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 結局この館でウダウダしていても仕方がない、ということで、表立って立ちふさがる気配はまだ見せていない多人数の人影を気にしつつ、俺たちはのこのこ出て行くことにした。
 一応セレンの手で俺とセレンには幻影隠蔽をかけるが、要は蜃気楼が動いているようなもんで不自然極まりなく、気休め程度のものらしい。
「っと。その前に」
 セレンは館を出る前にポンと手を叩き、ぐったりと倒れているルーカスの元にぺとぺと走っていった。
「私もちょっとアンディさんの分のお返しを忘れてました」
「あ、あんまり手荒なことはするなよ」
 もう勝ったのに、これ以上痛めつけても意味はない。セレンのことだから刺して90度捻りかねないので心配して言うと、
「アンディさんて優しいですよね。足切り落とされたのに。こっちも切り落とし返しちゃったっていいんじゃないですか?」
「お前本気で怖いことをそんな笑顔で言うなよ」
「えへへー♪」
 笑って誤魔化した。
 そして。
「それじゃ失礼して……えい」
 踏んだ。
 いや、そりゃもう失礼してとかいうレベルじゃなく。床が木だったら踏み抜くぐらいの勢いで、思いっきり踏んだ。
 ぶちっと。
「AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」
 ルーカスの絶叫が響き渡る。
 ……どこを踏んだかはなんか思い浮かべるだけで痛いからあえて言わない。
「セレン、お前なんてことを……」
「んー、本当はそれこそ五体バラバラにして色々えぐって色々詰めてもまだ足りないくらい憎たらしいんですけど」
「い、いや、落ち着けセレン」
「落ち着いてますよ? ちゃんと時間かからないで済むことだけで許してあげたじゃないですか」
 にっこり笑うセレン。
 ベッカー特務百人長と俺は、白目を剥いてガクガク震え続けるルーカスを見やり、なんとなく顔を見合わせておずおずと頷きあう。
 セレンは最も敵に回しちゃいけないタイプの女だ。

 で、とりあえず俺はセレンに肩を貸され、他の面々は武器を鞘に収めつつもゆっくりと表通りに出て行くと、道幅一杯の歩兵と、その向こうに十何騎かの騎兵が出迎える。
 例の精鋭兵とやらだろう。ベッカー特務百人長が口笛を吹いた。
「往来の邪魔だな。どいてもらえないか」
「ダークエルフが偉そうに言うものだな」
 歩兵の一人がいかにも馬鹿にした口調で言う。こいつは人間だ。ルーカスの血統主義に何かの理由で心酔しているのだろうか。
「将軍宅で誰かが暴れているという通報があってな。……貴様らか」
 通報したのは……執事エルフだろうか。まあドラゴンスレイヤーの一撃とかアホな一幕もあったことだし、ご近所さんがびっくりしてもおかしくはないが。
「暴れたのは将軍だ。酔っていたんじゃないか」
「とぼけてくれる。どちらにしろ貴様らが悪いのだ。将軍は常に正しく、我々は常に正しい」
「宗教はエルフの分野じゃないと聞いていたがね。こりゃ厄介だ」
 特務百人長が肩をすくめると、歩兵たちが殺気立つ。
「やっちまいましょう」
「待て。ジーク・ベッカーだぞ、あいつは」
「エースナイトか」
「なに、エースナイトならこちらにもいる」
「残り二人は女だ。奴ら、何であんなに余裕なんだ?」
 口々に囁かれる言葉。ベッカー特務百人長って特別諜報旅団のくせに随分有名なんだな……。
 で、アンゼロスとディアーネさんは全然知られていない。まあアンゼロスは色々と複雑だからしょうがないにしても、ディアーネさんも知られてないもんだなあ。
「はいはい。お前さんがたが上司に忠実なのはわかったからどいてくれや。せっかくのクラベスの夜だ。ふかふかのベッドでゆっくりさせてくれ」
 特務百人長がひらひらと手を振る。さらに殺気立つ歩兵たち。
 その中から一人の槍を持った兵士が進み出る。エルフの青年だ。
「我々が栄えある南方第二歩兵隊と知って愚弄しますか、ジーク・ベッカー」
「愚弄は別にしてないと思うがな。しかし、栄えあるって割には顔ぶれが随分変わったもんだ」
「!!」
「西の第三歩兵隊、南の第二歩兵隊と言われた時分にはもっと骨のあるジジイが何人もいたと思ったが。なんだ、準兵正兵とエルフばっかりじゃねーか」
「ろ、老兵にしがみついて強さを保つことなどできるものか! 時代は常に流れ、若き力が老いた者を駆逐するのだ!」
「じゃあ栄えあるとか先人の旗を掲げるなよ。あれはあのジジイたちが貰った評判だ」
「く……どこまでも生意気な」
 青年エルフが槍を構える。
 特務百人長がニヤついて身構え……る、その前にディアーネさんが手で制する。
「味方に槍を構えるのか」
「貴様らは味方か。味方が将軍を害するのか」
 ディアーネさんの問いかけに殺気だった青年エルフが即答。
 ディアーネさんは静かに目を伏せる。
「そうか、味方じゃないのか。……私は敵は殺すぞ」
「殺せるものなら! このエースナイトたる私を……」
 言葉を継ぐ前に、青年エルフはディアーネさんに蹴り上げられて8mもの高さに飛んでいた。
 がらん、と折れた槍が地に転がる。
「今の私は気が立っている。……どこからでもかかって来い。全部殺してやる」
 ディアーネさんから本気の殺気が燃え上がる。
 ライラと戦った時でさえ見せなかった、本気の本気の殺意。
 静かな口調に込められた、弾ける寸前の破壊衝動。
「あーあ。……お前らとっとと逃げた方がいいぞ。今の隊長本気でヤバイ。エースナイト10人でも止められないから」
「そ……そんなことがあるか!!」
「我ら一騎当百の第二歩兵隊! ナイトクラスもなきダークエルフ一人に……」
「うるさいうるさいうるさい! 御託はいい、かかってこい! 私の男を傷つけた罪は貴様ら全員の命でもまだ足りん!!」
 ゴウウッ!!
