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 男湯の更衣室の前に立つルースを見て、ボナパルトのおっさんは溜め息をついた。
「お前か」
 ……なんか歓迎してないっぽい。
「父上!」
「駄目と言ったら駄目だ」
「そんな……何故!」
「必要なかろう」
「必要あります!」
「錯覚だ」
 ……えーと。
「俺は説明を求めていいのかな」
「微妙なところだ」
 ディアーネさんもどうやら男湯に入る気らしい。風呂セット持ってボナパルト卿の後ろから俺のほうに歩いてきた。
「聞いてくれるな」
「聞いてくださいよ!」
 渋い顔のおっさん、勢い込む息子。
「私は……私も、剣を学びたいのです!!」
「いらんといったらいらん。私の世代ならともかく、もうボナパルト伯爵家は剣などなくても重んじられているだろう」
「だからこそです! 私とて至剣聖の息子、せめて剣聖くらいの実力を、という期待がどこからも……」
「くだらん。なら私の父はナニ剣聖だというのだ。親と子は違うものだ。お前はお前に必要なものを学べばいいだけだろう」
「しかし……私とて、せめて好きな女性を守れる力が欲しい!」
「だいたいお前、せめて剣聖などと軽く言うがな、剣聖が何人に一人の才能なのかわかっていて言っているのか?」
「やってみなければわかりません! 私は父上の子です!」
「わかったわかった。とにかく風呂に入ろう。伯爵閣下も汗が冷えるだろう」
 ディアーネさんが双方を止めて、ずかずかと脱衣場に入っていく。
「う、うむ」
「……あの、彼女は女性ですよね?」
「もちろん。あんな美人が男だったら俺は泣く」
 ……いや、アンゼロスとか素で男だと思っていた俺が言うのもアレだけど。

 真昼の男湯には靴屋のハリー爺さんを始めとして男衆が数人入っていたが、ディアーネさんはなんら構わず堂々と半身浴していた。
「……あ、あの、ダークエルフのお方は……男女別浴という概念は」
「あることはあるが、あの人はあまりない」
「えぇ……」
 ルースはちょっと離れて縮こまっていた。
 ちなみにちんこは縮こまっていなかった。親譲りで立派なものだ。
「つまりあなたは自分と違う道を彼に歩ませたいと」
「ああ」
「……試しにやらせてもいいのではないか。向き不向きもやらないことには分からないだろう」
「そ、そうです!」
 ディアーネさんの一般論にルースが勢い込む。が、ディアーネさんの巨乳を正視してしまい、慌てて目を逸らす。
 ……初々しい。
「試すまでもなかろう。もはや剣聖がトロットを立て、支える時代は終わったのだ」
「そんな公益の話ではないだろう、剣を志すというのは」
「ルースは伯爵となる人間だ。その身の問題を公益で語って何が悪い」
 ……このおっさん、普段はフランクなくせに家では頑固親父なのか。
 まあ、それはそれで人間味がある話だけど。
「それにルースは……第一王女殿下との結婚が決まっている。ユリシス王に男子なき今、王位を継承する可能性もある身だ。訓練を称して危険が及ばぬともいえない」
「そ、それは……」
「そうなのか?」
「は、はい。……その、レイナ姫とは、父が近衛隊長だった時分によく遊び、意気投合しまして……ええ」
 照れるルース。
 ……第一王女レイナ姫と言えば、花の精霊の生まれ変わりとさえ言われる可憐な少女だという。それと婚約なんて、国中が羨む話だ。
「ですが、その彼女を守るためにも剣を……と思ったものの、父は剣を教えてくださらぬばかりか、屋敷中に剣の一本さえないガードナー公爵家に私を預けてしまい」
「あそこの家は学者気質だ、勉強にはもってこいだろう。何よりこれからは勉学と交渉がうまくなくては人の上には立てぬ」
「それでも……それでも私は!」
「……ルース。言っておくがな、強い剣士が陣頭で前へ突撃していれば勝てる戦争は、もう終わった。貴様が真にトロットとレイナ姫を守りたいのならば、将として兵術を学ぶ方が利が多かろう」
「まあ……それも真理だな」
「うぅ」
 ディアーネさんにまでやんわりとはしごを外され、ルースは肩を落とす。
「だが、それにしたって剣を修めるくらいしてもいいだろう。何故そこまで」
「そうです!」
 ルース。君、人の意見に煽られすぎてないか。
 君が国王といわれると俺不安だよ。
「……至剣聖アーサー・ボナパルトの息子ではない、唯一無二のルース・ボナパルトとして、お前には今後歩んで欲しい。派手な父を持ってしまって頼りたい気持ちは分からなくはないが、親の後をそのまま追うだけでは、つまらぬ人物にしかならんぞ」
「つまらぬと言われても……父上は私の誇りなのです……!」
「……お前がレイナ姫との子に、そう言われるためだ」
 おっさんは寂しげに笑った。


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