人間体になったライラの身体にはいくつもの刺し傷がついていた。
 というか、ドラゴン体で負った傷が人間体でも残るというのを今知った。
「ほほ……さすがは聖獣、この黒竜の鱗を抜いてくるとはのう」
「ライラ姉様ぁ……」
「情けない顔をするでないジャンヌ、こんなものは大したことはない」
 ライラはそう言って微笑むが、腕、胸、脇腹、首といった上半身前面に7〜8箇所もの丸く赤い傷は隠しようもなく(というか服着せるのも今は憚られる)、その痛々しさはジャンヌでなくとも目を伏せたくなる。
「ヒルダさん、手当てを」
「はいはい……でも、ドラゴンに人間やエルフ用の薬って効くのかしら」
 ヒルダさんが救急セットを開けると、ライラは顔をしかめた。
「ほ、いらぬいらぬ、薬の無駄遣いじゃ」
「でも」
「ほれ、見い」
 ライラが首の傷口を指差す。
 痛々しく開いた傷口。
 それが……見る間に縮小して、消える。
「ええ!?」
「ほ。伊達やハッタリで最強の生物などといわれてはおらんわ。……とはいえ、しばらく休ませて貰おうかの。無理に傷の治癒を早めてしまうのは体力がいるでな」
 無類の戦闘能力と飛行能力、問答無用のブレスに加えて、回復力まで桁違いか。
 こりゃドラゴンスレイヤーでもなければ手がつけられないわけだ。


 ライラの話によると、自然に傷が消えるのを待つと3時間ほどかかるらしい。
「マイア、ブレイクコアは?」
「大丈夫、凍ってる。これだけしっかり吹き付ければ、しばらくは持つと思う」
 マイアの小さな幻像が俺の肩の上で頷いた。
 ……マイア本体は今、聖獣部屋の入り口で身体で冷気の流出を抑えている。
 そうしてくれなければ廊下に脱出した俺たちも凍えてしまうのだ。
「その間に次の手を考えよう」
 ブロードソードから血を拭いながらディアーネさんが言う。
「次の手?」
「ああ。あれは、ただ潰すだけでは元の木阿弥だ。そうだろう、ボナパルト殿」
 デイアーネさんはボナパルト卿を見る。
 彼も頷いた。
「ブラスト直当てした部分、君も見ただろう。次の一撃までには元に戻っていた。潰した部分が『減っていた』ならまだいいが、『元に戻っていた』ということは、だ」
「不死身の生物としての原型が、既にあの形に固定されている、と見ていい」
 アンゼロスとオーロラが顔を見合わせる。
「……そうか。それじゃ、たとえ跡形もなく焼き尽くし、消し炭にしても」
「一角馬には戻れない……というわけですわね」
「そうだ。ただの無駄骨だな」
 ディアーネさんは頷いた。
「ディエルは救出した。聖獣は不死身、私たちにはどうにもできない……と諦めても、誰も責めまい」
「一応、一度吹き殺しておけばエルフの老人たちへの言い訳も立つじゃろうしの」
 三角座りでうな垂れつつ体力を回復していたライラも、首をもたげてそう弁護する。
 が。
「……それじゃあ救われなさ過ぎる」
 俺は必死に考える。
 みんなも、まだ表情から戦意は失われていない。そのつもりのようだった。
「聖獣……聖獣を元に戻す方法……」
「普通の畸形なら外科的手術でいらないとこ取り除くんだけどねぇ」
「普通ではない。おそらく切ったらすぐにくっつこうとするか、あるいは同じものを生やしてしまうだろうな」
 ヒルダさん案はディアーネさんによって却下される。却下といってもまあそもそも前提の範疇だ。
「ぶっ潰した後、その再生をどうにかして止めるって手はねえだか。傷口焼いて止めるとか」
 ジャンヌ案にも、ボナパルト卿が首を振る。
「聖獣にとっては再生の主体などないのだ。中間部分である傷口を焼いてその場だけ再生を押さえても、末端から先に再生が始まってしまう。腕を切って叩き潰し、傷を焼いたとしても先に手指から元に戻ってしまうのだ」
「そ、それこそ末端の部分を叩き潰すだよ」
「無限に?」
「……うぅ」
 ジャンヌ案も没。まあ焼く程度でどうにかなってしまうなら不死身とは言われない。
「魔法でどうにかならないかな」
 アンゼロスが呟く。
 ……まあ普通にやっても駄目ならそれしかない。
 が。
「自然治癒潰しの呪いでもかける? ……私はそんなの知らないけれど」
「トレント病の毒を打ち込むって言うのも手かもしれませんけど……それって今の状態とどっちが幸せかっていう程度の問題でしかないですよね」
 ヒルダさんとセレンに遠回しに「無理」と言われる。
 聖獣はもともと、聖なる「気」という強大すぎる魔法的背景を持っているのだ。
 医療魔術の使い手たるヒルダさんと、ちょっと小器用にいろいろできる程度のセレンでは、対抗しようにも蟻の腕で人と腕相撲するようなものだ。
「じゃあ、八方塞がり……ってことか?」
 憮然とするアンゼロス。
 もちろん、そんなことはない。
 そんなことはないはずだ。
「魔法……魔法……」
「アンディくん、何を考えてるの?」
「知っているだろう、魔法は便利だが扱える力はそう多くない。それこそ聖獣や精霊が使うならともかく、普通打開策には……」
「いや、ちょっと待ったディアーネさん」
 閃いた。
「聖獣を聖獣たらしめるのは、聖なる気の流れでしたよね」
「そうだ」
「ここは、迷宮。『気』の整流装置」
「その通りだ」

「……ならば悪い気を、借りましょう」

「何を言っている」
「できなくはないはずです。聖獣に流れ込む力の源に悪い気を混ぜて、プラスマイナスゼロの状態にすれば、少なくとも無尽蔵の復元力はもう使えないはず」
「だからそれをどうやるかと言っているんだ」
「この迷宮の完全図を用意できれば、いけます」


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