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 オアシスの街・タルク。
 このあたりで一番の巨大オアシスを中心に発展した街で、ダークエルフコロニーにしてオーガコロニーでもある。この街だけでなんと1万人のダークエルフと8000人のオーガが住んでいるそうだ。
 エルフにしろオーガにしろ、せいぜい数百人程度のコロニーしか見たことがなかった俺にはほとんど異世界だった。
「周辺の小さい集落を含めると、このあたりのオアシス地帯全体では7万のダークエルフがいると言われている」
「へえ……」
 街の中を歩きながら説明される。まあ人間の街ならトロット王都は10万都市だし、クイーカなんてそれ以上だけど。ダークエルフがそんなにいるということ自体、ちょっと想像の範疇を超えていた。
 もっと小ぢんまりした、せいぜいこの十分の一くらいのコロニーだと思っていた。
「ダークエルフは随分せせこましい街を作りますのね。まるで人間の街のよう」
 日干しレンガで作られたタルクの街を見回しながら、オーロラが言う。
 ディアーネさんは苦笑した。
「まあ、森エルフと比べてくれるな。我々には緑豊かな恵みの森はないから、どうしても他種族と仲良くしなくてはならないし、森エルフに比べて家族意識も強い。寄り集まって暮らした方がメリットが大きいんだ」
「ふぅん……」
 道ゆく人、みなダークエルフ。時々オーガ。
 そんな街を興味深げに眺めるオーロラ。一応エースナイト試験のために首都クイーカは訪れていることだろうが、人間以外の他種族のコロニーなんて初めてなのだろう。
 ……17歳といったら俺だとトロット戦争直前か。やっぱりポルカと王都以外知らなかったんだよなあ、その頃。
「それより今夜はどこに宿を定めるのじゃ? さすがにこの一行じゃと奇異の目が痛いのう」
 ライラがぼやく。それは手ぬぐい二枚で乳と腰だけ覆って歩いているお前の恰好にも問題があると思うんだが。なんであのまま服置いてくるんだよ。
「……ま、確かにな」
「森エルフにハーフエルフ二人、人間二人にドワーフにドラゴ……むぐぐ」
 数え上げようとしたらディアーネさんに口をふさがれた。
「アンディ。……ライラがせっかくうまいこと潜りこんでこれたのに、わざわざ往来で正体口にしてどうするんだ」
「す、すみません」
 うっかりしていた。
「とにかく変な一行なのには変わりないよな」
「クラベスほどじゃないけど、人目を集めているのは感じますしね」
 特務百人長とアンゼロスも同意する。
「そうだな。宿は私の家を使おう。何、客の七人八人で困るようなところじゃないから安心しろ」
 ディアーネさんが歩き出すのに従い、ぞろぞろと続く俺たち。
 思えば大所帯になったもんだ。


 このコロニーから政治家が選出されているということは、その政治家は少なくともコロニーリーダー級の人物であるわけで。
「ようこそタルクへ。当コロニーのリーダーで、ディアーネの兄のカルロスと申します。妹がお世話になっております」
「……お、お世話になります」
 ディアーネさんの父が大臣なら、コロニーリーダーは彼の息子ということらしい。
 カルロスさんはディアーネさんの92人の兄弟の次男で、柔和な雰囲気の眼鏡の青年だった。青年といっても見た感じで既に俺より年食ってるわけで、しかもあの1000歳のアシュトン第六大臣の次男だから、なかなかの年齢と思われる。
「730歳だ」
 俺の疑問を聞き取ったかのように、ディアーネさんが呟く。
「728歳です」
「変わらんだろう」
「いいかいディアーネ。そういうドンブリ勘定は君のような荒い仕事では通じるんだろうが商売の世界では致命的なんだよ? うっかりお釣りを渡し間違えてお客を帰してみろ、それまでどれだけ誠実に商売していても『あの店は釣り銭詐欺をやる店だ』と言われたらそれでもう積み上げた信頼なんて地に落ちるんだ。いつも言っているがね、腕力で動くものは所詮腕力で奪われるものでしかないんだよ? その世界の大雑把な感覚で物事を断じてもらっては困るんだ。お金のやり取りは所詮小セコい打算とハッタリでしかないと思うだろうが、長い目で見るとやはりこれは積み重ねた信頼と親愛で繋がる世界なんだ。いい加減ディアーネも腰を落ち着けてタルク商工会の仕事を覚えてだね」
「……客を立たせて身内に説教というのは勘弁してくれないか、兄上」
「……こ、これは失礼」
 ダークエルフだけあって若く見えるがそこはそれ、やはり年寄りということか。
 でもなんとなく自分の仕事に誇りがあるのは見て取れる。いい人なのだろう。


