前へ
迷宮。
それは自然界を流れる「気」の調整能力を持つ遺跡文明の遺産。
それが何故迷路の形をしているのか。
……それは、迷路状の通路を「気」が流れることによって変圧されるからだという。
刻紋と同じ。一定の動きをする事により「気」は周囲への影響を放散しながら変質していく。
迷宮を流れる気は、その中に魔物を産み落としながら、ある程度の封印措置も自動で行い、いくぶん清くなって通り抜けていくのだ。
自然界にも似たような天然装置がある。大きな森や山にはそういった機能を有するといわれる場所も多い。
聖獣の多くは、この迷宮で清浄化された「気」によって、迷宮のすぐ近くに発生する。彼、ブレイクコアも例外ではない。
ここは迷宮の最深部。まさに清浄化されて出て行くノズル。
だからこその無限の力だ。
だが。
「迷宮を改造して、一時的に魔物の生成に使われる悪い『気』をそのままブレイクコアに浴びせればいい」
「迷宮の破壊は最悪の罪だぞ。アンディ、青蛇山脈の東がどうなったか知っているだろう」
青蛇山脈の東、大陸北の大地は昔、7つの王国がある豊かな土地だったという。
だが、迷宮の力を知らなかった当時の人々は、魔物を無限に生む迷宮を諸悪の根源とみなし、いくつも破壊してしまった。
そして魔物は地上で無節操に生まれるようになり、7つの王国はその多くが壊滅し、人の行き交えない恐怖の世界と化した。かろうじて一国だけ残ったのがレンファンガス王国という国で、今も跋扈する魔物たちと激しく争っている。
遺跡文明によって計算し尽くされて配置された迷宮は、たった数個破壊しただけでそれだけの秩序の崩壊を招く。
が。
「そうならないように、します」
「できるのか」
「やらなきゃ救えない」
「できるのか、と言っているんだ」
ディアーネさんはいつの間にか、百人長の顔をしていた。
部下の戦いの責任を握る、指揮官の顔。
ああ、俺がやろうとしていることは前代未聞。できる保証なんて、どこにもない。
なんといったって「気」の力は大自然の力。昔の人がどうやったのか知らないが、窯に火を入れたまま、窯の中身を組み替えるようなものだ。
けど。
「やってみせます」
そうだ。
やらなきゃ、聖獣は永遠に苦しむんだ。
助けてやれる可能性があるのに、助けを求められたのに、見殺しにして帰れるか。
そんなんで、誇り高いみんなのご主人様だって、胸なんか張れるか。
「…………」
「ほ。ディアーネ、よいではないか」
「ライラ」
「我は……我が主に付き合うぞ。我は信じる。我が主の心こそ正義、運命を是とせぬその勇気こそ正義じゃと」
ライラが、残った傷を急速に癒して立ち上がる。
「僕も、アンディに付き合います」
「もとよりわたくしに課された試練。逃げることはできませんわ」
「ら、ライラ姉様と十人長がやるなら、ついてくだよ」
「何ができるってわけじゃないですけど、私もです。……アンディさんが決めたのなら」
「セレンっ……そ、その、本当に役には立ちませんけど、私も一緒にいます」
「大丈夫よ、アンディくんってこれで結構臆病だもの。無理はしないわ」
みんなが支持してくれる。
ディアーネさんは溜め息をついて。
「……ボナパルト卿、グート卿。あなた方は先に戻って……」
「ははは。ご冗談を。こんな大仕事から逃げたとあってはトロット剣士の名折れ」
「我がポルカの若者が、ポルカに端を発した危難と向きあっているのです。この貴族めがどこに逃げ隠れできましょうや」
二人の壮年貴族は撤退の選択肢を笑い飛ばした。
と。
そこで、ズゥン、と地響きがした。
「!?」
「マイア!?」
肩にいるちびマイアが一瞬ぶれて、痛そうな顔をした。
「聖獣、動き出した……」
「マイア、もう一度ブリザードを……」
「く……」
通路から尻尾だけ見せているマイアが身じろぐ。
そしてまた地響き。
「き、効かない……弾かれ……きゃあっ!」
マイアが横転する。
「もういい、こっちに引っ込め!」
「う、うんっ……!」
マイアが人間体に変化し、ほうほうの体で転がり逃げてくる。
「聖獣……本気で、怒った……!」
いくつもの一角馬の首が、氷を突き破り、こっちを見ている。
そして、目を光らせたかと思うと、空気が歪む。
「危ない!!」
「くっ!!」
「てぇいっ!!」
ボナパルト卿が掌底、アンゼロスが手刀、そしてオーロラが抜き打ちの順番で、それぞれに衝撃波を放つ。
それは通路の途中でブレイクコアの放った攻撃とガスガス相殺しあい、なおこちらに突風がきた。
「衝撃波……あっちも!?」
「あれが、ブレイクコアの本来の攻撃だ」
背後から声がした。
見るとディエルが目を覚ましていた。
「あれを無尽蔵に打ってくるぞ。本当にあのブレイクコアをどうにかする気なのか、人間」
「うわあ……」
ちょっとウンザリしてくるけど。
「くそ、やるさ。……やってやるさ!」
(続く)
次へ
目次へ