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「ぐああああああああっ!?」
 赤熱して曲がった細剣を取り落とし、酷い火傷をした右手を晒してルーカスは後ずさる。
 そして俺のほうも火傷どころでない、黒コゲの傷口に変な汗が出る。
 痛みは相変わらずない。というか全身の血液が、燃えさしと氷塊を交互に孕んで逆流しているような異常な感覚がある。
 急場は凌げた。だがこれで本当に生き残れるんだろうか。
 いや、そんなことは後でいい。
 次はこのクソ野郎をどうするかだ。どうにかしないと。
 例え片手を奪っても、奴の力はどこまで奪えているか怪しい。
 奴は球技の選手じゃない。エースナイト三人を相手に勝ってみせるマスターナイトだ。ディアーネさんもやってみせていないそれをやり遂げてマスターナイトになった男だ。強弓を凌ぐクロスボウの速度を凌駕する足も、もう一方の手も健在だ。俺に何ができる。考えろ。諦めるな。ここまでは成功なんだ。考えろ。
「貴様っ……この、ゴミがっ! 人間の、人間の分際でっ!!」
「へへ……いい感じに地金が出てきたな、将軍さんよぉ……」
 口では挑発しつつ頭を働かせる。この男を倒すことはできるのか。
 あのスピードにアンゼロスがついていけない以上無理だ。今みたいな罠も二度は通用しないだろう。
 だが利き腕を潰すことが出来たということは、アンゼロスが打ち負けない可能性も出てきたということだ。それならどうにかならないだろうか。
 手持ちのカードはあといくつある。
 アンゼロスは戦えるか。
 セレンに何か頼めないだろうか。
 足のない俺に何ができる。
 考えろ。考えろ。
「くっ……後悔では済まさんぞ!! 両腕両足を切り落として!! 両目を抉り取って糞を詰めてくれる! 二度と言葉など話せぬよう舌と歯を残らず削ぎ落として、このハーフエルフ女どもと同じ部屋に鎖でぶら下げてやる!! 我らの技術をもってすれば抉った目にも神経を繋げる事ができるのだ、貴様は生きて朽ちながら、この女たちが我が手の中で堕ちてゆくのを見届けて哀れにうめき続けるがいい!」
「は、何が汚れたダークエルフだ、テメエの性根の方がよっぽどだ……」
「それ以上口を開くな下民が!」
 腹を蹴飛ばされる。今さら痛いとも思わない。
 それにしても、エルフも相当な偏屈と聞いていたがここまでとは思ってなかった。
 いや、オーロラや刻紋研究所の先生はちょっと変だったけど悪人ではなかった。こいつが特別選民意識が強いんだろう。
 きっとトロットの貴族みたいに箱入りだったんだろう。こんな奴が郷里最強だってのが運の尽きか。
「忌々しい……アンゼロス、貴様の剣を渡せ」
「何を寝惚けている」
「む……うおっ!?」
 曲がって使い物にならない自分の剣の代わりに、アンゼロスから剣を取り上げようとしたルーカス。だがアンゼロスは斬撃をもって応える。
 危うくかわすルーカス。巻き起こった衝撃波で数歩ほどヨロヨロと後退した。
「貴様、さっきのでまだ力の差がわからなかったか!?」
「今ひとつだったな。もう一度思い知らせてくれるとありがたい」
 その隙にアンゼロスとセレンが俺の前に立ちはだかる。鎧下を自ら切り裂いたアンゼロスは半裸の状態だったがそんなこと気にもせず、セレンは俺の足に医療光術をかけようと飛びつく。
「アンディさん、大丈夫ですかっ……ムチャしすぎですようっ」
「せ、セレン、血は止まってるから足の処置は後でいい。痛み止めみたいな術ないか」
「はい、ちょっと待って下さい。────っ!」
 セレンは俺の血まみれの背に手を這わせ、一点で押し込むようにしながら呪文を呟く。 瞬間、苦しさがフッと抜けた。
「……あ、ありがとう」
「痛みを触覚幻影で誤魔化してるだけです。治ったわけじゃないですからね」
「わかってる」
 自分の足が近くに転がっているのに治るも何も。

