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 みんなの迷宮探索にはそれから半日かかった。
 さすがに4隊、しかもルート把握のみとなるとかなり速い。
 それでもセレン隊なんかはヒヤッとする場面がいくらかあったらしく、マイアがかなり疲れて帰ってきた。
「さて……アンディ君、ここからが問題よ」
「はい」
 複雑な迷宮全図をマントの裏地に完成させて、俺はそれを立体的に読む作業に入る。
 極端な話をしてしまえば、どこを壊しても迷宮機能自体が破綻してしまえば目的は達成できる。
 問題は一番被害が少なく、かつ効果的に「気」の浄化機能を低下させる壊し方だ。
「ココを壊してバイパスさせれば……」
「ループひとつ増えるだけじゃあまり意味無いんじゃない?」
「そうか……でもメインラインを『繋ぐ』ならともかく『塞ぐ』となると脱出に支障が出るんじゃないでしょうか」
「そうなのよね。かといって……うーん」
 ヒルダさんと知恵を出し合って迷宮をどう改造するか悩む。
 途中からはオーロラも参戦して作戦会議だ。
「ココを縦に穴を開けてしまうのはどうでしょう」
「ああ、そうか……その手が」
「10m級の魔物が暴れても崩れない床、どうやって壊すの……?」
「それもそうですわね……」
 会議に3時間。
 合計して、迷宮に潜って丸一日以上が経過しようとしていた。


 状況を打破したのは回復したアンゼロスだった。
「穴……床に穴、ね。……壁と違って簡単には埋められないけど、どうするんだ」
「別のところにもうひとつ穴を開ければある程度カウンターできることがわかった。問題は掘削方法だ。ライラのドラゴン体じゃ身動きが取れないし、マイアもギリギリだ」
「アタシに合うハンマーがあればよかっただ」
 ジャンヌがぼやくが、ないものはしょうがない。
「最悪、一度道具を取りに出るか」
「……穴かあ」
 アンゼロスは考え込む。
「……やるだけやってみよう」
「え?」
「僕をそのポイントに連れて行ってくれ」
「お前が掘るの?」
「……僕とお前で掘るの」
「……あ!」

 刻紋できる例の剣で、当該ポイントに紋を刻み付ける。
 アンゼロスの案は、つまり刻紋で床の性質を変えよう、ということだった。
 床を柔らかくする紋を使えば一時的に剣などでも掘削可能になるが、紋が消滅するほど掘ってしまうとまた刻み直しで手間は大して変わらない。
 だが、床を「ゲル状にまで」柔らかくする紋を書き、そこにボナパルト卿から学んだアンゼロスの衝撃波直当てを叩き込めば?
 ……うまくすれば一気にブチ抜けるかも知れない。
 ということで紋を刻み終わり、アンゼロスが構える。
「はぁぁっ……てやあああっ!!」
 大上段から飛び上がり、床に叩きつけられるアンゼロスの剣。
 ド、と腹に響く音がして、次の瞬間、爆発する。
「!!」
 ゴォォン!!
 ……上にも下にも土砂が吹き飛び、穴が開く。
「やっ……うわああああ!!」
 そしてアンゼロスは着地できずに下に落ちた。
 ……下で粉砕された床材がパウダー状になってたおかげで、全身カーキ色の砂地獄の刑で済んだけど。


