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ほとんどの魔物や仕掛けをディアーネさんが叩き壊し蹴り潰し、たまにライラが焼き尽くしたりして、他の連中の出番がほとんどないままに、どんどん下層に進んでいく。
「僕、迷宮を正面から進んだのなんてエースナイト試験以来なんだよね……でも、迷宮の雰囲気って結構ワクワクして好きかも知れない」
「そうですか? わたくしはこの、うっそりした感じがいただけないのですが」
「アタシは迷宮育ちだからなー、今さら好きも嫌いもないだよ」
年少三人組が平和な雑談をしている間も、ディアーネさんが脇道の奥にいた岩人形を四肢切断してスタスタ戻ってくる。
……この人だけで突破できちゃうんではないだろうか。
「やれやれ。確かにあの女がいると、一氏族程度じゃ足止めにしかならないな」
「足止めにもなるかどうか。ディアーネはその気になったら悪鬼だからの」
ディエルとアイリーナの言葉を耳ざとく聞きつけてディアーネさんが嫌そうな顔をする。
「誰が悪鬼だ」
「ならば厄災、魔神、地獄の仕掛け人。どれがよいか」
「お前だって昔はヤンチャしただろうに……」
アイリーナ女史とディアーネさんの間にある過去。
ちょっと聞きたいけど、なんか怖くもある。
……という表情が顔に出ていたのか、ディアーネさんはこっちをキッと見て、それから視線を反らしてボソボソと説明を始めた。
「そ、そんなに大したことはしていない。……70年くらい前に、このアイリーナがセレスタ旅行中に山賊に囚われて、そこで偶然通りがかった私が助けただけだ」
「山賊……?」
「昔は多かったんだ。今の比じゃなく。特にオフィクレードから大アルモニカ河流域に至る北面のあたりはなかなか国の手が届かなくてな」
「わらわも世間知らずでの。魔法で何とかできると踏んでおったが、あっさりと捕まって、従者が次々慰み者になっての……わらわももう少しぐらまらすだったらタダではすまなかったはず」
「測量中に偶然アジトを見つけたら、白いエルフが酷い目にあっていた。……まあディオールとのよしみもあったから、その場で山賊を皆殺しにしたら……いたのがこのアイリーナだったというわけだ」
……思ったより凄惨だった。
「いや、痺れたぞ? 颯爽と現れて、次から次へと山賊の首をネジ折って捨てるダークエルフ女の大活躍! 相手がオーガでも獣人でもお構いなしに、20人もいた山賊が3分で一人残らず絶命しておったからのう」
「まさか北の森のエルフがお忍びで旅行しているなんて思わなかった。……あの時の侍女たちは?」
「半分は異種族の子を孕んで追放、半分は残ったが、精神的にもう二度と森の外には出られぬだろうな」
「……そうか」
ハーフエルフにまつわる話としては、ありふれた話だ。
そうして生まれてしまった子が、親の絶望と周囲の迫害の中、あるいは誰かの飼い猫のようになって一生を主人に捧げ、あるいはスレて人一倍苛烈で刹那的な生き方に溺れたりもする。
「わらわの世間知らず、一族の閉鎖性、そして生き物としての弱さ。そういったさまざまなものが絡み、あの従者たちには可哀相なことになってしまった。……だからといって引っ込むばかりでは何百年か先に同じ事が起きるだけ。それでは救われぬ」
「なるほどな」
アイリーナ女史が森と一族を外に向けたいという願いは、それに対する悔恨もあったのか。
「多かれ少なかれ、どこの氏族にもある話です」
「穢れた血の者は、森には置けない。穢れたものは、追放する。それはどの氏族でも同じ事よ。隠し立てすれば自分さえ危ない。棄てられてしまうの」
「エルフの命は永いが、ただそれだけ。光の精霊の寝所、そして一族との繋がりがなくなってしまえば、どんなものを頼りにして生きていけばいいのか、誰にもわからぬ。エルフはそういう種族よの。……それでは、いかんのだが」
ゴルクスやクリスティの言葉を受け、しみじみとアイリーナが総括する。
そうだ。
どんな種族だってそう。そこに大地と空があるだけでは生きられない。
生きる目標と、支えあう家族や仲間と、そして生きるための仕事。
それら全てを奪われれば、それは殺されたも同然。その先に、希望を見出せるのはほんの少数だ。
恐れる気持ちも、無理からぬことではある。
「……ふん、くだらねえ」
それをディエルは吐き捨てた。
「光の精霊の寝所? 一族の純粋? ……そんなの、何の意味もない。光の精霊はあそこにはいない。純粋だからって何がもらえるわけでもない。今の北の森のエルフはそれこそ永らえているだけだ。刺激物を消し去った世界で、永らえることを目的に永らえてるだけだ。……だから」
立ち止まったディエルは、不意に拳で壁を叩く。
壁に、いきなり光の筋が走った。まるでドラゴンスレイヤーのような虹色の光。
そして、壁が目の前で開いていく。
「到着だ、闖入者とエルフ有志の諸君。ここに聖獣と呼ばれたものがいる」
「ディエル……!?」
ディエルは、黒々と開いた壁の奥を見据えて、祈るように、歌うように。
「だから…………だから必要なんだ。 生きて死んで、それでも何かと繋がる未来を祈る意志が。それでも生まれてこようという何かを待ち望み、その先を夢見られる、生きた命の意志が」