 ディアーネさんが蹴りを中空に放つ。それだけで歩兵が2、30人、跳ね飛んで木々や地面に叩きつけられた。
 アンゼロスが手刀で打ってみせた衝撃波、それをディアーネさんは蹴りで出せる。いや、その気になれば手でもきっと出せる。どんな武器でも。
 それほどの威力の手足が本気でブチ込まれたら、どれだけの戦士が耐えられるのか。
 ディアーネさんは武器を持たないのではない。持つ意味がないのだ。
 今ならわかる。
 ルーカスとは違う。この人は本物の最強だ。
『しかしディアーネと言ったか。無手のダークエルフにしては大したものじゃのう。往時のドラゴンスレイヤーにも近いものを感じたぞ』
 というライラのセリフが脳裏に蘇る。
 ……もしディアーネさんにドラゴンスレイヤーを持たせたらどうなってしまうんだ。
 それこそドラゴン級の災害生物になってしまうんではないだろうか。
「どうした!! 威勢がいいのは口だけか!! かかってこい、かかってこい! そして死ね!! どこからでもかかってこいと言っている!!」
 一人いきり立つディアーネさんに、さすがの歩兵隊改めエルフ信奉者たちも恐れをなす。
 だが、そのディアーネさんを木々の闇の中から矢が狙った。
「あぶなっ……!!」
 声を上げようとする俺の口を、慌ててセレンが押さえる。声を上げると周囲の認識力が集中し、幻影が解けてしまう。
 が、ディアーネさんには矢など物の数ではなかった。
「ふん」
 もういない。
 ルーカスと互角かそれ以上。目にも止まらない速度で既に移動している。いるであろうとわかっている弓手など、彼女には何の役にも立たなかった。
 数秒後にはあちこちの木からエルフの弓手が落ちてくる。一様にディアーネさんに気絶させられていた。
「ば、化け物だ……」
「あんなの勝てるか……」
 腰を抜かした兵士たちが口々に弱気を見せ始める。特務百人長が溜め息をついた。
「は、マスターナイトはみんな化け物だっての。何だと思ってたんだ」
 周囲は阿鼻叫喚の巷。
 あまりのディアーネさんの修羅っぷりに這って逃げるものが続出している。
「く……逃げるな逃げるな!! お前らそれでも誇り高きエルフ領の守護者か!」
 十人長クラスだろう、雑魚っぽいのがそれでも味方を鼓舞しようとしている。
 が、その彼の口元を剣で塞ぎ、優雅に赤毛のエルフが進み出た。
「負けです。引き際を知りなさい、ドーバー十人長」
「……お、オーロラ様」
「強者とはいたずらに戦力を減らさないものです。戦術目標をしっかり把握し、必要な時だけ力を発揮するものです。ただの無目的な突撃玉砕は品がないわ」
「ひ、品って……」
「……ごきげんよう、『斬風剣』のアンゼロス。『白昼夢』ジーク・ベッカー。そして『戦神』ディアーネ様」
「『戦神』……」
「もしかして、あのトロット戦争の……」
「あなたたち、知らずに挑んだのですか。情けない」
 どうやらディアーネさんにも、なんかかっこいい二つ名があったらしい。オーロラはその手のマニアなのかも知れない。
 つーか斬風剣と戦神はともかく白昼夢ってなんだ特務百人長。
「そして、スマイソンさん。……と知らないお方」
 微笑みかけられた。バレてる。
 オーロラは優雅に、あくまで優雅に、悲鳴と絶望の響き渡る緑の道に跪く。そしてディアーネさんに許しを乞う。
「本日は、兄の無礼をお許しください。わたくしの名にかけて、償えるものは償いましょう」
「…………」
 ディアーネさんはゆっくりと拳を解く。ようやく恐怖の大立ち回りが終わり、震えていた兵士たちも隠れていた一般市民エルフもホッと一息ついた。


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