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馬車に乗り込み、ライラに持ち上げられて離陸する。
「さ、さむいですー……」
「な……なぁアンディ、その……くっついて、いいか?」
「あ、アンゼちゃんずるいーっ!」
「じゃあ私、アンディ様の膝あっためる」
「そこはアタシの指定席だって言ってるだよ! 今日は譲るだよ!」
わいわいと騒がしい車内から、木窓を開けて車外へ目を落とす。
「ほ。……やはり名残惜しいかえ?」
「そりゃな」
肩に乗ったちびライラの揶揄するような指摘を俺は敢えて肯定する。
昔懐かしい故郷。今も変わらない故郷。
だが家は人手に渡り、母は既にこの地を去り、アップルとセレンはもうこの馬車の中。こうして飛び立ってしまえば、もうここは俺との繋がりはなくなってしまう。
特別な繋がりのない、それこそクラベスやタルクと変わらない、たくさんの思い出の町のうちの一つになってしまう。
それがなんだか妙に寂しかった。
「故郷……なんだけどな。故郷に親も家もないってことがこんなに寂しいなんて、思わなかった」
「そうじゃな。……そういうものよな」
……ああ。
そういえばライラも、もう親兄弟も仲間もみんな西方大陸だっけ。
「俺、これからどうなるんだろうな」
「ほほ。そうじゃな……まあひとつだけ言えることは」
「ん」
「我はくたばりも消えもせぬ。何十年、否、百年後かもしれんが、そなたが我の胎にチンポを突き刺したまま息を引き取るその日まで、ずっとずっと共にいる。絶対じゃ」
「待て。俺は腹上死確定なのか」
「ほほほ」
……ああ。
うん。
でも、こんな時。自分の孤独と、無力と、未来への不安を実感するこんな時に。
それでもそう言ってくれるライラが。
「……畜生。本当にやるからな。死ぬまで犯し続けるからな」
「な、何を涙声になっておる」
……本当に嬉しくて、愛しかった。
青蛇山脈に沿って風に乗り、ずっと南を目指して飛ぶ。
そして夜になって、ようやくヴィオール峠の切り通しが見えてきた。
「あーあー、あそこヴィオール峠」
「本当だ!」
俺の言葉にアンゼロスも窓から顔を出し、嬉しそうな声を上げる。
「ほ?」
「あそこがバッソンから一番近い国境の道なんだ。馬車でも2時間かからない」
「町と峠の中間ちょい東ぐらいがウチの隊舎だ」
「なるほどなるほど」
ライラが頷いて少し高度を上げる。
「あれじゃな。三階建ての建物とこまごました倉のようなものが見えおる」
そして、そのやたら高い視力で、峠の上空からもう隊舎を見つけたらしかった。
「それそれ」
「ちゃんと幻影隠蔽しながら降りてくれよ」
ディアーネさんが釘を刺して、ちびライラは気まずい顔をした。
「耳タコじゃ。そう何度もやらかしはせんわい」
「ならいいがな」
……さーて。
たった三ヶ月ぶりだけど、懐かしいクロスボウ隊の隊舎だ。
みんな元気かな。
演習場の隅に、ゆっくりとライラが着地する。
そしてみんながゾロゾロと降りた……ところで巨大な鉄板背負った暴れ牛がすごい勢いで目の前を走り去っていった。
「?」
何だ?