 俺たちはカルロスさんの邸宅の庭にある離れを貸し与えられた。
 離れといっても三階建ての石造建築、広さは並みの宿屋を軽く凌駕するくらいある。ディアーネさん入れて八人分の宿には充分すぎる大きさだ。
「部屋は自由に使って下さって構いません。知っての通り大家族でして、いざという時の泊まり部屋には苦労しないようにしているのですが、皆飛び回るタチでして。この敷地内で実際に使われている部屋は三割もない有様で」
「ま、そういうことだ。多少大きい声を出しても心配ないぞ……?」
 ディアーネさんが俺に囁くと、耳をピンと立てたカルロスさんが目を吊り上げて振り返る。反応の早さからして、そっちのことも気にはしていたらしい。
「ディ、ディディディアーネっ!? ま、まさかその、その、そんな、そんな人間とまさかっ!?」
「そんなとは何だ。……まあ、剣を貰った仲ではあるがな」
「お、おおおおおおにーちゃんはそんなの知らないよ!? 今初めて聞いたよ!?」
「言ってないからな。……紹介しとこう。彼が私の恋人で人間族のアンディ・スマイソン。トロット人で優しくて気が利いて手先が器用で、父上に負けないほど夜に強いんだ」
「ストーーップ! な、何、今どこまで進んでるの!? A? B? 夜に強いとか何だよ!?」
「無論、運がよければもう子供が出来ていてもおかしくないところまで」
「ノオオオオウ!!」
 カルロスさん。あなたの家系の男は取り乱すと面白い人ばかりですか。
「うわーん! ディアーネのばかー!! おにーちゃんもう知らないかんなー!! 畜生滅び去れヒューマン!!」
 泣きながら走り去った。愛されてるなあディアーネさん。
「……しかしなんか物騒な事言ってますが」
「いいんだ。兄はああいう奴だから」
 数秒して戻ってきた。
「言い忘れてたけど朝ご飯は八時に僕んちの方の食堂だかんなー!!」
 また走り去った。
「……いい人ですね」
「うん。それは間違いない」


 急な訪問で、カルロスさんちも夕食八人分も余計に用意は時間がかかるという。
 さすがにそれは悪いので辞退し、夕食はとりあえずタルクの街の屋台料理を楽しむことにした。
「私の方は姉上の所在を確かめてくる」
 ディアーネさんはそう言って離脱。まあそうかからずに戻ってくるだろう。
 で、ライラが気勢を上げる。
「よし。呑むぞえ!」
「待て、お前さっきまで呑みまくってたろーが!」
「ほ。古来竜には酒と相場が決まっておろう。我を酔い潰すに、たったあれだけで済むと思うのかえ?」
 この色々な意味で底抜け竜は。
「ふ。……俺もお供しますぜ」
 特務百人長がライラの背後にかしずいた。……ああ、そういや酒かなり好きそうだなこの人。
「十人長、アタシも呑んでくるだよ」
 ドワーフはいくら呑んでもまず正気は失わない飲酒特化種族だからいいとして。
 ……その三人がいきなり目に付いた酒場に突入するのを呆然と見送り。
「スマイソンはいいのか? お前も酒好きだろう」
「……いや、今はちょっとな」
 足が健在でディアーネさんがいるならともかく、今外で正気を失うのは危険すぎる。
 本当はかなり呑みたいんだけど、昨日の今日でまたディアーネさんに心配をかけるわけにはいかない。
 アンゼロスと顔を見合わせて。
 ……見合わせる瞬間にズクンと、特務百人長に見せていたあの顔が、レリーフのように焼き付いているあの顔が胸でうずいて。
 俺はアンゼロスの顔を見つめずにスルーして、松葉杖で大股に歩き出す。
「お、おいっ」
「……お前も、特務百人長についていかなくていいのか?」
「何だよそれ……」
 一人で屋台をあたりにいく俺。何故かついてくるアンゼロス。
 ……そういえばオーロラとセレン、どうしたんだろ。


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