トロット王国はその名の通り王を専制君主として戴き、公侯伯子男の五爵の貴族をもって全土を統治する伝統的な封建制国家だ。
セレスタに敗れて属国となった現在も基本的な枠組みは変わらないが、特別諜報旅団による内偵調査を経て、あまりに劣悪な統治能力しか持たない貴族はその爵位を強制的に剥奪され、土地に見合った商業能力へ回復させる代行統治が施されている。
意外と腐った部分は多かったらしい。全土の三分の一にメスが入り、その首が挿げ替えられる事態となった。
後任の貴族には土地の豪農や豪商を据えた。これだけ聞くとまるでセレスタの功績はトロットにとって全くの福音、慈善事業のようだが、要はセレスタ人がトロットに住みたがらないだけだったりもする。
土地に根付いた意識は変えられるものではない。街という街がほとんど人間族ばかりのトロットは、多くの種族が入り乱れるセレスタ人の意識に対して抵抗が強い。
かといって強引な統治に打って出て、彼らとの関係をこじらせても意味がない。戦ってまで手に入れたかったのは土地でなく、一時的な財産でもなく、彼ら民衆の持つ優秀な工業力なのだから。
その改革の中でランドール侯爵家は、領地経営能力はトップランクに位置付けられている。
つまりセレスタお墨付きの安泰の貴族。その上、ここ50年で剣聖を18人も出している、文武両道そのものの名家だ。
「そのランドールとウチが許婚になる理由が思い当たらない」
アンゼロスは憮然とした表情で言った。
「シルフィード商会だって大商会なんだろ?」
「でも、所詮はただの商人だ。一夫一婦が基本のトロットで、貴族の長男の嫁に欲しがるようなものじゃないはずだ」
アンゼロスがそう言い切ると、エクターはぽりぽりと頭を掻いた。
「色々と複雑な話になってるみたいですけどね。私だって顔も見た事ない女性と結婚が決められるのは乗り気じゃなかったんですが」
「じゃあいいだろ。金輪際僕と君は無関係だ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。だってこんなに綺麗な人だなんて思わなかったんです」
アンゼロスは冷たい目。
……俺の時はちょっとした言葉のアヤでも誉めると照れるのに、極端な奴。
「アンゼロス、ここはちゃんと事実関係を確認しに行った方がよくないか」
「アンディ」
「だってお前のお袋さん、すごくお前を可愛がってたんだろ? わざわざセレスタに行かせてまで夢を叶えさせたくらいだ。それなのに結婚なんて大事な話、勝手に進めるのは変だろ」
「…………」
アンゼロスは考え込む。
そしてしばらくして、硬い顔で頷いて、俺を見つめた。
「一緒にいってくれるか」
「もちろん」
頷いて、松葉杖を突いて歩き出す。
エクターが慌ててついてきた。
「わ、私も行きますよ」
「…………」
アンゼロスは無視した。
……エクター、なんか可哀相な奴。
王城から続く目抜き通りから一本外れた住宅街に、アンゼロスの生家があった。
「でけえ……」
「まあ、こんな王都の真ん中でハーフエルフの僕を完璧に隠し通したくらいだから」
「なるほど」
庭は騎兵隊が行進できそうな広さ。
建物に至っては、まるで城……というのは言い過ぎにしても、少なくとも平民の家というには無理がある。
下手すると百人隊が5つくらいは寝起きできるんじゃないだろうか。
「い、いきなり来て入れてもらえるのか?」
「帰れと言われたらそれはそれで別にいいだろ。二度と来ないだけのことだ」
「おいおい」
門番は片方が若く、アンゼロスの耳を見て怪訝そうな顔をしていたが、そいつが何かを言う前にもう片方の年配の門番が慌てて飛び出してくる。
「あ、アンジュ様!」
「カーン、久しぶり」
「お、お久しゅうございます。よくぞお戻りになられました」
門番はそれだけ言うと、急いで門を開けにかかる。
「アンジュ?」
「……親しい人や赤ん坊の頃から知ってる使用人はそう呼んでた」
「なんか出世魚みたいだ。アンジェリナ、アンジュ、アンゼロス、斬風剣」
「斬風剣は関係ないだろ」
そうこうしているうちに門が開かれ、門番たちは直立不動で俺たちを通す。
「行こう、アンディ」
「ああ」
正直ちょっと気後れするけど、アンゼロスに裾をぎゅっと握られていては引くに引けない。
まあ、それに。
「…………」
アンゼロスを放す気は、もうない。
「……アンジュ! アンジュじゃないの!」
「母上、久しぶり」
「本っ当に! たまには手紙をよこしなさいって言っておいたじゃないの」
「ごめんごめん。忙しかった。……言った通り、私、エースナイトになれたよ」
「なんてこと。パーティを開かなくちゃ」
アンゼロスの母であるシルフィード商会の会長、リンダ・ノイマンさん。
だいたい50歳くらいのエネルギッシュな感じのおばさんだ。太っているわけではないが存在感があり、やたら広くてガランとした印象だった応接間は、彼女の登場で一息に色をもった感じがする。
「それに、ランドール卿のせがれ? せっかちだねぇ」
「ハハハ、ええその、そこで偶然娘さんにお会いしまして。美しいですねえ彼女」
エクターは例の穏やかな笑顔で挨拶する。面識はあるのか。
「……それで、彼は?」
エクターに向けた社交辞令的な笑顔を残したまま、リンダさんはアンゼロスに俺の紹介を求める。
「彼は……アンディ・スマイソン。私の同僚で……」
「ご主人様、かい?」
「!?」
アンゼロスが顔を強張らせる。俺もビクッとしてしまう。エクターも愛想笑いのまま硬化した。
リンダさんは口元だけで笑ったまま、目は俺を射抜くような光をたたえている。
「今朝方、特急郵便でシュランツのレイノルズから手紙が届いてね」
「!!」
シュランツ。
……例の、ノイマン家の元使用人か。
「アンジュ。私はいつも言っていたはずだよね。卑屈な生き方だけはするなと。ハーフエルフだからって、人間に媚びるような背筋の曲がった女になるんじゃないよと」
「母上」
「それとも、知らないでやってるのかい? 他人の名前の入った首輪は、国によっては奴隷の印だ。彼に騙されてそんなもんつけて歩いてるのかい?」
リンダさんの目がほんの少し細まる。
……凄い威圧感だ。
けど。
「違う」
俺はアンゼロスより先に否定した。
「全部承知の上で、俺の趣味です」
「…………」
リンダさんは毒気を抜かれたようにぽかんとした。
「あ、アンディ……」
アンゼロスはこめかみをもみほぐす。ちょっとディアーネさんっぽい仕草。まるでアホな弟をどうしてくれようか、って姉の顔だ。
うん。でも間違ったことは言ってない。
俺がやらせたのとアンゼロスが自分で望んだの違いはあれど。
……ここで弱気な顔して得なんかないのは、さすがに俺も学んでる。
「アンゼロスを奴隷と言う気は無いですけどね。でも、間違いなく俺の女です。そう主張するための首輪です。……俺たちがこの家に来た目的は、その事実に邪魔が入らないか確認したくて来たんですよ」
「……はっ、このシルフィードのリンダ・ノイマンにここまで威勢良く啖呵切る若い奴なんて何年ぶりかね」
リンダさんは不敵に笑い、背を向けた。
「ついてきな。アンジュ、それにランドールの坊やも」
次へ
目次へ