と思ったら、いきなりディアーネさんが手を伸ばし、俺の眼前で何かを掴む。
……矢だった。
「え、うわあああっ!?」
いきなりの命の危機に腰を抜かす俺。
そして、隊舎のほうから何人かの兵士がクロスボウを抱えて走ってくる。
「くそっ! どこいったアイザック!」
「許せねえ! あんな美人食っといてさらに二股だと!? 童貞の癖に! 童貞だったくせに調子こきやがって!!」
目の前でギリギリと歯をむき出して醜いことを言いながら、暴れ牛が走り去った方向を見てまた走り出す。
……俺たちは見えてないらしい。
「あ……そうか、幻影」
「かけろと言うたのはディアーネとそなたじゃ」
数メートル先の彼らと俺たちの間に幻影の壁があり、俺は何もない空間に飛んでいくはずだった矢に直撃されるところだったらしい。
……あ、危なかった。
「全く……あの馬鹿どもは、目を離すと何をするか分からんな」
「先に行って沈静化させてきます」
「ああ、頼むぞアンゼロス」
アンゼロスが飛び出していく。慌ててセレンも続く。
「お前たち何をしてるっ!!」
「喧嘩はだめですよーっ!」
……そして、残された俺たちは。
「ほ。何かと男臭いところのようじゃのう」
「アンディ君、大丈夫? なんか二股ぐらいですごい剣幕で追っかけられてるけど、君いくつ股?」
「九つだなや」
「猫獣人コロニーやミスティ・パレスで犯してきた女を含めると数えるのも馬鹿らしいことになるな」
ディアーネさんは掴んだ矢を俺の荷物の中の矢筒に突っ込むと、荷を下ろしながら溜め息をつく。
「……そうだった。言い忘れていたがクロスボウ隊ははほとんど童貞の男子ばかりの男の園だ。……ええと、アンゼロスとか女とバレて何度か襲われかけてたから注意しろ、みんな」
「…………」
ええと。ええと。
みんなは(アップル以外)それなりに強いからともかくですね。
俺、どうしよう。
どう言い訳しようか全然考えてなかった。
「ら、ライラ、もう一回離陸してみんなをバッソンかどっかの宿屋に……」
「ほ? 奴らを呼び戻す方が先ではないかのう」
「!?」
見ると、自分の荷物を担いで隊舎におもむろに向かうオーロラやヒルダさん、マイアやジャンヌの姿。
「待てーー!?」
「ほ、幻影の中からは聞こえぬぞ」
なんだと。
「ちょっ……」
慌てて走って追いかけようとしたら、後ろから走ってきた暴れ牛に跳ねられた。
「ぎゃー!?」
いや、服に奴の必死振りしてる指が引っかかって跳ね飛ばされただけだけど。
それでも数メートル飛んで草原に五体投地。
「なっ……スマイソン!? お前今どっから」
「ひ、ひでぇよアイザック……」
とかやってたら、隊舎で怒声。
「アンゼロス十人長までスマイソン印の首輪をつけてるだぞ!!」
「こっちのエルフの人も! そっちの少女たちの首にも首輪が!!」
「あ、ひ、百人長のお姉さまでしたか。私ビット・ウィリアムズ十人長と申しまして」
「スマイソン十人長を探せ! 見つけたら遠慮はいらん!! 思いつく限りやれ!!」
「待てー!? あ、アンディ隠れろーーー!!」
「アンディさんに何をなさいますの!?」
「アンディ様に何かしたら殺す」
「……おいスマイソン。おまえはあれから何をしていたんだ」
「……その、人生最大のモテ期が」
「そうか。俺もだ」
そう言っているうちに隊舎から矢の雨。頬を一発かすり、慌ててアイザックを盾にしようと転がる間に服の肩がビリッとやられる。
「アイザックたすけて!!」
「スマイソン!!」
なんだかんだ言って盾をかざして助けてくれるアイザックを俺は生涯親友と呼ぼうと思う。
「ほほほ。面白いことになっておるのう」
「ライラ」
ライラが悠然と俺らに近づいてくる。実に楽しそうだ。
でも全裸。服着ろ。
……そして、ライラの声を聞いてアイザックがビクッと硬直した。
「ら、ライラ!? ……待て、ライラって……この声、おいこの人」
「ほほ。砂漠の出身かえ?」
アイザックはライラの声を聞いたことがあるのか。
……うん。でも説明している暇はない。
「ら、ライラ、これ以上混ぜっ返すなよ!?」
「ほ。我は別に何をする気でもないが」
くい、とライラがアゴで隊舎を指し示した。
グォン、と脳が揺さぶられる感覚。
……待て。
「殺す」
「待てマイアほんとに待てーーーーー!!」
隊舎の向こうに出現したブルードラゴンの姿。
俺は必死になって止めに走らざるを得なかった。矢の雨の中で。
ルーカス将軍の時より寿命が縮んだかもしれない。
(続く)
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