世界各地の言い伝えに、ドラゴンライダーと呼ばれる種類の伝説がある。
 それはドラゴンを御する者。巨大なドラゴンを自在に乗りこなし、あるときは国々の隙間の巨悪を、あるときは怒り狂った邪悪な竜を、またあるときは天災を相手に戦うという、人やエルフやドワーフの勇者の物語。
 実に絵になる伝説なので、それを題材にした絵画や歌曲も多い。
 が、その存在に関しては、知識人の間では懐疑論が多数派らしい。
 ドラゴンが乗り手など必要とするものか、という単純な疑問があるのだ。
 これが一般に飛龍と呼ばれる、5mサイズの翼竜ならまだわかる。彼らの知能はよくて家畜程度、しつければ乗り手の手綱捌き以外にいくつかの口頭命令は聞く、というのが限界だ。彼らは乗り手がいて初めて戦術行動が可能になる。
 しかしドラゴンは人間以上の知力と魔法知識を持ち、冗談のように強くて、なおかつ人界の騒乱に対して静かに中立を堅持する、一種の神仙のような存在だ。戯れに街や国家の守護獣となることはあったとしても、人間一人の意思に押さえつけられる理由が全く考えられない。
 その彼らにただの人間やエルフ、ドワーフが手綱をつけ、乗り回して人界の脅威を除くなど、現実的に見て考えづらい。
 だからドラゴンライダーはあくまで伝説の存在だ。
 遺跡文明の時代になんらかの手段でドラゴンより上に立った人間はいたかもしれない、と言われてはいるが単なる想像の域を出ず、現実にはありえないというのが知識人たちの出した結論だった。


「竜に首輪を嵌めるということは、ドラゴンライダーとなることじゃ」
「……えっ?」
「お主の故郷にもひとつくらいはあろう。ドラゴンに乗って天空を駆けた小さき者たちの物語。我に所有の証をつけるということは、その責を担うということを、心せよ」
 ライラは真剣な顔で言う。
 こんなに静かで、感情の凪いだライラの顔を見るのは初めてだった。
「……だって、お前……お前からこの首輪を作れって」
「…………」
 ライラがしばらくじっとこちらを見て、ふうっと溜め息をつく。
「そうじゃったな。お主は人間、しっかり認識していたつもりじゃったがまだ少々我らの感覚で言っておった。……我らにとっての、そういった所有の証とは、笑い話で済まされるものではないというのを先に話すべきじゃったの」
「?」
 ライラは視線の圧力を緩めた。
 部屋全体の緊張感が抜け、スッと軽くなる。
「最初から説明してくれ。我々にはドラゴンの風習などわからない。というか、アンディはまたやらかしたのか」
「またってなんですか」
「私に剣を贈ったような、思わせぶりな行動だ。種族限定の」
「…………」
 あれは割とディアーネさんが思いつめすぎだったと思うわけですが。なんで俺がそんな風習を理解してると思ったんだろう。
「まだ、坊やは何もしておらぬ。まだな」
 ライラは腕を組み、微笑んだ。
「まず、……そうじゃな。我らにとって、交尾がお主らほど重大な行動でない、というところから話を始めなくてはならんか」
「は?」
「人にとって、交尾は最大の愛情表現であろうし、最愛の相手に限って取るべき重要なものであるということは我も知っておる。じゃが竜は……まあ誰が相手でも良い、というほど野放図な者はあまりおらんが、ただそれだけならば年毎に相手を変えてもあまり問題視されぬ程度のものであることは知っておいてほしい」
「そ、そうなのか」
 牛オーガコロニーみたいなもんだろうか。争奪戦上等、みたいな。
「我らにはそもそも人の世における婚姻のようなものはない。胎に子を詰めておっても、竜を害せる外敵はほとんどおらぬし、子も子で親がなくとも勝手に成長できるくらいには強い。生殖を理由にそこまで縛りあう必要は何もないのじゃ」
「……なるほど」
「じゃが、それでも婚姻に相当する、生涯を懸けるに値する誓いというのは存在する」
 一息。
 緩んだ視線をまた引き締め、俺にしっかりと合わせるライラ。
「竜とは力の塊。それも、破壊することに尖りきった力じゃ。その気になれば、ただの一夜で山を湖に変えることすらできるが、反して創造する事に関しては人と大差ない。多少魔法に長けておっても、ディアーネのような才能ある者なれば手の届く範囲にすぎん。半端に知恵をつけた我らは、その不均衡を恐れておる。恐れながら、それでもどこか、自らの力を腐らせたくないという本能もある」
「……?」
「竜の価値観はシンプルじゃ。善と悪を定めるはただひとつ。心にて力を御するを善、力にて心を御するを悪という。力余る我らにとってどちらが易きかは明白。じゃからこそ、我らは求める。力を御する心を。否、我らの力の責を負う者を」
 わかって、きた。
 つまり。
「性愛より生殖より我らを強く縛るは、この力を御する心の契約。我らにとって、人の婚姻に相当するは、この力を所有し全ての責を負うという、その誓いじゃ」
 ライラはそこまで言って、もう一度俺を試すように声色を低くした。
「今までもいくらか戯れに力を貸してきたが、アンディ・スマイソン、我が力を専有するつもりはあるか? それとも我の気まぐれに任せるまま、力を借りたい時に気が向かなくとも不運と割り切り、我の機嫌に怯えるままに、今のままの間柄を続けるか?」
「ちょっと、待て」
 確かにそれは重大な話かもしれないが。
 話がうますぎやしないか。
「俺はお前の力を専有する。それはいいとして、そこに何か悪いことがあるのか?」
 心せよ心せよと言う割に、俺にどんな覚悟を求めているのかがわからない。
 なんだかいいことずくめで気持ち悪いのだ。
「ほ」
 ライラは、イタズラっぽい目つきになる。
 しかしいつも俺にスケベないたずらを仕掛けるときとは微妙に違う。挑発的で、邪悪な雰囲気の微笑だった。
「見た方が早い。ほれ」
 ライラがこちらに手を伸ばす。
 一瞬、意識が歪んだ。


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