 かくして、迷宮の空気があからさまに変化した。
「さて、あとは……トドメだな」
「ほほ。ようやっと出番じゃの」
 通常、迷宮には若干修復機能があり、多少の建材被害はゆっくりと「気」の流れに沿って修復されていく。
 が、完全に「気」の流れが変わるほどの大被害は想定されていない。
これからこの迷宮は、何らかの処置を施さない限り、迷宮を通ったとは思えない汚れた気を垂れ流し続けるのだ。
 賽は投げられた。
「ディエル、開けてくれ」
「わかった。……言っておくが、不死身でなくなったからといって誰でも勝てるわけではないぞ」
「わかってる」
 デイエルが頷いて、壁に手をかけ、開封の呪文を唱える。
 こっちにはライラとマイアがいる。ブレスで攻めればさしもの聖獣といえど……。
 ……待てよ。
「……あんなに衝撃波打たれまくったらブレス届かないんじゃ……」
「ほ。何を今さら言っておる」
 ライラは不敵に微笑むと、開き始めた扉に一気にダッシュした。
「ライラっ!?」
 一瞬を置いて、案の定放たれる衝撃波の嵐。
 その中を、ライラは壁同士を蹴りつけるようにして、無理やり部屋の中に突入していく。
「ライラーッ!!」
「任せいっ!! この程度の……ぐっ!!」
 ドゴオ、と壁に何かが叩きつけられる音がした。
 ライラの体を衝撃波が嬲っているのだ。
「ライラ姉様!!」
「ライラ様!」
 ジャンヌとマイアが後に続こうとするが、余力で放たれる衝撃波の嵐のせいで通路を通過できない。
「マズいぞ、いくらドラゴンといえども聖獣の無尽蔵の衝撃波に封殺されたら……!」
 ゴルクスが焦った声を上げる。
 俺も試しに飛び込もうとするがあっさり跳ね飛ばされておしまいだった。
「くそ……こんなんじゃブレスで焼き尽くすなんて無理じゃねーか……!」
「任せい……と言ったはずじゃ」
 気づくと、俺の肩にちびライラが乗っていた。
「ライラ」
「我は黒竜。火竜の中でも最強と言われる黒竜族、その白眉と呼ばれたライラぞ。……この身に正義ある限り、この世の何者にも負けはせぬ」
「でも、お前」
「飼い主の信念……貫くが、竜の愛……!!」
 途中からは、ライラの言葉は俺へではなく、敵と己に向けられた決意になっていた。
 通路の向こうで、ライラがドラゴン体に変化する。それで通路への衝撃波が阻まれた一瞬を逃さず、ボナパルト卿とディアーネさん、そしてアンゼロスが飛び込んでいく。
 俺と残りの戦闘要員も続いた。
「ぐうっ!!」
 部屋に飛び込んだ途端、飛んで来る衝撃波。
 周りのみんなが軒並み吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
 俺を守ったのはライラの尾だった。
「ライラ!!」
「ほほ……今、我の……力で……!!」
 ライラは衝撃波の嵐に翼を嬲られ、剥がれた黒曜石のような鱗をキラキラと舞わせながらもゆっくりと前進した。
 それは命を削るような前進だ。
「ライラ! おい、無理はするな!」
「無理……などでは、ない……!!」
 唸り声のように、ライラが呟く。
「正義を奉じた竜に、無理などあるものか。あってたまるものか! そのための力、そのための命じゃ! 生きて残り正義を貫けなんだ竜ほど価値なきものはない! そなたに貰った正義のためになら、この世の全てとすら戦ってみせようぞ! いわんや聖獣一匹! 焼くこともできず何が黒竜か!」
 メキメキメキ、と全身から鱗を振り撒き、肉塊に取り付くライラ。
 そして炎を吐こうとする……が、突き出した脚や角に首を弾かれ、肉塊に口を向けられない。
 もどかしげに咆哮しつつ苦闘するライラ。衝撃波に角に脚、あまりの集中打に翼が片方折れて垂れ下がり、全身から鱗ではなく血が噴き出しはじめる。
「おのれ……おのれぇぇっ!!」
 ライラは吠えた。
 その背後から。
「よく耐えたライラ」
 ディアーネさんが、ライラの背中の死角を利用して肉薄し、脚や角を盾にして衝撃波を散らして肉塊に、飛び込んだ。
「ここから先は、こちらの番だ」
 剣を片手で振りかざして、肉塊の上で優美に背筋を伸ばすディアーネさん。
 次の瞬間、恐ろしいことが起こる。
 いや。
 正直言って、何が起こったのかさっぱりわからなかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ディアーネさんの咆哮が聞こえてくると同時、血が渦を巻いて吹き上がる。
 肉片が一気に天井や壁まで吹き上がる。
 そこに機械式の回転刃か何かがあるかのように、肉塊が真ん中から削ぎ取られ、細切れにされ、撒き散らされる。
「『黒の戦神』……黒き竜とともに、か」
 衝撃波から解放されたボナパルト卿が、歯を見せて禽獣のような笑みを見せる。
「おっさん」
「くくくっ。信じられるか青年。あれが剣すら普段は持たない、あの美しい女の力だ。……そうだ、あれほど純粋な戦闘の化身はいない。……あれが、剣聖旅団をやった、女神だ」
「…………」
 なんて顔で笑うんだ。
 冷や汗と、恐怖と、畏敬と、そして歓喜と衝動。
 おっさんの顔には今まで見たこともない、追い詰められた獣のような感情が張り付いていた。
 そうしている間にも肉塊は肉片へと変貌する。
 いつの間にか衝撃波の乱打はやんでいた。
 正面にある肉の切れ目から覗くと、ディアーネさんを中心に、半径数十メートルの真円の鍋底のような空間ができていた。
「……ふうっ。……ライラ!!」
「ほ……ディアーネ、そなたが味方でよかった」
「お互いにな」
 ディアーネさんがライラの背に飛び乗る。
 ちびライラが俺の顔を見る。俺は頷いた。
「ガアアアアアアアアアア!!」
 ライラは怪物の声で一声鳴いた後、口の中からファイヤーブレスを放射。
 聖獣のほとんどの部分を焼き尽くした。

 最後に残ったのは奥に残った首の一本。
 その首も、もはや虫の息だ。
 それを確認して、俺はマイアとアンゼロスを連れて二度目の迷宮破壊に向かった。


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