 一方、アンゼロスは手を押さえたルーカスと対峙したまま啖呵を切りあっていた。
「よほどその人間が大事と見える」
「少なくともエルフの坊ちゃんの寝言よりはね」
「将軍に随分な口の聞き方だな、十人長」
「ただのセクハラ野郎がいっぱしの将軍気取りとは笑わせるよ。一軍の将を名乗るなら、それなりの品格を見せてみろ」
「私を本気で怒らせたいらしいな。貴様がいくら粋がろうとも、私が本気になればはぐれ者の百人隊などすぐに取り潰せるのに」
「坊ちゃん根性丸出しだな。何か? 女に振られてムカツクからあの部隊潰してよー、とでも軍中央部に泣きつくのか?」
「ふざけるなよ混ざり物。剣を手にしていないからといって私が本当に戦えぬとでも思っているのか。縊ってやる」
「御託はいいと言ったはずだ」
 両者、威勢のいいことを言いあっているが、それだけで、動かない。
 ルーカスは目を泳がせている。武器を探しているのだ。思った以上に剣に頼った戦士らしい。
 対してアンゼロスは、俺とセレンを守る為に動けない。迂闊に自分から打ちかかって、あのルーカスの素早さで回り込まれて俺たちを人質に取られてしまっては、今度こそチェックメイトだ。
 俺も何か援護できれば。
 息吹の封石と刻紋を使えば何かできるはず……と。
 そこで、手の中でカシュッと頼りない音がした。
「!」
 手の中には息吹の封石がある。
 いつの間にか封石が、木炭のように黒ずみ、脆くなっていた。
 握った手に力を入れるとさらに崩れ、サラサラと壊れていってしまう。
「アンディさん……」
「…………」
 そういえば、ライラは「使い捨てだ」と言っていた気がする。
 なるほど。一発撃ってしまったことに変わりはない。
 となると、俺にできる事はもうないという事になる。
「く……」
 アンゼロスにこのまま時間を稼がせるだけではいずれ限界が来る。ルーカスがこのまま武器を思いつかずに延々と脅し続けていたとしても俺たちに反撃手段はないし、ここは敵の懐だ。どこから応援が出るともわからない。
 ディアーネさんたちが用を済ませて助けに来てくれる……のを期待したいところだが、ルーカスの言い分では流石にディアーネさんとて厳しいだろう。幻影の達人のディアーネさんと覗きの達人のベッカー特務百人長だ、決して死ぬことはないと思うが、少なくとも俺たちの面倒まで見られるほど楽勝であることは期待できない。
 どうする。どうする。
「……スマイソン。セレン」
「?」
 アンゼロスが悩む俺たちに囁いた。
「もう少し部屋の隅に寄れるか。襲われる方向を限定すれば守りやすい」
「あ、ああ」
「それと」
 アンゼロスは髪を縛っていた紐を引き解き、パサッと髪を広げる。
「責任取れよ」
「えっ」
「人の嫁入りの邪魔したんだからな」
「だって、アンゼロス、お前……」
 アンゼロスはにっこり笑った。
「色男め」

