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 それはそれとして、俺の足の療養やアップルの治療、そして原隊復帰など、今後のことを考えると出発は早ければ早いほどいいということで、ライラはヘリコンの街のみんなにお別れ会だ。
「うおおん、ライラ様、いかないで下され」
「我々一同ライラ様を心よりお慕い申し上げます、是非とも連れて行ってくだされええ!」
「とは言うてものう。ここも良い街じゃ、寂れてしまうのは忍びない。たまに遊びに来るから、今後もここで待っていてはくれんか」
「なんとありがたきお言葉」
「そのお言葉だけで我々生涯をここの守りに費やしても悔いはありませぬ」
 主にヒートアップしているのが憲兵隊の連中だというのがまたアレだ。
 しかし一般市民も、リザードマンの行商人も集まってきて別れを惜しんでいるところを見るに、ただの変態憲兵のパフォーマンスでもなさそうではある。
「ドラゴンの加護は何より心強い話だからな。それで人をとって食うわけでもなし。いや、ことによっては2、3人生贄を捧げてでも、ドラゴンのお気に入りの街になれるなら安いと思われているだろう」
 ディアーネさんはそう解説してくれる。
 確かに治安のよくないセレスタ、そして砂漠と森林領との境目にある、いつはぐれモンスターなどとの戦いに巻き込まれてもおかしくないヘリコンだ。強い君主が欲しいというのは市民みんなの想いなのだろう。
「心配せんでもよい。竜の翼なら例え砂漠の向こうからでもヘリコンなどすぐじゃ。どこにいようとも遠くなどない」
「おお、ライラ様……!」
「そうだ。今回はライラ様との別れではない。ライラ様の旅立ちなのだ」
「う、うむ、我々は見捨てられたわけではない、ライラ様のお帰りを待つ大任を命ぜられたのだ!」
「そうだ! ライラ様万歳!」
「ラ・イ・ラ! ラ・イ・ラ!」
 ポジティブだなあ。
「というわけで、別れの杯を酌み交わす暇をくれんか。なあに、日が傾いてからでも100km程度なら夜までには着くからの」
「あ、ああ、いいよ」
 やっぱり別れでも酒だ酒だ、なヘリコン市民。ある意味、すごい楽しい街かもしれない。


 ちょっとだけ暇が出来たので、今のうちに道具の買い足し。
 俺たちがライラの知り合いだということは知れ渡ったので、色々な店でオマケや値引きをしてくれる。ちょっとセコいが、俺も裕福なわけではないので今は利用させてもらおう。
「お、火打石……これはよさそうだ、とと」
 商品を手に取ろうとして、松葉杖から重心が脱落してよろめく俺を慌てて支えるセレンとジャンヌ。
「はは、いいね兄ちゃん、両手に花で、しかもライラ様のお気に入りか」
「ハハ。で、これ、火の出はいいの?」
「悪いのなんて置かねえよ。ほくちもサービスするぜ」
「お、景気いいね。買った」
 ほくちとは火打石と一緒に持って火花で引火させる綿だ。消耗品なので助かる。
 と、そこで懐かしいデザインの小ビンを発見。
「あ、これ」
「おお、昨日入ったんだよ。トロット教会印の祝福の塩」
 流通量は少なそうだが、しっかりここまで届いているらしい。懐かしいトロットの食卓のお供だ。
「安くしとくよ、どうだ」
「ふた瓶もらえる?」
「あいよっ」
 一緒に包んでもらう。
 ひと瓶はアンゼロス用だ。こないだ砂漠迷宮で借りたし、ここのところ世話にもなってる。安いお返しではあるけど、今の微妙な距離感で、誠意と感謝を少しでも見せられるタネがあるならいいだろう。

 その瓶を持って、宿の周りでアンゼロスを探す。
 少しでも喜んでくれるといいな。
 と、ぴょこたんぴょこたん松葉杖で大股歩きしていると、宿の裏手にあった広場でアンゼロスを発見。木々の向こうでよく見えないが、剣の練習をしているようだ。
 手の中の塩瓶を確かめて、近づこうとする。が、その視界の中で、アンゼロスがいきなり消えた。
「!?」
 驚いて塩瓶を落とす。それを拾おうと慌てて、そして思ったより近くで金属のぶつかり合う音がしたのでさらに慌てる。
 顔を上げると、ほんの3mのところでアンゼロスと特務百人長が鍔迫り合い。それも一瞬のことで、すぐに飛び離れて消える。
 上空で、遠くで、近くで、明後日の方向で、目の前で。
 次々と場所を変えながらアンゼロスと特務百人長が剣戟を重ねる。
 一瞬ずつ見えるアンゼロスの目は真剣そのもの。対する特務百人長はまだまだ余裕という感じだ。武器もアンゼロスに合わせてショートソードだし、力の差を感じる光景だった。
「っだあああぁぁああっ!!」
 ブンブンブン、ガン、ギン、ガン、ブンブン、ガギンッ!!
