ先かな」
「よしきた」
 ライラがばっさばっさと羽ばたきを開始する。
 ……うーむ。なんかおかしいな。
 誰かにリアルタイムで入れ知恵されてるような。
 ……ま、まさかね。


 そのままライラは5つの宿場を一時間足らずで飛び越え、問題のパストラルの近郊に到着する。
 ……そこには確かに鎧を纏った壮年から老人の集団がゆっくりと進軍する様と、沿道で熱狂する市民たちの姿があった。
「……おっさん」
 その先頭で胸を張って進んでいるのはやはりボナパルトのおっさん。
 例の愛剣たるグレートソードを背に担ぎ、歓声を上げる市民たちに対して手を振り、微笑み、まさに英雄の慰問といった感じだ。
 そして、いくらか進んだところで背後を歩く老いた剣士たちを止めて座らせ、道端でおもむろに演説を始める。
「よいか、我が愛しきトロットの民よ。ユリシス三世は無能な男だ」
「そうだ!」
「王は駄目だ!」
「……うむ。かつての剣聖旅団を采配の誤りで壊滅に追いやり、百人もの剣聖が死んだ。私も一度は目を失い、体が半分動かず、寝たきりとなってしまった。このアーサー・ボナパルトがだ。しかしそれでもユリシス王は玉座にしがみつき、セレスタの役人に恥も外聞もなく取り入り、己の虚勢を維持することに汲々とした結果、王権のほとんどを取り上げられながら未だに『王』として君臨し続けている」
 ゆっくりと自分の異様な色の目を晒し、頷いてから話を続ける。
「だが知っているか、我がトロットの民よ。あの男はあろうことか、王という名それ自体に満足してセレスタの役人に糸引かれるままの傀儡であることを良しとし、今は王たる勤めなど判を押すことと祭りで手を振ること以外何もせぬままに、それでも王を名乗っている。トロット王国はそんな王の下にあっていいのか」
「よくない!」
「王を倒せ! 革命だ!」
 合いの手は決まった村人から飛び出す。サクラか、それともずっとついてきている熱心な従者気取りか。
 だがそれに満足そうに頷くと、おっさんは拳を振り上げた。
「誇りを! そなたらは剣聖の国の民、最強無敵の剣聖旅団を育んだトロットの民草だ! 私は証明する! トロットの魂が未だ変わらぬことを! 最強無敵の誇りを! 無能なるユリシス王を断罪し、再びこの北西平原に最強の証を立てようぞ!」
「万歳! 至剣聖万歳!」
「新王万歳!」
 おっさんが拳を振り上げると民衆は沸く。
 老いた剣聖たちも改めて活力に満ちた顔で立ち上がる。
 そのボナパルト卿に、従者たちが四人がかりで一振りの巨大剣を手渡した。
 片腕でそれを持ち上げ、布を払うボナパルト卿。
 中から現れたのは……オーガ族が使うような大振りの刃と、虹色の光で刻まれた複雑極まりない紋様。
 ……あれは。
「チッ……あの男、なんという……」
「そんな……!!」
 ライラの舌打ち、セレンの驚愕。
 俺たちの見ている前でその巨大剣……ドラゴンスレイヤーを振り上げたおっさんは、俺を見て──そう、確かに俺を見て──寂しそうに笑うと、目の前に広がる名残雪の原っぱに、一振り。
 瞬間、原っぱが大爆発した。
 ドゴオオオオオオオンッ!!
「うおおおおおおお!!」
「これが至剣聖の! 剣聖旅団の力だ!」
「こんなの無事でいられる奴なんかいねえ!」
 無責任に沸く民衆。
 蒸発して霧になった雪が風で吹き払われると、ルーカス将軍の一撃とは比べ物にならない……およそ数百メートルもの長さに渡ってえぐり飛ばされた無残な大地。
「……私は必ずや、革命を成功させる! 必ずだ!」
「うおおおおおおお!!」
 そして、沸く民衆たちに取り巻かれながら、ゆっくりとした進軍を再開する。


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