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奇跡的に、ディアーネさんの大立ち回りで死者は出ていなかった。
「別に死んでも構わないつもりで殴っていたんだがな」
ディアーネさんはお茶を呑みながら真顔で言い切った。怖い。
「他ならぬアンディが死にかけたんだ。……もしライラがいたらクラベスはなくなっていたぞ」
「あー」
「……確かに」
セレンとアンゼロスが頷く。ベッカー特務百人長とオーロラは「?」という顔をしていた。
ホテルの一室。セレンとディアーネさんの部屋。
3室取ってあって、俺と特務百人長で一室、あとアンゼロスが一室。
んで、和解の証にとりあえず挨拶をしようということになって、オーロラを招いて夜のお茶会を開いている。
ちなみに俺はディアーネさんのベッドの上だ。手当てのし直しでさっきまでは大変だった。
「スマイソンさんは本当に人望がおありですのね。あの戦神ディアーネ様にそれほどまで大事にされているなんて」
「その、様っていうのはやめてくれないか。据わりが悪い」
ディアーネさんは居心地悪そうな顔をする。
「わたくしの一番の憧れの方ですわ。最強にして謙虚、天才にして努力家、カリスマにして人情家」
確かにその通りなんだが。こうして言葉にしてみると本当に信じられない生き物だなディアーネさんって。
「わたくし、昼間にスマイソンさんと同じ刻紋の体験学習を取っておりまして。……これまで剣にのみ生きてきた身、何か他にも嗜むものがあれば、と思い立って受講したその日に、あれだけの紋を刻むスマイソンさんと出会い、思った以上に楽しく学びました」
視線が痛い。みんな俺に注目しないで。なんだよその「またか」って目は。
「ですがそれより何よりわたくしが運命を感じたのは、閉講後のこと。わたくしが幼稚なプライドに駆られてアンゼロスさんを侮辱しかけた時、スマイソンさんはセレスタという国を学べと、そう仰いました。あれからずっと考え、わたくし、あまりにも自らの世界が狭すぎる事に気づきました。人間に、短命の人間に世界の広さを教わるなんて……と思いつつ、やはりわたくしは何につけても誰かを見下す蓄積などないと気づきました。何と反抗しようにも、わたくしの完敗でした。……ただの人間に、それも剣で比べたわけでもないただの人に、ここまで心揺さぶられるとは思っておりませんでした」
「あの、俺、そこまで色々考えて言ったわけでは……」
「しかもそのスマイソンさんが、その日のうちにあの兄に勝つだなんて。あの短慮で好色で脳内お花畑で気障で外見ばかり気にするどうしようもない俗物だけれど戦いだけは誰にも負けなかったあの兄に、スマイソンさんが勝ってみせるなんて。世界の広さを、人間の可能性を、改めて感じました」
「いや、別に俺がルーカス将軍に勝ったわけでは……」
「わたくし、これでもあの男の妹です。今となっては意味のないことですが、この血筋だけは、この街で誰も無視することは出来ません。今後兄の手の者を避けるためにも、わたくしがしばらくご同行させていただくのが最善だと思いますの。もちろんわたくし自身の遊学も兼ねますけれど」
なんだかどんどんいつものパターンになってるぞ。
みんなそんな目で見てないであいつ止めてくれ。
こればっかりは俺のせいじゃないよ。さっきアンゼロス助ける時にかっこいい決意したけどこれは俺のせいじゃないよ?
『……はあ』
特務百人長とオーロラ以外が同時に溜め息をついた。
「ま、確かに彼女の言うことも筋は通ってる」
「正直スマイソンの介助を考えると、今後人手が欲しいのは確かだ」
「うぅ……でも私ちょっと複雑ですよぅ」
介助、と言われて自分がもう片足がないことを改めて思い知らされてげんなりする。
「……しかしアンディの足だが、できればちゃんと手術しなくてはな。きちんと処置しないと太腿も危ない」
「なんとか治せませんかね。……そ、その、治らなかったら治らなかったで、僕が責任もってずっと介助するけど」
「うー、私がするのに……ていうか、多分ポルカに帰ればこんなのすぐ治っちゃうのに……」
てれてれしていたアンゼロスと、考え込んでいたディアーネさんが、ぴたり、と止まる。
数秒ほど宙に視線をさ迷わせて、がたんと二人で立ち上がって、同時にセレンを指差す。
『それだ!』
ベッカー特務百人長とオーロラは、紅茶飲みかけの同じようなポーズできょとんとしていた。
(続く)
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