前へ

 ──我はお主を愛してはおらぬ。
 ──その気性、好んではおるが、それだけじゃ。
 ──当然じゃろう?
 ──我とお主は未だ知り合って幾月とは経っておらぬ。
 ──愛を語るにはまだ時が少なかろう。
 ──誰かを好きになることとは、顔や気性、移ろうやも知れぬ相手の美点に自らの想いの掛けどころを見つけるということ。
 ──誰かを愛するということは、その移ろいをも許す境地に達するということじゃ。
 ──お主の美点を我は好んでおる。子を産む程度なら是非にと思えるくらいにはな。
 ──じゃが、お主でさえあれば何をも許すというところには至っておらぬ。
 ──そんな相手に、絶大なまでに力余りながらそんな程度の繋がりの相手に、気を許すとどうなるか、わからぬかえ?

 血の赤。
 引きちぎれた上半身。腕。飛び散った内臓。
 僅かに霞みがかった視界は、薄暗い。
 なんとか読み取れるこの光景の背景は……砂漠大迷宮だろうか。

『う、うっ……うあ、あ……ガリィっ……うああああっ……!!』

 耳に、涙声が響く。
 ライラが号泣している。今まで聞いたこともない、ライラの心底からの哀しみの声。
 いつまでもいつまでも、亡骸を前に、固まった血を舐めるように伏して、泣き続けている。

 ──思えば、我はガリィを愛することはできておらなんだ。
 ──あれだけ、我はあの男が好きだったんじゃがな。
 ──正体を打ち明ければ、単純なあの男がどうするかなど、わかっておったろうに。
 ──竜は絶対悪、一匹狩れば千人が助かると誰もが信じて疑わなんだ時代じゃ。
 ──それでも、我は、我を愛してもらえるという一縷の望みを捨てきれなんだ。
 ──それでいながら、あの男が首を取りにきた時、その行動さえも許せる境地に至ってはおらなんだ。
 ──この首ひとつであやつは英雄になれたじゃろう。きっと幸せになったことじゃろう。火竜戦争の終息まで何年もなかったにせよ、あやつはきっとそれまでは幸せに生きられたことじゃろう。
 ──自らの全てを許して、愛して欲しいと思いながら、結局我はあやつの正義を許してやれなんだ。自分から打ち明けておきながら、想いはその程度でしかなかった。
 ──我はお主を愛しておらぬ。
 ──力の契約をするということは、そんな我をすぐ傍に置くということ。いつ噴き上げるかもわからぬ火口の傍に身を置くということじゃ。
 ──お主が気に食わぬ真似をしたとあらば、いつその身をガリィのように細切れにしてしまうともわからぬ。
 ──お主だけではない。もしかしたらいつか嫉妬にかられ、セレンやディアーネやアンゼロス、ジャンヌさえあんな肉塊にしてしまうやもしれぬ。我にとっては草を千切るのと大差ないのじゃ。
 ──その責を負う覚悟があるのか。
 ──それでも我を捕まえ、お主のものとしてかたわらに置くことができるのか。
 ──無理にとは言わぬ。我は適当で、気楽な女じゃ。もし契約をせずとも、気が変わるまでならお主を手助けもしよう。抱かれもしよう。
 ──心せよ、アンディ・スマイソン。
 ──我は黒竜。何もかもを焼き尽くす炎を身に秘める、黒竜じゃ。


次へ
目次へ