俺は、親というものの記憶は案外少ない。
 人生の四割弱。いや、物心つく前のことを数えてもしょうがないから実質もっと少ないか。
 割と面白くない状況続きの人生の中では、ポルカ時代は手放しで幸せだったこともあり、俺にとってはとても大切な記憶ではある。
 だけど、いかんせん短くて限られた記憶だ。
 俺と親父はガキと若い父の関係でしかなく、その後の生意気盛りの俺と衰え始めた父、大人の俺と老いた父という関係にはついになり得なかった。
 俺が格別不幸なわけじゃない。さして裕福でもない商人や大工、鍛冶屋の子供は、10歳やそこらで丁稚に出て一人前になるまで親元にはロクに帰れない、なんていうのは別に珍しくも何ともない。
 でもまあ、とにかく俺は親の死に目に遭えず、10歳のあの旅立ちの日までで親というものとの記憶は完全に途切れている。
 だからか、あのボナパルトのおっさんの中に父親的なものを見ていた部分がある。
 ああ、親父はギャンブル好きで騙されやすく、大雑把で損ばかり、周りに苦笑いと手助けされてばかりでおふくろにケツ叩かれてばかりの駄目な奴だった。実際は似ても似つかない。
 でも、俺は彼との会話の中に、俺が親父と実現できなかった「その後」の親子の会話を見ていた気がする。
 だから、俺は彼が乱心したと信じたくなかった。
 きっと何かがある。
 裏切りのような王に対する義憤ではなく、よくわからないけど何か裏があるはずだと思う。
 もちろん、力の上でも身分の上でも、俺に何ができるはずもない。それはよくわかっている。
 だが少なくともライラやマイアが味方にいて、その気になれば俺はトロットのどこでもひとっ飛びに行けるということだけはおっさんも知っていたはずで、もしも俺を特別扱いする理由があるとしたら、それしか考えられなかった。
 会って話すことができたなら、今回のことがどういうことなのか教えてもらえるかもしれない。
 それならきっと、それ以上にできることもあるんじゃないだろうか。変なことをやめさせるとか、とりなすとか。
「……そういう可能性に賭けてみたいと思ってる」
「なるほどのう」
 青蛇山脈からの夜明けを右手に見ながら、俺たちは王都の上を翔け抜けて行く。
「さ、寒いです……」
「我慢して、アップル。日も差してきたから少しは楽になるよ」
「ここから先は雪がある。気温自体はまだ下がる」
「あんまりいじめるでないだよ」
 例の手持ち馬車でなく、ライラの背中に乗っての飛行なので、いくら着るだけ着てきたとはいえ寒さは堪える。
「でも、ここまで来たらそんなに遠くはない」
「そうじゃな」
 王都から聖地への間には断続的に街がある。
 いわゆる宿場町という奴だ。
 そもそも宗教的拠点である聖地へは巡礼する人の数が絶えることはなく、その途上には彼らの落とす路銀によって潤う、小さくない規模の宿場町が多い。
 そのうちのどれかにおっさん率いる反乱剣聖旅団もいるはず。
 というか、大々的に宣言して進軍開始するくらいだ、コソコソとは進みはしないだろう。
 その進撃は上空からなら容易に確認できるはず。
「なんなら適当な場所に降りて街の者に聞けば、今どのあたりにいるのかなど簡単に教えてもらえる……じゃろうな」
「ライラにしては冷静というか堅実な意見だな」
「ほ、ほほほ。我も伊達でそなたと時を過ごしているわけではない。人の世の理もいい加減少しは理解できるというものよ」
「?」
 なんか妙に白々しい態度をとるライラにちょっと疑問を感じつつ、その意見自体には落ち度はないので実行に移す。
 剣聖旅団自体はまだ到着していなくとも、噂の伝達速度は彼らの進軍の足を上回り得る。なんといっても巡礼の道、人は動き続けているのだ。


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