「た、ただいま……」
「おかえ……あ、アンディ!?」
「あらあら、何があったの?」
 ディアーネさんとライラに引きずられるようにして宿に入ると、朝食を取っていたアンゼロスとヒルダさんがびっくりした顔をした。
 うん。相当やつれてたんだろうなあ俺。
「……ミスティ・パレスは魔境だ……」
「ほ。そりゃ魔境には違いないじゃろう、ドラゴンパレスじゃしの」
 ライラがくすくす笑いながら言う。
 でもあそこ実際洒落になってないぞ。
 いくら雄が淡白とはいえ、雌が全員俺相手にサカってるってのに和やかに「マイア嫁入り祝い」と称して酒盛りし始めるとかどういう連中だ。
「……一晩で素で30発以上絞られたのなんて初めてだ……」
「またエロいことに巻き込まれたのかアンディ」
「またとか言うな……」
 俺たちが帰ってきたのを聞きつけて、他の女の子たちもドヤドヤと出てくる。
「それでも一応出せちゃうアンディ君もすごいわよねぇ」
「うむ。……まあラストの方は汁もほとんど出なかったが」
「……ディアーネちゃん、ドサクサで混ざったわね?」
「し、仕方ないだろう、指をくわえてドラゴンに絞られるアンディを見ているのも癪過ぎる!」
「我も2度ほど種蒔きしてもらったぞえ♪」
「あー、ずるいですライラさんたちーっ!」
「アタシもついてけばよかっただな」
「す、済んだことはしょうがないですけど……埋め合わせは期待してますよ、アンディさん?」
「……それよりもアンディさんに精のつく食べ物をお出しした方がいいんじゃありませんこと? 何かこう、魂が抜けたような顔ですわ」
 ああ……ものすごい美女竜たちのセックス地獄も悪くなかったけど、労りとか自制とか愛とかって大事だよな……うん。
 と、しみじみしていると、後ろからぺっとり抱きついて、わきの下から幸せそうに見上げるマイアの顔。
「アンディ様、またいつでも来るといいって、母様たちも言ってたよ♪」
「あ、ああ……考えとく」
 マイアの可愛らしい笑顔を見ていると、よく似た顔の巨乳美女たちを思い出してしまい、それもいいかなあと思ってしまう俺は長生きできない気がする。性的に。
「……様?」
「もう人間とか言わないだか?」
 セレンとジャンヌが耳ざとく聞きつけて怪訝な顔をした。
 マイアはにっこり笑って自慢げに胸を張る。
「もう私、アンディ様にしっかり首輪つけられてペットにしてもらったもん。……多分一生エッチ専門だって言ってたけど」
 しんと静まり返る食堂。
 給仕のおばさんやら、その辺でメシ食ってたボナパルト卿やら、他の泊り客もじーっとこっちを見ている。
「……せめてドラゴンとの契約時くらいもうちょっと自重しろ」
 アンゼロスがぼそりと言ったのは、まだ良心的な突っ込みと言える。
 一応事情を知っているボナパルト卿でさえ目を逸らし、他の泊り客や給仕のおばさんに至ってはヒソヒソと何か囁きあう始末。
 ええそうです多分貴方たちの想像というか「あんな若い子を捕まえてあんなこと言わせるなんて恐ろしい変態男ね」とかそういうお話はほぼ寸分間違いなく事実で俺の罪ですがそのですね。
「言い訳を聞いてください」
「いやその、おかまいなく」
「私たちは水を戴きに出るところですので」
 そそくさと出て行かれてしまった。
「…………」
「あー、その……まあ、気にするなアンディ」
「ほ、上から下まで選り取りみどりで異種族美女を見境なく飼って抱いておるのは事実じゃろうて♪」
「俺は……俺は……」
「私、嘘は言ってないよ?」
「うん、マイアは悪くないよ……悪くないけどね」
 開き直る以外にないのでしょうか。


 精神的にも肉体的にも疲れきりながらもくもくと食事を取る。
 そんな俺に、食事を終えたボナパルト卿が声をかけた。
「青年。……私は今夜あたりここを発とうと思う。世話になった」
「え……いや、むしろ世話になったのは俺のほうばかりだけど」
 ちょっと急な話だった。
 なんとなくボナパルトのおっさんはこれからもずっとこの街にのんびり住み着いてしまいそうな気がしていたが、よく考えたらこの人は伯爵。
 自分の領地も家族もある人だった。
「でも駅馬車に縛られるわけでもなし、どうせならゆっくりしていけばいいのに」
 このおっさんは自分の馬がいたはずだ。荷を乗せて引いて歩くなら結構時間はかかるだろうが、南の山向こうの街までは、おっさんなら一週間はかからないだろう。
