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 それから数時間ほどで王都近くへと到着した。
 トロット王都は周囲に三つのドワーフ鉱山を有する人口10万の大都市だ。
 ドワーフ鉱山とはその名の通り、ドワーフのいる鉱山。正確には山に限らず、大規模ドワーフコロニーを兼ねた鉱脈のことを言う。
 彼らの鉱脈探知能力は魔法をも超越する奇跡的なものがあり、希少金属であればあるほど、大鉱脈であればあるほどドワーフが集まる。
 それが一定以上の規模になるとドワーフ鉱山と呼ばれる。これがひとつでもなかなか大したものだというのに、三つもあるあたりがこの王都の特色であり、工業大国の首都たる貫禄だ。
 無論鍛冶の本場中の本場であり、大剣聖の全力使用に百回耐えられる剣は王都でしか鍛えられない、というのが鍛冶業界の定説だ。
「ここから見る分には変わってないな……」
 遠目に王都を眺めると、懐かしさと同時にちょっとした怖さが胸に沸き起こる。
 最後にあそこにいたのはトロット戦争終結直前。徴兵されて基礎訓練を受けるまでだ。それからしばらくして国境近くの陣地で実戦訓練を受けている最中に戦争が終わり、そのままセレスタに引っ張られた。もう七年前だ。
 セレスタの属国としての王都はどうなっているのだろう。俺のいたスリード工房は、俺の借りていた下宿は、いつも食っていた食堂は、よくぼんやり空を眺めた公園は、どうなっているのだろう。跡形なく壊れてしまっていないだろうか。
 そんなことを考えていると、アンゼロスにぽむぽむと背中を叩かれた。
「行こう」
「……あ、ああ」
 王都から南数キロ、乗り合い馬車の駅近く。
 ここにまた俺たちの馬車を隠し、王都に入るのだ。
「とりあえず、オーロラは私と司令部に来てくれ。それから……ライラもだ」
「ほ?」
 ライラが意外そうな顔をする。
 そりゃライラの存在は今まで秘密の秘密で通してきたのだ。意外だろう。
「一応これからトロット国内活動の承諾を得に行くんだが、名目上は『ライラのドラゴンパレス間移動と、偶然それを知った私たちが監視で付き添い』ということにする」
「隠さずに言ってしまえばよかろう」
「それでもいいんだがな。下手すると今後一生アンディに監視の影が付きまとうことになりかねない」
 ……そういえば確かにそうだ。
 ドラゴンは未だ人類にとってアンタッチャブルの存在。どういう理由があるにしろ、それを乗り回す奴がいたら軍隊としては普通放ってはおけないだろう。
「鬱陶しいのう。こう、プチッとしてしまいそうじゃ」
「やめてくれ。……いや、そういう態度でいくか。お前は尊大で横暴で人間やエルフなんかどうでもいいドラゴンの一匹、私の説得に応じて顔見せに行くが邪魔をしたら食ってしまうぞ、という態度でいい」
「ほ。言っておくが、人間は噛み殺すことはあっても、食用にするにはマズくてドラゴン間では不人気なんじゃぞ。牛や馬の方がよほど美味じゃ」
「そんなことはそれこそどうでもいい」
「……まあそうじゃの」
 あっさり流せるデイアーネさん。やはり強者の余裕だ。
「セレンと姉上たちは私たちの防寒用の服を見繕っておいてくれ」
「……確かに今から行くとポルカは雪の中ですねぇ」
 ぽむ、と手を叩くセレン。
 言われてみればそうだ。バッソンは滅多に雪など降らないから、ここ数年全く気にしていなかった。
「僕とアンディは……王都の中を少し見て回ってもいいでしょうか」
「うむ。まあ気をつけてな、アンゼロスは心配ないだろうが、アンディはゴロツキに絡まれでもしたらひとたまりもないからな」
「わかっています」
 アンゼロスが拳を胸につけて敬礼。
 気は緩めません、という意思表示なのだろうが、黒い鎧がなくなってから久しくしていなかったので、薄い服の胸に拳をつけてもちょっと締まらない感じがする。
「ま、気張りすぎることもないだろ。気楽に行こうぜ、アンゼロス」
「う、うん」
 軽くアンゼロスの肩を叩いて力を抜かせ、俺たちは乗り合い馬車の停車駅へ向かう。


