町外れに隠しておいた馬車の隠蔽幻影をライラとディアーネさんが解除する。
 ドアを開けようと取っ手を触って、その氷のような冷たさに手を引っ込めた。
「うわ、冷たっ……」
「それはそうだろう、一ヶ月以上も雪に埋もれていたんだから」
 笑うディアーネさん。
 その横から早速アンゼロスやセレン、ジャンヌらが馬車に乗り込み、点検を始める。
「物盗りにはあってないか。まあ当たり前だけど」
「そもそも盗るようなもん残しとっただか?」
「まあ、お金や衣類や武具の類は全部持ち出してますし……残してたランタンとかロープとか木炭とかも特に異常ないですね。出てった時のままです」
 なんかしないと駄目な気がして、俺も無意味に馬車に近づいてみる。
「車軸や車輪は……別に問題ないか」
「ほ。問題があってもどうせ我が持ち上げて運ぶのじゃ。心配などない」
「わ、わかってるけどさ」
 それなりにみんな慌しいし、俺も慌しい振りをしたっていいじゃないか。
 刀剣鍛冶や防具鍛冶はまだやらせてもらえなかったけど、馬具や馬車の金具ならそこそこやってるんだぞ。
 ……うん、どっちにしても無用ですね。
「でも流石にこの冷たいのに乗って丸一日は辛そうですわね……」
「暖める……にしても、どうしましょうか」
 人一倍女の子らしいオーロラとアップルが、氷室のような馬車に慄く。
 ……いや、アンゼロスとかジャンヌとかって冷たくても根性で無視しそうだし、ドラゴンどもはそもそも雪の上で全裸でもちっとも苦にしない連中だし。
「どれ、我がひと吹きするかの?」
「炎上させてどうする」
「やっぱり暖かいところでしばらく放置がいいんじゃないでしょうか」
「馬車が入れて暖かいところなんてあるか?」
 わいのわいのと方策を練る。
 結局、毛布いっぱい調達してなんとかしようという案に決まった。

 今日、俺たちはようやく隊舎に飛び立つ。


「行くのか。兵などやめてこちらに住めばよいのに」
 男爵の館に挨拶に行くと、流石に寂しそうな顔をした。
 ここにいたのはちょっとの間だったけど、男爵には世話になりっぱなしだったな。
「鍛冶屋はジャッキーさんで間に合ってるし、家ももうない。住むにしたって手に職もないうちは食べてけないからさ」
「そうか……うむ。だが、戻ってくるのを待っているぞ」
 男爵と握手。
 その隣にいた銀髪ちびエルフのアイリーナはくすくす笑った。
「食べていけぬなどと。空色の姫とディアーネにヒルダ殿、ミスティ・パレスの末娘に砂漠の黒竜までいて何を申すのやら」
「そりゃ個人個人の出身は資産家だろうけどさ……」
 他人の遺産を食いつぶして余生を送ると決めてかかるほどには、俺はまだ人生諦めていない。
「男がそれ頼りじゃあ子供が出来たら恥ずかしいだろ」
「ふむ。男親の意地か。悪くないの」
 アイリーナは微笑んで。
「どれ、それならわらわの片腕にでもなるか? エルフ族と人間族の調和のために働く、これこそ子孫に胸も張れる仕事よな」
 む、むう。
 エルフの大使と外交調整。
 ……言われてみるとちょっと悪くないかも……しれない?
「お待ちくださいな。アンディさんがこのわたくしを差し置いて、何故貴方の片腕になど」
「大体お前、まだ大使なんて自称だろう。現状ただの居候の分際でなんの片腕にする気だ」
「む、それを言うなディアーネ。せっかくスマイソン殿がグラついておったのに」
 ……あ、危ねえ。

「ところでスマイソンさん。父上のことは……」
「ルース……伯爵公子」
「ルースでいいですよ」
 彼にはまだ、数日前のボナパルト卿との別れ際のことは伝えていない。
 とはいえ、出際に俺だけで見送ったことは伝えた。
 そしてルースは「父のことです、意味もなくただ一人だけ呼ばれたとは思えない」と、そこにある「何か」に勘付いて追求してきた。
 さすが親子だ。
 が、正直俺も聞いたことが信じられずにいて、彼には「普通に手を振って別れた」としか言っていない。
 聞き間違いかもしれないし。うん。
 だってアーサー・ボナパルトだぞ?
 王国最強の剣士、ドラゴンとさえ伍する実力を持つ男。
 そしてその名は国王への忠義でも知られている。ユリシス王の無二の親友にして、国家の両輪と謳われたほどだ。
 レイナ姫とルースの婚約だってある。そしてそのルースへの、厳格だが先々まで心配した上での態度を見ても、どうしてもそんな、家と国家の未来をこれからブチ壊そうとするなんて思えない。
「だから、言った通りだ。俺は……たいしたことは話してないよ」
 聞かなかったことにしておこう。
 どちらにしろ俺はただの一兵士で、強くもなければ学もなく、ただ変に異種族に好かれただけのスケベでしかない。
 国の未来を左右するなんて、思えない。だからこそボナパルト卿は、木のウロのつもりで与太を言ったのだろう。
 そう考えることにした。


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