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 そして、隊が再始動して一ヶ月が過ぎた。


 ディアーネさんとアンゼロスは、相変わらずだった。
 たまーにディアーネさんはちょっとエッチな誘惑をしつつ堅実に百人長をして、アンゼロスはやっぱり風紀委員長……いや、ちょっとは甘くなったかな。
 セレンも以前の通りに医務係兼雑用係。アップルは……意外にも占いとかができるらしく、街に行って稼いでいる。
 ヒルダさんはセレンと一緒に医務係……をしつつ、何やらこの辺の薬草を使って新薬開発の日々。なんで帰らないんですかと聞くといつも押し倒されて誤魔化される。
 オーロラは客分ながらアンゼロス小隊に組み込まれて活動中。といっても出動もないから訓練ばかりだけど。
 ミカガミ正兵はアンゼロスやオーロラの期待以上に逸材らしく、たまに三つ巴ですごい剣戟をやらかしているのが見られる。

 ジャンヌはライラの世話。ライラとマイアは……今のところ、新しく建設された女子隊舎で日がなのんびりと過ごしている。
 マイアはほとんど子猫みたいに、訪れるたびにゴロゴロ甘えてくるからともかく、ライラが妙に大人しいのは少し気になった。
 ここに来てからというもの、旅の途中ではあれだけ激しかった性的アプローチも控えめだ。
 かといって何を要求するでもなく、ただ毎日窓辺に腰掛けて北の空を眺めている。
 ドラゴンだという正体を隠している分、やり辛いのだろうか。
 そりゃライラは俺を主とする飼いドラゴン、俺の不都合にならないよう大人しくしてくれているのは助かるし、それが一番なんだけど……こうも大人しいと調子が狂う。
 ということをライラに言ったら。
「ほ。いずれはな。……気分にならぬだけじゃ、このままでは、な」
 と、よくわからないことを言ったきり黙ってしまった。

 俺も俺で少し落ち着かない。
 隊は相変わらずだ。特に忙しいわけでも暇なわけでもなく、訓練をして武器の手入れをして、たまに飲んで騒いで。
 だが、心に引っかかっている。
 ……ボナパルトのおっさんの残した言葉。
「反乱を起こしに行くのだよ……か」
 あれが本当ならトロットは大揺れだ。
 昔なら王制は磐石だったが、今のトロットは弱っている。王は牙を抜かれて道化となり、ほとんど権限を持たず、城下の商家でチェスをして遊んでいる始末だ。
 剣聖旅団も今はなく、空気が優しくはなったが誇りと熱気を失ったトロットは、かつての最強の男の反旗をどう受け止めるだろう。
 いや。
 そもそも誰に対して反旗を翻すんだ、あの人は。
 王制?
 王個人?
 それともセレスタ?
 ……わからない。温泉ではディアーネさんを「憎くは思わない。兵の戦いとは必要があってするものだ。そして戦争は終わったのだ」と言って許したあのアーサー・ボナパルトだ。
 自らまた戦いを生み出すようなことをするものだろうか。
 あの、力と仁義の塊のような、雄大で公平な北の自然のようなおっさんが。
 何を思って、誰に反逆するというのか。
 あの温泉で、あの聖獣との戦いで、あのルースとの会話で見せたアーサー・ボナパルトの横顔は、俺の知るトロットの英雄そのものと納得できるものだった。
 その人生を剣と王国のために捧げた傑物。
 限りなく剛毅で実直な、王国の剣。
 至剣聖アーサー・ボナパルトは、そういう生き様の男だと理解させてくれるものだった。
 だから解せない。
 ……本当に反乱なんて起こすのか。
 起こして、その先に何をする気なのか。
「……チッ」
 ああ、なんてことを言い残してくれたんだ、あの男は。
 俺に政治なんてわかるわけないじゃないか。字が読めて掛け算割り算ができるのが精一杯の無学な俺が、最低限自分を守ることもおぼつかない無力な俺が、アンタの反乱を仮に知ったとしてどうすればいいんだ。
 やはり聞かなかったことにしようか。忘れてしまおうか。
 ……忘れられるならとっくに忘れてる。
 畜生。
 ……俺はいつものように月に毒づき、そのまま窓を閉めて不貞寝した。


