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 俺が持って来ていたロープでルーカスを後ろ手に縛り上げ、セレンが魔法でカバーロックする。これで少なくとも数時間はルーカスを拘束できる。
「こんなことをしてただで済むと思っているのか、ハーフエルフと人間風情が」
「少なくともお前の花嫁になるよりは安くつきそうだ」
 アンゼロスが真顔で返す。
「ドラゴンスレイヤーの餌食になるよりはマシそうですよね」
 セレンがドラゴンスレイヤーを蹴っ飛ばしながら言う。
「目玉くり抜かれてウンコ詰められるよりは楽に行けるだろうよ」
 俺も皮肉を言っておく。
「私を縛ったところであのダークエルフとジーク・ベッカーは助かるまい。南方軍団きっての精鋭300人だ。いかなジーク・ベッカーとて……」
「俺がどうしたって」
「うわあ!?」
 まるで井戸端会議に割り込むように、ベッカー特務百人長がにょっきりと出現した。
 その後ろにはディアーネさんもいる。
「アンディ、なんて恰好だ」
「……しくじりまして」
「しくじったで済むか! 無茶するな!」
 片足の先を炭化させている俺をディアーネさんは泣きそうな顔で見つめ、一発頬を張った後に抱き締める。
 ディアーネさんのおっぱいに顔をうずめてちょっと幸せな俺。
 いや、このぐらいの幸せに浸ってないと今後一生の片足生活に思いを馳せて、心が折れてしまいそうなのだ。
「何故貴様ら、ここに……父上は」
「ディオールとは旧知だ。貴様が生まれる前からのな。茶飲み話をして帰ってきたさ」
 ディアーネさんが冷たい声で言う。
「まさかディオールの息子がこんな奴とは。百年も経てば時代も変わるか」
「な、な、っ……どういうことだ、貴様、どういうことだ!」
「帰ってゆっくり親に聞け。さらっていった娘は返してもらうぞ」
「っっ……!!」
「ああ、それと。……これはアンディの足の分だ」
 ディアーネさんはにっこり笑って、ルーカスの首がヘシ折れてもおかしくないような強烈な蹴りを叩き込み、5mもぶっ飛ばした。


 以下、ディアーネさんの話を元にした再構成。

 元々このクラベスを中心とした森林領は、火竜戦争前後まではどこの国にも属していない緩衝地帯だったらしい。
 火竜戦争で大陸中の街が次々焼き滅ぼされるその前までは、勢力図の関係でどこにも与するわけにいかなかったのだそうだ。
 が、火竜戦争を契機に国家群が再編を余儀なくされ、森林領も紆余曲折の末セレスタへ編入される。渋々という感じで、一応通行は認めるものの経済圏への参入は断っている状態での領土化だった。
 しかし森林領を狙っていた南方ラパール諸島(今はセレスタの軍備が整ったのでどうってことない小国だが当時は強敵だった)からの侵略が始まり、森林領はたまらずセレスタに助けを求めた。
 しかし編入の際に散々渋ってみせた関係で他の商工会からの心象がすこぶる悪くなっており、どこの商工会も積極的な支援を出さなかった。先述のように軍備が整っていなかったので軍隊の活動には商工会からの直接支援が不可欠だったのだ。
 また、裏では話し合いでの編入ゆえに駄々をこねる余地を与えてしまった反省から、ラパール諸島にいったん奪わせてから力で再度奪い返すことで、コロニーリーダーごときの意向など問題にせずに経済圏に問答無用で取り込んでしまおうという腹積もりもあった(らしい)。
 だがそうなれば緑豊かな森林は幾度も戦場になる。森が戦争で受ける打撃は甚大で、修復にかかる時間と手間は計り知れない。森に依存して生きる森エルフたちには致命的だった。
 それを見かねて助けたのがディアーネさん(当時測量技師)だった。
 ラパール諸島の侵略軍の上陸拠点をことごとく叩き潰し、船を片っ端から焼きまくり、戦況をたった数十人の測量チーム(ディアーネさん以外全員非戦闘員)だけでひっくり返して撤退に追い込んだらしい。
 もちろん森エルフたちは喜んだ。さすがに伝統的に一段下に見ているダークエルフに救われたことに屈辱を感じるものもいたが、それでも森の危機を救われたことに間違いはない。特に大喜びしたのはコロニーリーダーのディオール氏で、特別に仕立てた長剣をディアーネさんに贈ったとかなんとか。
 以来、ディアーネさんのオアシスコロニーに対してディオール氏は最大限の友好の意を示してきた。