 王都の市街地は、はっきり言って本当に七年前のままだった。
 変わったことといえば、ちらほらとエルフ系の種族が、うちの仲間以外にも見受けられることくらいだ。
「……すげえなあ」
「うん」
 昔の王都を知っている俺とアンゼロスはそれだけでびっくりしてしまう。
 昔はハーフエルフ(知らない人にはエルフと見分けがつかない)が耳を隠さないで歩こうものなら、大人は汚いものを見るような目で遠巻きに歩き、ジジイは杖を振り上げて威嚇し、子供は面白半分に石を投げるのが常だった。
 エルフはひたすら、招かれざる客だったのだ。
「しかし……どこのエルフなんだ?」
「え?」
 俺は疑問に思ったことを口にする。
「セレスタの白エルフっつったら森林領の住人くらいだろ? でも森林領出身の兵士が出たのはここ数年。森林領の外に出たエルフは、まだほとんど数はいないはずだし」
「言われてみれば……まさかアフィルム帝国の?」
「小競り合いは続いてるんだろうに、そんな馬鹿な」
 まさかわざわざ聞きに行くわけにもいかず、俺とアンゼロスは遠目に彼らを見ながら考え込む。
「北方エルフ領の住人ですよ。セレスタの積極貿易政策で少しずつですが交渉が始まったんです」
「え」
「!?」
 俺がびっくりして首をめぐらせ、アンゼロスがまるで絵をめくったような速度で身構える。
 背後に、綺麗なブレストプレートを着た若い兵士の姿があった。
「ようこそ王都へ。セレスタからの旅行ですか?」
 アンゼロスに睨まれているというのに、彼は全く気にした風でもなく軽く手を上げて挨拶をする。
 目の細い、なんとも穏やかな顔つきの男だった。俺より若そうだ。
「誰だ君は」
「あはは、ちょっと驚かせすぎましたか。茶目っ気だったんですが」
 若い兵士はコツコツとブレストプレートの胸を親指で叩いてみせた。
「トロット王国軍・王命剣聖旅団第48隊隊員……っていうとカッコよかったんですがねえ」
 溜め息。
 胸の徽章は、セレスタ軍のもの。
「今はセレスタ軍トロット軍団、第7歩兵隊の、エクター・ランドール……十人長ってことになりますかねえ」
「剣聖旅団……」
「はい、これでも剣聖です。ちょっと自慢です。いえセレスタ式にはエースナイトでしたっけ。剣聖の方がかっこいいんでついそう言っちゃうんですよねえ、なった時には剣聖でしたし」
 あっはっはっ、と糸目の男は笑う。
「剣聖って、その歳で……?」
 少し驚いたようにアンゼロスが呟く。
 トロット軍団に限り、トロット式の剣聖試験は今も続けられているが、今は形だけで叙任称号はエースナイトのはずだ。
「はい。実は私、最後の剣聖試験合格者でして。ああドンジリとか言わないで下さい」
「言ってない」
「あははは、すみませんちょっとそれでイジメられてトラウマでして」
 どんな剣聖だよ。
「…………」
 アンゼロスは身構えるのをやめ、背筋を伸ばす。こいつがとりあえず危害を加えるような奴ではないと判断したか。
「僕らはトロット出身のセレスタ北方軍団団員だ。ちょっと里帰りついでに、ポルカの霊泉で彼の足を治そうってことになってね」
「へえ。こんな可愛い女の子が」
「軽い奴だなあ。でもお前みたいなの嫌いじゃないぞ」
 なんかアンゼロスが言おうとしたが、俺は態度で制する。実際可愛いんだから、可愛いと言われて喧嘩腰になっちゃ損だ。
「俺はポルカのアンディ・スマイソン」
「……僕は」
 アンゼロスは数瞬迷って。
「……アンジェリナ・ノイマンだ」
 妙な名前を名乗った。
「アンゼロス?」
「……セレスタでは男の恰好してたからそう名乗ってるけど、トロットに住んでる間はこの名だった」
 衝撃の新事実だ。
 というかクラベスの刻紋の先生、あなた実はなにげに超能力者ですか。
「ノイマン」
 糸目の男エクターはそう呟いて首を捻る。
「エルフさんで、ノイマン?」
「……もういいだろ。僕と彼はちょっと急いでるから」
「あっ」
 俺を引っ張り、歩き出そうとしたアンゼロスを、エクターはパッと肩掴んで追いすがる。
「思い出した」
「何を思い出したか知らないけどまた今度な」
「あなたシルフィードのノイマン会長の娘さんじゃあ」
「違わないけどまた今度な」
「ええっ!? ちょっとちょっと待ってくださいよ」
 エクターはどったどったと追いすがった。
「私の許婚じゃないですか!」
「え」
「は?」
 アンゼロスとびっくりして顔を見合わせる。
 エクターは俺たちが止まったのを見て、安心したように溜め息をついて。
「いえ、そうなるかも知れないという話で……」
「どういうことだ」
「……? まだノイマン会長に聞いてませんか?」
 エクターは不思議そうな顔をした。
 ……どうなってるんだ?

(続く)


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