なんで俺は、こんなところで死にかけているんだろう。

 俺はアップルの待つ故郷に帰って、アップルをなんとか起こして、セレンやディアーネさんと仲良く幸せに暮らすはずだ。
 ライラだってどこまで本気かわからないが俺と暮らしたいと言っていた。分不相応は否めないが、それでも俺には美しい彼女たちと幸せに生きる未来があるはずだ。
 大体、アンゼロスだって悪い。もしかしたら早とちりでディアーネさんはピンチでもなんでもないかもしれない。勝手に特攻してんじゃねえ。勝手に生贄になってるんじゃねえよ。
 そもそもアンゼロスとは友達だがそれだけだ。アイツが誰の嫁になろうがキスしようが知ったことじゃないだろう。お前には関係ないだろうアンディ・スマイソン。
 なのに何故飛び出した。相手はマスターナイトだ。マスターナイトは最強だ。今ドラゴンを除くあらゆる戦士の中で最強の領域に到達したものの称号だ。
 ディアーネさんが自信満々だったからって何尻馬に乗ってんだよ。何侮ってるんだよ。ディアーネさんだってマスターナイト「級」と身内に絶賛されてはいてもそんな称号実際には持ってないんだ。ただの社交辞令だったとしても俺にわかるわけないだろう。
 そんな至高の戦闘存在を相手に、クロスボウ一本で何とかできるわけなんかなかっただろうが。何調子ぶっこいてるんだよ。負けるに決まってる。
 その結果がこのザマだ。
「う  が  あ      あ     あ」
 血だまりで芋虫みたいに転がってケダモノみたいな断末魔しかうめくことのできないゴミクズだ。何やってんだよアンディ。何やってんだよ俺。ふざけるな。時間を巻き戻せ。やり直させろよ畜生。
 大体、ちょっと凄い女にちょっとした幸運で惚れられたからって調子に乗りすぎなんだ。お前は剣も出来ない学もない、魔法も出来ない給料も安い、ちょっとばかし小器用なだけのただの鍛冶屋の息子だろうが。自分を何だと思っていた。神とかその辺の何かに選ばれた、何もかもが結局思い通りに行く救世主が何かだと勘違いでもしていたのか。お前はただのトロットの田舎生まれの町民1だ。クロスボウが正確に撃てるからってそれで何ができるつもりでいたんだ。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
 お前は勘違いで惚れてくれた女に守ってもらっている、ただのハリボテだ。ただの人間だ。ただの雑魚だ。何故自分に転がり込んだ僥倖で満足しなかった。恰好つけるほどの実力なんかどこにもないだろう。ディアーネさんだって言っていたじゃないか。お前は弱い儚いすっこんでろって。アンゼロスだってホテルで待ってろって言ったじゃないか。何故そうしなかった。それでよかったんだ。誰も責めるわけなかったんだ。何故恰好をつけた。何故絶対勝てない奴に弓なんて引いた。敵意なんて見せた。アンゼロスなんてどうでもよかっただろう。自業自得だ。あいつがどうなろうと俺の責任なんかひとかけらもないんだ。ないはずなんだ。自分の女でもないのになんで、なんで、畜生。


 高速で後悔と自分の愚かさへの断罪が頭に充満する。
 現実には一秒だって経っていないんじゃないだろうか。
 それでも、血は流れ出す。俺は死に向かっている。俺を治すはずのセレンはルーカスに腕を捻り上げられ、アンゼロスは壁際でふらついている。
「アンディさんっ!! アンディさん、今っ……嫌あああっ!!」
「スマイソンっ……!!」
 二人が俺に歩み寄ろうとするのをルーカスは悠然と遮る。
 俺はその瞬間にも死に向かう。二人の目が絶望に染まる。
「どけ、ルーカス将軍っ! どいてくれっ!」
「口の利き方がなっていないぞ。我が花嫁殿」
「くっ……」
「……ふふ、いい顔だ。さすがに自分以外が傷つくのを見てはさっきの気丈さを保てないか」
「御託はいいっ!!」
「……脱ぎたまえ」
「っ……」
「二人とも服を脱ぐんだ。裸になって、私の妻になると誓えば、手当ての間手出しをせずにいてやってもいい」
「そんなので女を手に入れるのが趣味か。下衆が。いいだろう」
「アンゼロス……さん」
 アンゼロスは躊躇なく鎧の留め金を外した。頑丈な黒い鎧が、ガランと床で音を立てる。
 手甲を外し、鎧下を脱ごうとして、時間がないことに焦り、襟からショートソードを引いて引きちぎる。
 躊躇なく、俺のために恥も外聞も捨てるつもりだ。
 アンゼロスは、調子こいて死にかけた俺を救うために、人生を捨てるつもりだ。


 馬鹿野郎。
 馬鹿野郎、馬鹿野郎、馬鹿野郎。
 数秒前、俺は何を考えた。
 あのアンゼロスの馬鹿を見捨てておけばよかったとか。
 何てことを考えた。
 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

『……スマイソン、さっきはありがとう、僕の全てを肯定してくれて。嬉しかった』

 あの笑顔を見捨てて助かればよかったとか考えやがったのかこの頭は。
 こんな役立たずのために、誇りに満ち満ちた自分の人生を躊躇なく捨ててくれる奴を、自分には関係ないって切り捨てるのが正しいって言おうとしたのか。
 死ね。
 死ね。そんなゴミクズ死んでしまえ。

 認めよう。
 いいだろう。認めよう。
「アン……ゼロス……!!」
「スマイソン!!」
「そんなクソ野郎に…………お前の裸なんて……見せて、やるんじゃ、ねえ……!!」
 受け身で、流されて、ヘラヘラとハーレムが勝手に出来ちゃったなんて自分の責任じゃないかのように考えて、全部人のせいにして。
 そんな腐れた建前なんて今ここで捨ててやる。
 この醜いエゴまみれの独占欲を認めようじゃないか。
 ヘラヘラ優柔不断にいい人ぶった末に自分を人質にまでされて、アンゼロスをそんなクソ野郎にくれてやるのを納得するより百万倍マシだ。
「お前を、可愛いお前を、そんな奴には……やらねー」
「……スマイ、ソン?」
「なんだ、この男は。死に瀕して幻に囚われたか」
 涙を浮かべたアンゼロスと、セレンを捻り上げたままのルーカスが怪訝な顔をした。
 失血死しかけの雑魚が何言ってやがると思ってるだろう。自分でもそう思う。
 だが今この瞬間、俺の腹の奥に意地が芽生えた。
 その意地が、俺の諦めを焼き尽くしていく。
 こんな、コレクション感覚で女を手に入れようとする耳長野郎に渡してたまるか。
 アンゼロスも、セレンも、何一つだ。


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