聖獣の部屋からの通路は、見る間に衝撃波の滝の噴出口になった。
 狭い空間での広範囲攻撃は逃げ場がないために集束して恐るべき威力に変貌する。
 聖獣の打つ衝撃波も、今は牽制なんて生易しいものではない。自前の衝撃波で相殺して直撃を避けたボナパルト卿やアンゼロスでさえ、続く衝撃波の怒涛を抑え切れず、撞球の玉のように弾き飛ばされて壁に打ち付けられた。
「がはっ!」
「ぐぬっ……こ、これは……」
 さらなる攻撃が迫る。
 ボナパルト卿はゴーグルを上げてその攻撃を見極め、かろうじて転がって回避したが、アンゼロスはそんな芸当はできない。再び襲ってきた衝撃波にどんどん打ちのめされ、息さえつけずに何度も壁に磔にされる。
「アンゼロスっ!!」
 たまらず飛び出そうとする俺を押さえ、ディアーネさんが横からアンゼロスに飛びかかって通路の正面射角から救出する。
 が、そのディアーネさんでさえアンゼロスを抱えながら衝撃波に巻き込まれ、壁を這い転がるようにしてなんとか脱出した感じだ。
「全員壁から離れろ!」
 ディエルが叫び、壁に手をついて複雑な印を切り、呪文を唱える。
 すると壁面に虹色の光が走り、衝撃波に軋みつつも通路が閉じてゆく。
「はぁ……はぁ……」
 がっくりと膝をつくディエル。


「……本当にやるのか、人間。迷宮を改造して自然の理を崩す戦いを」
「ディエル」
 薄皮をまだ素肌に張り付かせたままの、ほとんど裸の姿。それを他の氏族長が慌ててマントなどで覆うのに任せつつ、ディエルは口を開いた。
「森の出入り口とともに、聖獣迷宮の管理も任されながら、聖獣の異変に気づけなかったのはウチの失態だ。始末は本来、俺たち赤の氏族がつけるべきことだ」
「…………」
 お前がなんとかしてくれって言ったんじゃん、と言おうかとも思ったが、よく考えたらそれはニセモノの台詞だった。あまりにもそのまんまの顔過ぎて困る。
「聖獣の自業自得でもある。自分の不死性に任せて異形となったことの責任は、他の誰にもない。それに、聖獣を元に戻しても、また同じ事にならないとは誰にも言えない。つまり、お前のすることは危険すぎる上に何の意味もないかもしれないんだぞ」
「知るか」
 俺は後ろ向きなディエルの警告を蹴り飛ばした。
「誰の責任だとか、意味があるとかないとか、そんなことはどうだっていいだろう。寂しくて泣いてる子供に、お前の心の弱いから悪いとか、大人の都合も考えろとか怒る大人はロクなもんじゃねえ」
 拳を握る。
「助けられる時に、手が届く時に、そこに自分がいるんだ。なら、やるんだよ。あんな悲しい奴を見て見ぬ振りして、アイツは間違ったから未来がなくなった、そういう運命だったって諦めて帰るのか。自分も痛い目見るかもしれないなら引っ込むのか。そんな奴が賢いってんなら俺は馬鹿で構わない」
 そうだ。
 ハーフエルフってのはそうやって虐げられて見捨てられる。
 俺はそれを真似るつもりはない。
 俺はセレンとアップル、アンゼロスに首輪をかけた男だ。だから見捨てるのは俺がやっていい真似じゃない。
「アイツにやるんだよ。もう一度、未来を。誰かと穏やかに分かち合う未来を。ああ、たった一匹の獣にたったそれだけの未来、開いてやれなくて何が正義だ。何が森羅万象、何が光の精霊だ」
 俺たちの幸せは。
 俺たちの生きている今という時間は。
 俺たちより昔の色んな誰かの、そういう想い、そういう祈りが積み重なって生まれてきた。
 そう信じているから、俺はそれをもう一つ先の誰かへと繋ぐ義務がある。
 そのためにここにいるのだと、信じる。
「……わかった」
 ディエルは目を閉じ、頷いた。
「北の森のエルフ族、赤の氏族長ディエル、この名において。彼に森羅万象の加護を」
 ディエルが複雑な印を切り、俺を祝福する。
「……氏族長の祝福は、彼の権限下におけるあらゆる許諾と支援の約束ですわ」
「オーロラ」
 俺の隣で微笑み、頷くオーロラ。
 アンゼロスをヒルダさんに任せ、ディアーネさんも立ち上がる。
「……迷宮全図の把握だったか。つまり、これから私達はこの迷宮の地図を作ればいいんだな?」
 ボナパルト卿がゴーグルを下ろして豪放に笑う。
「迷宮のマッピングか。若い頃はよくやった」
 ディエルは予備のマントを一枚敷き、そこに図面を書きつけ始める。
「最上層と第二層、それとここまでの最短ルートだけは把握してある。これ以外の部分を調べればいい。……が、ここ数百年、ウチの氏族じゃ迷宮攻略隊を組織する人口さえもままならず、魔物は全く掃除していない。思いも寄らない強力なのが潜んでいないとも限らないぞ」
 ……ああ、そうか。このディエルはあのディエルじゃなくて今まで寝てたから、ボナパルトのおっさんやディアーネさん……あとライラの存在さえ把握してないのか。
「望むところだ」
「いいリハビリになるだろう」
 ディアーネさんとボナパルト卿はニヤリと笑って武器の鞘を捨てる。
「私も行ってきます」
 セレンが立つと、その横にマイアとジャンヌが続いた。
「お前一人じゃ魔物に遭ったら困るし」
「アタシも手伝うだよ」
 そして、最後の一隊として、オーロラを先頭に、脇を固めるようにディエル以外の三氏族長が並んだ。
「ダークエルフの方よ。ディエルをお願いしますね」
「ふむ。……わらわもあれから七十年、無為に過ごしたわけではない」
「僭越ながら、私も剣には少々自信がある。空色の姫よ、共に」
「ええ。……ふふ、北の森の貴き方々と肩を並べて戦う日が来るとは思いませんでしたわ」
 ディアーネさんとボナパルト卿は一人ずつで2ユニット、セレン隊とオーロラ隊で2ユニット、合計4ユニットの迷宮探索隊が完成。
 男爵は俺たちの護衛、アンゼロスとライラ、ディエルは休息、ヒルダさんが看護。
 俺とアップルはこういう場面で本格的に役に立たないので待機。
 ……啖呵切っといてこれはカッコ悪いけど、仕方ない。


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