「何を言っている、ディエル!」
アイリーナがディエルに一歩踏み出す。
その先にある深い闇の中に、不意に光が点り、急速に広がる。
そして、白光が満ちて。
「見ろ。狂おしいほどに何も変わらない清浄の気の中で、存在することだけしか望まれぬ、誰一人として省みぬ無限の生命の末路だ」
そこには、巨大な生き物がいた。
巨大な一角馬……
だったはずのものが。
「何……これ」
アップルが呆然と呟いたのが、みんなの第一印象だ。
そこには大量の頭と足と角と、目と耳と骨。
それらを無節操に生やした、部屋いっぱいの、白い塊がある。
「ほ。悪趣味極まるの」
「これが……聖獣?」
ライラとマイアにディエルが頷く。
「例えば、君ら自身がただ一人、絶対に、何をしても死ぬことのない永遠の静寂にいたら、どうする」
「……乗り手を探し、冠として戴く。それが竜のさだめじゃ」
「だが聖獣は遠くへは行けない。探すことは出来ない」
「……退屈じゃろうが、そういう縛りなら致し方あるまい」
「だが、聖獣は考えた。……何をしても決して死なないなら、自らを割り裂いて話し相手を作ってはどうか」
「何を……まさか」
「聖獣はその強大な力で自らを割った。話し相手は、できた」
ディエルは淡々と言う。
「割られて双頭となった聖獣は、自らを相手にいろいろなことを話した。だがそのうちお互いにも飽きた。そしてまた割った」
「…………」
「割られた頭の中には自分の足を欲しがるものもいた。自分の目を増やして楽しむものもいた。割った自分の分身たちを、聖獣は制御できなかった。彼はひとりではなくなった。だがその強大な力は共有され、たくさんの知性が好き勝手にお互いを滅ぼし、叩き割り、それでいて死なない、無駄できりのない遊びの道具となってしまった。彼自身をしても、もう制御できなくなってしまった」
「何故、そんな……どうしてそんなことを知っているんだ」
「さあね」
ディエルが笑う。
その笑顔が、一瞬一角馬の顔とダブった。
「まさか!」
アイリーナたちが驚愕する。
「ど、どういうことだよ」
俺の疑問には、珍しく真剣な顔のライラが答えてくれる。
「ほほ。……赤の氏族長ディエルは、摩り替わられていたようじゃな。その醜いなれの果ての、割れた一粒に」
……ええ!?
「本物のディエルをどうした!」
ゴルクスが叫ぶ。
ディエルは肩をすくめた。
「その辺にいるんじゃないか?」
「!!」
肉。
白い肉。聖獣の筋肉とも内臓とも皮ともつかないもの。
「……なぜ、こんな……!!」
「だってノコノコやってきたんだもん。そんでもって一人で光の精霊の寝所がどうとか、こんなことが氏族会議に知れたらとか言ってうるさくて。……案の定、イラついた『頭』の一つに取り込まれちまった」
「だ、だからといって……!!」
「離れたら死ぬことを考慮すれば、外に出ることはできる。だから俺は、記憶を読み取って移し身を作り、ディエルの代わりに外に出た。……ああ、とてもいいタイミングだ。俺が滅ぶ前にここにお前らを導けて、よかった」
デイエルはゆっくり片膝をつく。うずくまる。
そして、うめくように言葉を続けた。
「ディエルは生きてる。助けたきゃ助けろ。そして聖獣をどうするかはお前らが決めろ。もう聖獣本人には決められない」
「っ……!!」
「封印するもよし、ドラゴンブレスで焼き払うもよし。……どうにもできなくても、文句は言わない。ああ、なんつったって聖獣だ。だが……できることなら」
顔を上げるディエル、の代わりだったもの。
「この聖獣ブレイクコアを元に戻してやって、そして自らを割り裂くようなことのないようにしてやってくれないか。元は自分とはいえ……こんなの、ねえだろ」
ただ、そこにあることを望まれ。
他の誰にも省みられぬ孤独に耐えかね、たくさんのものに増えたはいいが、ただ現状維持以外の正義を知らず。
自己愛を重ねて、ひたすら意味もなく、身内同士で縛りあうだけの未来しか選べない淀んだ生き物。
それは、どこまでもこの森のエルフと似た、末路だった。
「…………」
どちゃり、と倒れて、そのまま肉片となり、引き寄せられるように聖獣の中に還っていくディエルだったもの。
「……ディエルを、助けて下さい」
「お願いします」
クリスティとゴルクスが頭を下げる。
アイリーナは口を押さえながら、震えている。
正直こんなグロいのは勘弁してもらいたいところだけど。
「……なあライラ。自分を切り裂いてでも話し相手が欲しいほどの寂しさって、どう思う?」
「わからぬ。……わからぬが、可哀相な奴じゃな」
「だよな」
俺たちは、互いがいる。大好きな相手がいる。だからそんなことなんてもう想像もつかない。
だが、コイツはそこまでしてでも自分以外の誰かに会いたいほど寂しかったのだ。
その果てに、こんな会話どころじゃないものに成り果てて。
このままじゃ何の未来もない。それはなんとかしてやりたい。
「じゃあライラ。……悪いけど、戦いを命じていいか」
「ほ。そなたは我の飼い主。何を躊躇う」
「よし」
後ろにいるみんなの顔を見る。
一様に戦意がみなぎっていた。
「やるぞ!!」
(続く)
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