 そして、髪がフワッと軌跡を描き、アンゼロスが突撃する。

「ぬ、おっ!?」
「はあああああああああっ!!」
 怒涛の斬撃。
 アンゼロスの剣は速い。俺の動体視力では何発放っているのか数え切れないほどだ。
 ルーカスは仕方なくその辺にあった燭台で防ごうとするが、アンゼロスは一切お構いなく叩き切る。
「小癪なっ!」
 ルーカスがステップスピードを上げる。
 アンゼロスはついていく。
 さらに速く。さらに速く。
 どこまでもアンゼロスはついていき始めた。
「なんだと……!?」
「てぇあああああっ!!」
 ルーカスはテーブルを跳ね上げ、蹴りつけてアンゼロスを押し留めようとする。アンゼロスはそのテーブルすら一瞬でバラバラにしてルーカスに迫る。
 ルーカスが恐怖した。
 アンゼロスは明らかにさっきと違う。一皮剥けていた。
 焼け爛れた右手を見て、俺を忌々しそうに睨みつけ、仕方なくまだ熱の残る、曲がった細剣を左手で掴んでアンゼロスに応戦し始める。
 しかし、それではアンゼロスの剣戟に対応しきれない。
「ぬ、ううっ……!?」
 ギャキキキキキキキキキキキッ!!
 速すぎて、岩の上で鎖を引きずったような連続音になる剣戟音。
 常に攻めることしかしなかった、しなくてよかったであろうエルフの貴公子は、慣れない防戦は明らかにつたない。
 程なくしてアンゼロスはルーカスの細剣を叩き折って、攻めの一幕に一区切りをつける。
「く……や、やるな、斬風剣のアンゼロス。それでこそ」
「御託はいらないと言ったはずだ。僕の友達……いや、僕の大事な人を傷つけた報い、まさかそれで済むと思っていないだろうな」
「……く、こ、これだけは使いたくなかったが……な!」
 ルーカスは壁のタペストリーの裏に手を突っ込む。
 無表情に突っ込むアンゼロス。
 だが、ルーカスはそのアンゼロスの斬撃から寸でのところで逃れきると、タペストリーの裏から引っ張り出したものを構えた。
 それは、剣。
 それもオーガ族が使うような、刃渡りだけで2m近くある巨大剣だ。
「ふはははは! 面白かったよ、斬風剣のアンゼロス! だが流石に調子に乗りすぎたな! 言ったはずだ、ここで最強にして至高の存在は私だと!」
 あまりに大き過ぎて、正直言って滑稽な武器だ。
 しかし刀身に複雑な紋様が刻まれ、時々虹色の光を走らせるそれは明らかに普通の武器ではない。
「……ドラゴンスレイヤー」
 ぼそりと、呆然としたセレンが呟いた。
「あれが」
「ええ、アフィルムの博物館で同じようなのを見たことあります」
 かつて火竜戦争を引き起こした超越戦士、ドラゴンスレイヤー。
 彼らの多くが持っていた遺跡文明の武器そのものも、またドラゴンスレイヤーと呼ばれる。
 その武器の多くは百年前の火竜戦争時代に、ドラゴンに恐怖した人々に打ち砕かれ、あるいは封印されたと言われている。僅かに残ったものも、ほとんどが国家によって厳重な管理下にある。
 その特徴は、常軌を逸した破壊エネルギー。振るえば大地が裂け、大波が割れ、雲が消えるという。
 ルーカスは火傷した手まで使って大儀そうに構えているが、あれが伝説のドラゴンスレイヤーだとしたら、どんなにルーカスがハンデを背負っているにしても危険すぎる。
「アンゼロス、逃げろ!!」
「嫌だ」
 俺の叫びをアンゼロスは即答で切って捨てた。
 ……あいつが逃げたら、次は俺だ。アンゼロスは素早くは逃げられない俺を守るつもりなのだろう。
「ふははははは!! その意気やよし! 美しいものは手折られる瞬間もまた美しい!!」
 ルーカスは調子に乗った。
 そして、ぶーんと振り上げ、アンゼロスに向けて剣を振り下ろす。
 ドラゴンスレイヤーの紋様が複雑に展開し、虹色の光を一際強く放った。

 ドォォォォンッ!!

「っっ!!」
 横っ飛びにかわしたアンゼロス。
 ルーカスの重たそうに餅をつくような斬撃は、その鈍重さに関係なく巨大で暴力的な斬撃波を生み出し、数十メートルに渡って地割れを作った。
 もちろん館ごとブッタ斬りだ。随分と風通しが良くなっている。
「ふはははははは! どうだ! こんなものに頼って勝つなどと言われたくはないが、これがある限り私は無敵だ! 散るがいいアンゼロス!」
 あまりの光景に寒気がする。
 あんな適当な攻撃で、それでも数十メートルも建物まで根こそぎ薙ぎ払うパワー。
 そりゃあ熟練の戦士が手にしたらドラゴンとだって戦えそうだ。
 手詰まりだ。あんなのと戦えるわけがない。
 ……戦えるわけが。
「いやちょっと待て」
 フッとディアーネさんの顔がちらついた。
 あの人ならどうする。どう戦えと言う?
「…………」
 傍らに転がっていたクロスボウを引っ張る。
 きりきりきり、と滑車でクロスボウの弦を巻き上げる。
 座ったまま矢をつがえ、馬鹿でかい武器を掲げて調子に乗っているルーカスの、その腕を狙う。
「なあセレン。撃っていいかな」
「撃たないんなら私撃っていいですか?」
「後でね」
 引き金を引いた。
 サクッとルーカスの手首を貫通する。
「ぐあああああああああ!?」
 ルーカスがドラゴンスレイヤーを取り落として悲鳴をあげる。
 ……あいつ馬鹿だ。飛び道具や二面攻撃のこと全然考えてねえ。
「チェックメイトだ、ルーカス」
 ルーカスの喉元に、アンゼロスがショートソードを突きつける。
 奴が世間知らずのお山の大将で助かった。

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