「春になったら用事があってな。竜でひとっ飛びの君らならともかく、私はそろそろ出ないと自分の家に辿り着けない」
「春か……」
 この辺では春が訪れるのは遅いが、王都やその辺ではあと二ヶ月もしないうちに雪は解け、春になるだろう。
 ならば交通の便が悪い冬場、王都にだって歩きでは一ヶ月近くかかるのに、それよりも遠ければ確かに今出ないと間に合わない。
 もっとゆっくりしてもらってライラかマイアで送る……ってのも、俺たちもあと3、4日で帰らないといけないから意味ないか。
「うーん。世話になったから何かお返ししたいけど……そうだ、俺たちが帰るのに合わせてくれればライラに乗っていけるけど」
「馬がドラゴンに捕まえられてはくれまい。あの子は勇猛だが融通が利かなくてね」
「そうか……」
「まあ、久し振りに楽しかったよ。この歳になってあんな大冒険ができるとは思わなかった。……ああ、私はとても運がいい」
「そう言ってくれると、気が楽だよ。本当に迷惑かけちゃったな、おっさん」
「ハハハ、いいのさ。力というのは使うためにある。良い使い方が出来たんだ、感謝すべきはこちらさ」
 おっさんと握手。
「そうだ、このあとアンゼロス君やオーロラ君と打ち稽古をしたあとで、最後にひとっ風呂浴びるつもりなんだが、一緒にどうだね」
「ああ……そうだな、付き合う」
 至剣聖。
 この国の最強であり、英雄だった人物。
 今の俺はもうセレスタの兵士であり、この街にもう生活基盤もないから、トロット人と呼ぶに相応しいのか分からないけれど……とにかく俺たちトロット人の希望だった人。
 そんな人と仲良く肩を並べて風呂なんて、きっともうこの先ないだろうと思うと、やはり少ししみじみしてしまう。
 俺もよくよく運がいいよな。
「さて、俺もそろそろ、街を出るために準備しなきゃだよな……」
 挨拶回りだとか、土産の準備とか。
 今まで回った街は結局俺とはあまり関係ない場所ばかりだったけど、ここでは挨拶しなきゃいけない人がたくさんいる。
 色々しないとだよな。
 ……と思いながら食器を重ねて立ち上がると、なんかえらい勢いでバンッと玄関の扉が開かれた。
「あ、あのっ!!」
「!?」
 びっくりして身構えてしまう。
 ……そこに立っていたのは、骨格はいいものの妙にヒョロッとした印象のある若い男だった。ハタチくらいか。
「あの、あなた!」
「俺?」
「え、ええっ……その、ここの泊り客の方ですか?」
「そうだけど」
 今はアンゼロスたちの稽古を見に行こうと、ほとんどの仲間たちが出て行ってしまったので、宿の食堂には俺とセレン、アップルしかいない。
 とりあえず一般に人間族に苦手とされるエルフ(ハーフだけど見た感じわからないし)の二人は置いといて、俺に話し掛けることにしたようだった。
「そ、その……この宿に、ええと、やたら背が高くてガッチリした還暦ぐらいの」
「ボナパルトのおっさんのこと?」
「お、おっさん!?」
 青年はくらりとした。
「……お、おっさん……おっさん……まあそうですね、ええ。一応あれでも貴族ですがとにかくそのボナパルトです」
「あ、ああ、ごめん。不敬だったな」
 本人がそう呼ばれて喜んでいるのはともかく、他の人間にとってはいい言い方ではなかったか。よく見たらこの青年も身なりが良いし、貴族なんだろう。
「彼はまだここにいますか?」
「さっき出て行ったけど」
「で、出て!? ここまで来てまた捕まえ損ねて……ああぁ」
「いや、チェックアウトしたって意味じゃなくて剣の稽古に」
「……あ、ああぁ、びっくりしました。どうも、つまりここで待っていれば帰ってくると」
「……まあそうだろうけど」
 でもそのまま馬に乗って出て行く可能性もなくはないなあ。伯爵ともなれば宿賃なんてドバッと先払いしててもおかしくないし。
「じゃあ待たせてください」
「……それは俺に言うことじゃないし」
「そ、そうですか? どなたに言えば」
「……というか君は誰」
 青年は、ああ、と今さら気がついた感じで手を叩いた。
「私は……ルース・ボナパルト。ボナパルト伯爵家の嫡子です」
「……え、おっさんの息子!?」
「はい」
 ヒョロッとした青年は頼りない笑顔を作った。


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