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さっきに倍する高速で思考を回す。
さしあたっては止血だ。同じ千切れるんでも傷口が潰れていたりしたのならまだいいが、奴の剣は全くもって綺麗にすっぱり俺の足を切断している。これは血の出ていきにくい要素が全くなしですごくマズい。
セレンは治すと叫んだが、医療光術の力ではせいぜいナイフで表皮を裂いた傷や血豆を消す程度だ。セレンなら自分の命を削ってでも無理矢理力を搾り出しかねないが、それでもこんなケガどうにもならないだろう。
平均的な人間の男はジョッキ四杯も出血するともう間に合わないという。時間はない。ルーカスが邪魔するであろうことを考えても、紐で血管を押さえたり、傷口を悠長に圧迫なんてしている暇はない。
傷を一息で一気に塞ぐ必要がある。
手段を考えろ。できることを思い出せ。何かないか。なんでもいい。
「!」
思いついた。
息吹の封石の炎で傷口を焼いてしまえば……否。
ヘルズボアを焼き殺す炎だ。どうやってちょうど傷口だけを……。
くそ。まだだ。諦めるな立ち止まるな行き詰まるな。
剣聖たちに教わっただろう。敵が強いぐらいでなんだ。武器がないぐらいでなんだ。
傷が大きいぐらいでなんだ。道具が合わないぐらいでなんだ。
それで生きることを諦める気かアンディ。
それでアンゼロスとセレンが辱められるのを許す気かアンディ。
お前の十五年間はなんだった。故郷を出てからの苦労はなんだったというんだ。
総動員だ。なんでもいいんだ、過去の全てを使うんだ。
炎を使うところまではいい。なんとかなる糸口だ、合格だ。あとはこの炎で死なない程度に足だけを焼く方法があればいい。
炎を遠くに発生させる……いや、そもそも息吹の封石の実際の威力を俺はよく知らない。
畜生。どれくらいの大きさの炎がどういう風に出るんだ、とか、ライラに聞いておくべきだった。
賭けるか。ジャンヌを巻き込むかもしれないのに俺に渡したくらいだ。もしかしたら強力な炎が一瞬だけ小さく出て、狭い範囲だけを焼き尽くすのかもしれない。
……駄目だ賭けるには分が悪すぎる。焼身自殺でいいわけあるか。まずは生き残って、それからアンゼロスとセレンと一緒にこの変態エルフをなんとかするんだ。
死んだら奴の交渉の種がひとつ減るだけ。奴は交渉なんかしなくても無理矢理アンゼロスを犯したっていいのに、それじゃ何の意味もない。
炎を制御できればいいんだ。例えばそう、炎をひとつの方向に集束させればいい。それができる、たとえばちょっと深めの岩のくぼみがあれば、その奥に封石を叩きつければそれでいい。この血の滴る足をそこに突き出しておけば、ちょうどこんがり止血できるだろう。
そんなのどこにある。
そうだ、その辺の柱の陰に隠れて柱の向こう側に……そんな暇あるか。そもそも動けねえよ。
くそ。魔法ができればよかった。もっと真剣に習っておけばよかった。治癒や炎の魔法でなんかなくていいんだ。この封石の力を制御するような、そんな技があれはよかっ……ちょっと待て。
あるだろ。
あるだろ馬鹿!
何故今まで思い出さなかった。刻紋は魔法を含めて力の流れを制御する技術だ。
俺はそれに関して珍しく人に褒めてもらえるくらいできたんだろうが。
紋を刻め。早く。
……どうやって?
あれはあの特製ペンじゃないと刻めないだろう。どうやるんだ。
何か代わりになるものがないか。
魔力を込めたものだったら代用できるんじゃないか。
外に一杯ある、あのぼんやり光る石を……くそ、あの10kgはありそうな玉石を使って紋を刻むつもりか?
……そうだ。イチかバチか封石で紋を刻むか。ドラゴンの秘宝だ、本当に魔力的なものがあるのかどうなのかは知らない。でもさっきよりは賭ける価値がある。
さあ、吸収と放出。集束放出。刻紋の基礎だ。簡単だ、一日齧っただけの俺にもできる。落ち着いて描け。
これが決まれば、奴に一泡吹かせられる。まだ死ねない。急げ!
ここまで、3秒。
息吹の封石をポケットから転がし落とし、手の中に隠す。
大理石の床は血で絨毯のようになっているが、問題ないだろう。別に複雑なのを描こうってんじゃない。
左巻きの吸収陣。
そしてそこから繋がる右巻きの放出陣。それだけだ。
吸収量は……まあ少なめでいいか。いくら炎が集束して出ても放射熱で全身大火傷ってんじゃ洒落にならん。
そして放出陣。これはぐるぐると念入りに。
「何をしている、人間」
俺が突然血をかき回し始めたのを見て、ルーカスが眉をひそめた。
ただの死に瀕しての狂気ではないというのがわかったのか。
だがもう遅い。寝返りを打ち、放出陣に千切れた左足の傷口を乗せる。
そして吸収陣の真ん中に、封石を……。
「まだ武器でも隠し持っているのか」
手を蹴り上げられた。
息吹の封石がさらけ出され、セレンが驚く。この期に及んでこんなものを俺がいじっているとは思わなかったのだろう。
「魔法の道具、さしずめ投げつけるタイプか。そんなものを私に当てるつもりだったのか。自慢の変形弓でも当てられなかった私に」
「く……」
「気に食わんな。その手も斬り落としておくか」
奴が芝居がかった調子で、一度腰に差した細剣を引き抜く。横目でアンゼロスたちを見ている。焦って隷従を誓うのを期待しているんだろう。
だが、剣を握ったその手が、ちょうど、俺の左足の傷口の真上、放出陣の射線上に重なる。
千載一遇とは、このことだ。
グッバイ俺の左足。25年間ありがとう。
封石を、手元の吸収陣の上にカツッと叩きつける。
流石の超速を誇るルーカスも、地面に叩きつける動きを自分への攻撃だとは思わなかったらしく、間に合わない。
イチかバチか。封石で刻んだ紋が反応しなければ俺は一人で自爆ショー。
しかし、叩きつけられた瞬間、血の下の刻紋は淡く光を放ち。
ゴオオウッ!!
狙った通りに封石の力を吸収。そして集束放射。
炎は熱線となって一直線に伸び上がり、俺の左足の先の傷口を炭化させ、ルーカスの利き腕をも一息に炙った。
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