 空振りの豪快な音と、打ち合う音が不規則にあちこちで鳴らされる。
 アンゼロスの雄叫びも、遠く近く。
 いつもならズンと構えて後の先を取るのがアンゼロスの戦法だが、この動きはルーカス戦で見せた新しいものだ。本当は、重い鎧を着けないアンゼロスにはこれだけの動きを見せる力があったのだ。
 その華麗さに見とれる。
 そして、特務百人長はそのことごとくをかわし、捌き、いなして外し、最低限度の力でアンゼロスの突撃を処理してのける。
 やっぱりこの人は、強い。
「ほい、よっ、と!」
「っく!?」
 アンゼロスが大振りした隙を狙って特務百人長は足払い。勢い込んだアンゼロスは豪快に転び、体で芝生の上を削っていく。
 特務百人長はそのアンゼロスにすぐ追いついて、アンゼロスの持つ剣を踏みつけ、首筋をトンと自分の剣の柄でつつく。
「ほれ、俺の勝ち」
「うぐ……」
「参りました、は?」
「……参りました」
 ぺとん、うつぶせに地面に伸びるアンゼロス。
「アンゼロス十人長は高速戦になると途端に攻めが強引かつ単調になるな。なんだ、まだ長時間の機動戦闘は体がついていかなかったりするのか」
「いえ、そんなことは……」
「まずは落ち着け。相手が走り回り始めたからって惑わされるな。見えていればいつでも追いつける。……それにあの『斬風剣』を上手く使えよ。ドラゴンはどうだか知らんが、普通は誰だって空は歩けない。一度引っ掛けちまえば数秒間、行動の選択肢をメチャクチャ限定できるんだ。相手を問答無用で吹っ飛ばせるのはすげえアドバンテージだと思うぜ」
「はい」
 アンゼロスはやっぱり剣士なんだなあ、と思う。
 最初は悔しそうだったけれど、特務百人長の講評を聞いているうちにどんどん素直に、真剣に、ワクワクした表情になっていくのがわかる。
 やっぱり剣士、前衛同士にしか通じ合えない部分が存在するのだろう。あんな顔は俺に見せてくれたことはない。
「……あとさ、俺の事をいちいち特務百人長って呼ぶのやめねえ?」
「はい?」
「呼びにくいだろ。ジークとかベッカーとか、普通に名前で読んでくれ」
「え、えっと……じ、ジーク……特務百人長」
「それじゃ余計長いだけだろうが!」
「は、はい。その……ジーク、さん」
「よしよし。代わりにお前のことはアンゼロスでいいか?」
「え、ええ、それは構いませんが」
 …………。
 なんだか、見てはいけないものを見ている気がしてきた。
 いや、見られていたってアンゼロスや特務百人長は気にもしないだろうけど。俺が見てはいけないものな気がしてきた。
「……戻る、か」
 草の上に転げた塩瓶を見て、取るのは諦めて。
 そのまま、そっと宿に去る。

 そういや、そうだ。
 特務百人長は俺よりもハンサムで強くて結構気さくで、アンゼロスにはいろいろと好感度高い。上着貸したりとかもしてたし。
 俺は俺で、ディアーネさんやセレンやライラやジャンヌと好き放題乱交しまくっといて、アンゼロス自身には何もまともに話し掛けられない体たらくだ。
 アンゼロスから見たらどう見える。
 アンゼロスにしたらどう思う。
 ……大体、あの時俺はアンゼロスを助けようとして結局アンゼロスに守ってもらった、ただのドジっ子じゃねーか。
 ちょっと気のある素振り見せられたからって舞い上がるほどのものか?
 むしろ、なりゆきとはいえ女をこれだけ引っ掛けて、まだアンゼロスまで欲張ろうなんて、これじゃルーカスと何が違うってんだ。
「うあー……」
 自惚れてた。
 なんでアンゼロスと特務百人長が絶対くっつかないなんて思えたんだ?
 なんであのまま、悠長に関係改善した末にそのうち俺とくっつくなんて都合のいいこと考えられたんだ?
