アンゼロスが取った宿はシュランツでも中堅クラスのホテル。
まあ観光資源のある古都ともなると、中堅とは言ってもなかなか上等だ。
「あまり長逗留は出来んな」
宿賃の表を見たディアーネさんがちょっと苦い顔をする程度には高かった。
「すみません。でもエルフ込みでこの人数となると、安いところでは……」
「さすがに断られるか」
「……はい」
アンゼロスが気まずい感じで愛想笑いする。
確かに飛び込みで8人、そのうち半分以上がエルフ族となると、大半の宿では渋い顔をされるだろう。
いくらトロットがセレスタに降ったとはいえ、エルフが依然としてトロット人にとって歓迎される存在でないのは変わりなく、経営者の偏見を差し引いても、そこにいるだけで他の客との揉め事の種になる。
そこを呑んであくまで客は客として捌きつつ、万一のことにも対処できる宿となると、三流どころではとても務まらない。
「ほ。まあよいではないか、いずれ明日には王都とやらに発つのじゃ。この街は行き道にすぎぬ」
「……確かにそうだな。本格的に逗留する必要があるのはここではない、か」
そりゃそうなんだけど、ちょっと残念に思う俺がいる。
「ちょっとぐらい観光していきたかったかもしれない」
「んだな」
ジャンヌも同意してくれた。
「これだけ立派な鍛冶屋の並んでる街は初めて見るだよ。工房とかゆっくり眺めたかっただなー」
「……鍛冶に興味あるのか、ジャンヌ?」
「ないドワーフの方が少ないだよ?」
ドワーフの鍛冶師といえば煤だらけのマッチョなおっさんを反射的に想像するが、言われてみればあまり男女差別をしないドワーフのこと、女の子でも鍛冶の素養があってもおかしくない。
「いずれ俺が軍をやめたら、お前が右腕になるかもな」
「十人長も鍛冶屋になるだか?」
「……言ってなかったっけ。俺、鍛冶屋の息子だから。……まあしばらくは兵士続けるけど、折をみて鍛冶修行し直して鍛冶屋継ごうと思ってるんだ」
あまり深くは考えていなかったけれど、ポルカに帰るということは、否が応にも俺が気まずくて避けてきた故郷と向き合うことになる。
親父はセレスタ軍に溶け込んだ俺を駄目なコウモリ息子と怒るかもしれないが、もし継がせてくれるなら、というかそのためにまた鍛冶屋修行をしろと言ってくれるなら、編成の時期になったらその道に戻るつもりでいる。
「十人長は根っからの軍人かと思ってただ」
「どこをどう見たらそうなる。そういうのはアンゼロスみたいなのを言うんだ」
アンゼロスがちょっと憮然とした。
「確かに剣ぐらいしか取り柄はないけど、それほど兵隊向きなわけでもない」
「ええー?」
アンゼロスを指して、クロスボウ隊の誰が「兵隊向きじゃない」なんて言うだろう。
「じゃあナニ向きなんだ? お前の主観として」
「……う、ううん」
悩み始めた。
「……け、剣士……」
「兵隊じゃない剣士って」
むぐ、と詰まるアンゼロス。
迷宮冒険家や用心棒など、軍とは関係ない剣士も少なくはないが、アンゼロスがそういったものに向いているとはとても思えなかった。
「……じゃあ、その……ええと、メイド?」
「…………っっ」
「何笑ってる」
想像したら意外と似合っていたのでつい吹いてしまった。
メイド。メイドか。
最近ようやく、女の子らしい所作に違和感を覚えなくなってきたところだ。フリフリミニでお掃除するアンゼロスも悪くないかもしれない。
でも。
「お前家事得意なの?」
「……そ、その……必要になったら覚える」
「それ、向き不向きと違うじゃん」
「うぅ」
ちょっと凹んだ。
「……だ、だったら僕に何してろっていうんだ」
「?」
「お前が軍やめるなら僕だってやめるんだぞ。その後、ぼんやり引き篭もるわけにもいかないんだから」
「……そ、そうか」
……いやちょっと待て。
「それとこれとは関係あるようでないと思うぞ」
「まあまあ。別にその時になって考えてもいいじゃないか」
ディアーネさんが割って入る。
「百人長はどうするんですか」
「私か。……そうだな、また医者でもやるか」
「だーめー。それは私のお仕事ー」
「姉上はタルクに自分の診療所があるだろう」
「ディアーネちゃんってば、意地悪。……用が済んだらポイするの、アンディ君?」
「あの、いえ、ポイとかそういう問題ではなく。真面目に旦那さんの帰りを待ってあげたほうがいいんじゃないかと思います」
「ぶー」
「その点、私は安泰ですねー。ポルカで薬草農園作ってましたしっ」
「ほ。我はたまに飛龍便とやらの真似事でもするかえ?」
ワイワイと近い将来の転職話に花を咲かせる。
そんな中、オーロラだけが頭を抱えていた。
「……わ、わたくしも剣以外に取り柄が……」
が、頑張れ若人。
翌日、夜明けとともにえっさほいさと丘を登り、また馬車に乗り込む。
金色の夜明けの光の中、丘から眺める古都と、その周りの見渡す限りの麦畑と果樹園はまた格別に綺麗だった。
「もう刈り入れの季節かな」
「こうして見ると豊かだな。砂漠や山地が多い我がセレスタにはなかなかない景色だ」
馬車の入り口から豊穣の大地を眺め、ディアーネさんが目を細める。
「平和に貿易できていればよかったのだがな……」
「え?」
「元来セレスタの民は土着意識が強い。本来はトロットの土地などにあまり興味はないんだ。前回のトロット戦争はひとえにトロットの工業力がどうしても急務として必要だったに過ぎない。領土は倍近いセレスタ全土に、ドワーフ鉱山の数はたったの8山。対してトロットは33山。その工業力が、どうしてもアフィルムとの戦いで必要だったんだ。だがトロットは当面の敵を我々と目し、国交を遮断した」
「だから戦争でこじ開けた……」
「まあトロットは剣聖とパラディンを交換留学させたくらいだ、アフィルムとの関係が悪くはなかったし、自慢の剣聖旅団があったからな。例えどちらから攻められたとしても凌ぎきれる公算もあったんだろう。倒してしまったが。……アンディ。何故我々がトロット王家を放逐せず、トロット王国を破壊せず、属国という形で維持しているか、わかるか」
「…………」
「我々が欲したものを提供する、トロットの商業能力を再構成する労力が惜しいからだ。国家の枠組みを破壊すると少なからぬ間、その地域の商業能力は低下する。我々は決して弱い国ではないが、そうして壊れた国を建て直す力も、無力な難民を養う力も充分とは言えない。無責任な話だが、セレスタ商国はトロット王国に上得意でいて欲しいだけだ。今後も完全に領土化することはないだろう」
「……そうですか」
それは、俺はこれからも自分で故郷を完全に捨てて帰化しようとしない限り、セレスタ人になれないことを意味する。
もし俺が、俺たちが、ともにいることを願い、次の生活を始めるとすれば、その事はいずれ大きな壁になるだろう。
ディアーネさんは、説明だけして黙ってしまったが、真意はきっとそこにあるのだろう。
「ほ。そろそろ飛んで良いか?」
「……ああ」
ディアーネさんが扉を閉める。
「頼む、ライラ。行ってくれ」
俺が馬車内に現れたちびライラに頼むと、外から羽ばたきがばっさばっさと聞こえてくる。
「行くぞえ」
段々と、俺たちは俺たちの未来の欠片へと近づいていく。
そのことに少しずつ恐れを抱きながら。
次へ
目次へ