 数日後。
 飛龍便が北の空から現れて陣地に着陸し、伝令兵がディアーネさんと数分ほど話をして、慌てて飛び去っていった。
 応接間から出てきたディアーネさんはしばらく渋い顔をしていたが、俺とアンゼロス、オーロラを呼んで、重々しく口を開いた。
「……聖地ライカを知っているか」
「そりゃまあ、俺たちは」
「うん」
 アンゼロスと頷きあう。
 トロット王都北方にある、トロット王国教会の本拠地にして、聖獣数匹に守られた聖山とその周辺の森・街の総称だ。
 トロット王国の国民なら大都会フォルクローレや古都シュランツは行かずとも、聖地にだけは生涯一度は行っておきたいと言われるくらいだ。誰でも知っている。
「わたくしも名前だけは」
 オーロラも頷く。
 ディアーネさんはしばらく不味いものでも噛んだような顔をしていた。
 嫌な予感がした。
 当たらないで欲しいと願いながら、それでも確信に近いものを感じながら。
 ディアーネさんの瞳を、恐る恐る見つめる。
「……昨日の事なんだがな。その聖地ライカで、ボナパルト卿が……剣聖旅団結成を宣言したらしい」
「は?」
「古参の大剣聖たちとボナパルト卿で40人あまり。たった40人の剣聖旅団。……だが問題はその目的でな」
「……反乱、ですか」
「!」
 ディアーネさんは目を見開いた。
「何故それを」
「いえ……なんとなく」
 ディアーネさんは強張った顔で俺をしばらく見てから、話を続けた。
「そうだ。目的は……ユリシス三世の殺害による革命。あの男、何を考えているんだ……」
「ユリシス王を、殺して……?」
 アンゼロスが信じられないといった風情で聞き返す。
 ユリシス王。
 あの好々爺然とした中に、食えない感じのしたたかさと知性、そして国を守ろうとする意志を感じさせる男。
 彼と、ボナパルト卿が、殺し合う。
 ……ありえない。
「どういうことですの?」
「わからん。事実関係は確認中だが、少なくともボナパルト卿が進撃を開始したのは事実で……途上の村や街は彼を歓迎しているらしい。やはりユリシス王こそが負けた原因と捉えられているのだろうな」
「じゃあ……」
「遅くとも一週間後には王都に入るな。トロット軍団ではほぼ迎撃できないから早急に応援を北方軍団本部とクイーカの総司令部に要請するとのことだが」
「……大剣聖40人と、剣聖旅団の看板か」
 アンゼロスも苦い顔をする。
 たった一人でも百人隊と勝負できるのが大剣聖やマスターナイトだ。
 それが40人もいたら、生半可な戦力では勝負にならない。
 戦う前から相手の接近を無駄と思わせる、強者たちの集中運用。規模こそ小さいがまさに剣聖旅団だ。
 7年前の戦争でも猛威を振るった、最強部隊の無敵の進撃。
「でも、今から即座に北方軍団を王都に寄せてもギリギリですよ。それに北方軍団は……」
「ああ。我々が言うのもなんだが、現在は弱兵だ」
 7年前のトロット戦争で、当時の剣聖旅団の進撃に蹴散らされ、主力のほとんどは壊滅している。他の軍団の精鋭兵やマスターナイトたちに正面を支えさせ、側面からの虎の子のクロスボウ隊による必殺の一撃でようやく勝負をひっくり返したのだ。
 それ以降に編成された歩兵隊や騎兵隊もあるものの、新創設させたトロット軍団の編成と維持に人員を回した部分もあり、北方軍団は主力足らずのイロモノ的な部隊が多い歪な軍団であることは否めない。
 今回の王都防衛に間に合っても役立つかどうか、という感じだ。
 その分アテにしていたトロット軍団も、下手に近づければ丸ごと寝返る危険が高い。なんといっても剣聖旅団、トロット人にとっては精神的な支柱なのだ。特に強い部隊であればあるほど元剣聖の含有率は必然的に高い。
「……クロスボウ隊だけでも一気に北上するべきでしょうか」
 アンゼロスが言うが、ディアーネさんは渋い顔をしたまま。
「今のあの男にクロスボウ隊が単独でコトを構えて、通じると思うか」
「…………」
 聖獣の瞳を手に入れたボナパルト卿は、もう幻影には惑わされない。
 前衛なしに立ち向かうなんて、まるでエサだ。
「ユリシス三世を飛龍便か何かで脱出させるしかありませんわね」
「軍司令部はその方向で動くだろうな。……問題は、一度あの王が王都から逃げたと知って、トロット人が再び戻ってきても彼を王と戴くことがあるかというところだが」
「背に腹は代えられません」
「うむ」
 ……おっさん。
 あんた、何を考えているんだ。


 夜。
 俺は、意を決して旅装を整え、森伝いに女子隊舎に向かった。
 と、その途中で目当ての女に出会う。
「……ライラ」
「ほ。行くかえ?」
「……お前、わかってたのか。何もかも」
「我をなんじゃと思うておる?」
 月明かりが葉の間に漏れる森の中。
 ライラの表情からは、自分は万能ではないと言いたいのか、侮るなと言いたいのかは読み取れない。
「……我らの耳は、その気になれば蝶の羽ばたきを聞き、魔法はそれをさえ強化する。……あのポルカの晩、そなたが奴と何を話したのかも、悪いが聞こえておった」
「…………」
「そなた、一人でどうする? 一人で奴とまみえても、おそらく何もできぬであろう」
「わかってる」
 でも。
「でも、俺は本当のことが……おっさんが何を思って俺にああ言ったのか、知りたくなった。行かなきゃきっと、永遠にわからない」
「…………」
「ライラ、頼む。乗せていってくれ。おっさんのところに」
 ライラは不敵に微笑んだ。
「よかろう。そなたの正義、そこに在ると信じよう」
 ……脳が、揺すられる感覚。
 次の瞬間、森の木々の間にブラックドラゴンが姿を現した。
「……しかし、他の女どもには知らさずに行く気かえ?」
 すかさず俺の肩に舞い降りたちびライラが囁く。
「さすがに全員連れては行けないだろ。……俺は戦いに行くんじゃないし」
「マイアやセレンは悔しがりそうじゃがの」
「……かもな」
 そう言うと、背後からがしっと外套を掴む気配を感じる。
 振り向くと、セレンとマイア、アップルとジャンヌがやはり旅装で立っていた。
「わかっているならおいていかないで下さい」
 外套を掴んでいるのはアップルだった。
「……お前ら」
「他の人は立場もあるでしょうけど」
「アタシらはどこでもついていくだよ」
「……アンディ様、おいていかないで」
 ……うぅ。
 ここで戻れとも……言えた義理、ないよな。
「危ないかもしれないぞ、覚悟しろよ」
「はい」
「んだ」
「元々綱渡りは慣れっこですよー」
「危ないならなおさら、一緒」

 そして、夜空に俺たちは飛び立った。

(続く)


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