 アンゼロスは可愛いし、真面目で気立てもいい。特務百人長はアンゼロスより年上だが、元々異種族、どうせ俺もちょっとしたらすぐに老いて長寿の彼女たちより先にぽっくり逝くんだ。歳の差なんて関係ないっちゃ関係ない。
 なんだよ。完璧じゃんか。
「……でもダメージでけえー……」
 チェックアウト直前のベッドの上で、俺はゴロゴロ転がる……と感覚のない足を知らずに傷めるかもしれないので、ただグデーンと伸びたままに一人で唸る。
 うん。何もかも自業自得の自意識過剰。誰にも文句なんか言えない。
 だからもう、とりあえず一人で唸る。いいじゃんこれぐらい許してくれ。
 と、そこでコンコン、と軽やかにドアが叩かれた。
「誰?」
 一瞬アンゼロスかと思って、どんな顔をしようかと胸の中にとっ散らかったグチャグチャを無理矢理整理しようとする。
 が、帰ってきたのは、別人の声。
「オーロラですわ」
 不謹慎にも安心してしまった。とりあえず不機嫌でも反応が鈍くても、付き合いの浅いオーロラになら「ちょっと疲れてるから」とでも言えば誤魔化せる。
「いいよ。入って」
「失礼いたします」
 オーロラはドアを開けて優雅に一礼。ドアを閉めて鍵をかけ、そして伸びている俺のベッドまで、静かな足音を立ててゆったりと進んでくる。
「何?」
「それはこちらのセリフ……というべきなのでしょうか」
「?」
「いえ、まあ、お気遣いなく。全てわかっておりますから」
 何を言ってるんだオーロラは。
 と思って首をもたげる。
 そしてびっくりした。
 何午前中の日の高いうちからスケスケの薄布のネグリジェ着てるんだ。
「ふふ。つまり、要はルール無用の寵愛争いということですのね?」
「お前は何を言っているんだ」
「本来、殿方のお誘いもないうち、女の方から色仕掛けなど品性の欠片もないと切って捨てるところですが……今回ばかりは悠長なことを言っているような事態ではないと、ようやく理解しましたわ」
「いや、だから何。何でそうなるの」
「スマイソンさん。……わたくしも寵愛を戴きたく思います」
「は?」
「わたくし、ライバルはアンゼロスさんと存じておりました。そしてスマイソンさんは人間の世の倣い通り、一人の女性だけ愛することを道義と心得ているものと、今朝まで思っておりました」
 しっとりと俺にしなだれかかりながら、目を覗き込むようにしてうっすら微笑むオーロラ。いつもの凛とした雰囲気からは想像しにくい表情だ。
「ですが、あのセレンという混ざり……いえ、ハーフエルフはともかく、ディアーネ様やあのドラゴン、そしてドワーフまでをも既に夜の序列に加えているとなれば話は違います。……わたくしは、あなたとじっくり恋を育て、いずれはエルフと人の世の掛け橋となる愛を、と悠長に考えておりました。ですが、私はあなたにとって唯一の姫たること叶わず、またあなたは王でも貴族でもなく、世継ぎを多く残す必然もない。自らを磨いて待っているだけで男性に誘われる夢を見られる、社交の世界の恋とは根本的に違うと悟りました」
「いや、そこで縁がなかったと諦めて他にいくのが普通じゃ……ほら仰る通り俺貴族でもなんでもないし」
「わたくしに負けを認めろと仰いますか」
「何と戦ってるんだお前は」
 こいつ、態度はちょっと変だけど本当は割と常識人だと思ってたら、やっぱ根っから変だ。
「わたくし、一度決めたことは決して諦めないのが身上ですの。他に敵がいるというただそれだけで、初恋を諦めるなど言語道断ですわ」
 初恋は実らないものとかそういう言葉はエルフにはないらしい。
「……略奪愛もまた華麗な愛のひとつの形。わたくしの実力で、ディアーネ様よりもあなたの寵愛を多く奪ってみせましょう」
「い、いや、初恋ってのはわりと別の衝撃を勘違いしてるのが多いって言うからホラ。軽々しく体の関係持ったりしたら後で絶対後悔すると思うし」
 自分で言ってて白々しいが、オーロラは今までで一番勘違いっぽい。
「ご心配なく、人間よりもわたくしたちの時間は有り余っています。死が二人を分かつその時まで添い遂げてなお、熱情を恥じるには若すぎるくらいですわ」
 そして世の中には勘違いを突き抜けるまで押し通して生きてる奴も多い。オーロラは多分そのタイプだ。
「だ、だって俺浮気者だぞ? 寵愛とか言って調子に乗せてるとルーカスみたいに勘違いしちゃうぞ? いくら一番取ったってそれで落ち着くとは限らないし」
「それでも構いませんわ。幾度でもあなたの一番となってみせましょう。さあ、あなたの寵愛を下さいな」
 最後の抵抗も潰される。
 今の俺はダッシュで逃げようったって逃げられる体じゃない。
 半ば失恋した直後だけに、その熱情と温もりはひどく心地いいけど。
 ……ああ、俺って駄目人間だ。駄目人間なのに。
「んっ♪」
 オーロラは興奮した舌使いのキスで俺を侵略する。
 くそ。もう知らないぞ。あとでアンゼロスみたいに幻滅したって責任取らないぞ。


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