 が、今回の一件はディオール氏のダークエルフ贔屓が災いして始まる。
 あまりにもディアーネさんの活躍とその美しさが鮮烈だったためか、ディオール氏は子供がいないにも関わらず嫁取りに熱心ではなかった。というか子作りに熱心ではなかった。
 それは困る。コロニーリーダーは決して伊達ではない。エルフはエルフの中で血統に貴賎があり、中でも特に良い血筋の者が指導者階級になる。
 血筋のよさを重視する社会は時として偏執的だ。
 当地の森エルフのリーダーは何が何でも10人は子供を残さないといけないルールがあるらしい。それが数十年も子供の一人も作る気配なくダークエルフの絵姿を見てニヤついているとなれば焦る。
 それでも説得の末、なんとか二人は子供を作った。
 全然足りない。あと8人。
 しかしもう嫁さんは旦那をその気にさせるのに疲れたと言い出す始末。もうこうなったらとにかく子作りさせるために嫁をダークエルフから貰ってきてしまえ。
 とか、周囲が暴走を始めた。
 一方ですくすくと育った彼の息子と娘は、ダークエルフの話になるとアンニュイな顔になる父を不審に思いながらも、森林領を守る為に創設された武芸館で腕を磨き、立派な戦士に成長。
 そこそこちゃんとやっているにも関わらず、子作りに非協力的なだけでディオール氏の頭を心配する周囲と、それを鵜呑みにする子供たちと、一向気にせず仕事だけはちゃんとこなすディオール氏は全く噛みあわないまま空転。
 無闇に自信をつけて森林領の守護神を自称し、マスターナイトと認められたのをいいことに、権勢を駆って暴走する馬鹿息子。
 とにかく子作りをしろホレダークエルフだ、足りぬならオーガだ獣人だ、と次々若い娘をさらってくる周囲。
 別にダークエルフなら何でもいいわけじゃないんだよ、と周囲の無理解に膝を突いて途方に暮れるディオール氏。
 どんどん膨らむ父のハーレムに何か勘違いをして自分もせっせとハーレムを作り始める馬鹿息子、と転がりまくって現在に至る。
 と、そういうことなのだそうだ。


「……剣、貰ってたんですね」
「うむ。お前にナイフにしてもらったアレだ」
「……つまりプロポーズされてたんですね」
「ん? なんでだ?」
 ディアーネさんは不思議そうな顔をする。
「ダークエルフの風習じゃ、刃物を無償であげたら求婚って話じゃありませんでしたっけ」
「無償でならな。あれは武功の褒美として受け取ったはずだが」
「…………」
 ディオールさん。多分ダークエルフの風習を勉強して実行したであろうあなたのプロポーズは、百年経っても未だ彼女にその意図さえ届いていないようです。
「無償というのはお前がやってくれたような、何の見返りもない状態でのプレゼントのことを言うんだ」
 しかもその尻馬に乗った形で、あまり立派じゃないから恥ずかしいっていう理由で金を受け取らなかった俺だけがなんだかプロポーズと理解されているようです。

「さて、しょーもない舞台裏がわかったところで、だ」
 ベッカー特務百人長が割れた壁から外を窺う。
「どうも血筋が人望の代わりってのは厄介だな。腰巾着どもが集まり始めてやがる」
「……ざっと五十人といったところか」
「まだ集まってきてやがりますぜ。どれだけいるのやら」
 ディアーネさんはどうやっているのか、外の気配をベッカー特務百人長に負けない精度で読み取っているらしい。俺を抱き締めたままなんだけど。
「さっき、ルーカスが歩兵隊2個と騎兵隊1個が指揮下にあるようなことを言ってました」
 アンゼロスが報告すると、ベッカー特務百人長が頷いてから微妙に視線をそらす。
「そうか。……アンゼロス十人長、お前、美人だったんだなあ」
「別に顔が変わったわけじゃありません」
「ま、まあそうだが。……目に毒だ、着とけ」
 まだ胸元裂いた鎧下ひとつでいるアンゼロスに、ばさっと上着をかける。
 くそ、ちょっとカッコイイ。俺も脱いで渡せるような上着もってればやったのに。
「……特務百人長の服、腕長すぎです」
「袖まくっとけ。腹は縛れ」
 しかも体大きいと得だよなあ。あそこキュンとくるポイントだよなあ。

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