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ホテルに帰ると、セレンが怪訝そうな顔で手紙を差し出してきた。
「さっき、ルームサービスの人が置いていったんですけど」
「何? ディアーネさんかベッカー特務百人長宛のじゃないか?」
「いえ、アンゼロスさん宛です」
「僕……?」
手紙を受け取るアンゼロス。
封印を切り、丸めてあった羊皮紙を開くと、……俺には読めない。
「エルフ語?」
「みたいだな。……うぅ、僕も読むのそんなに得意じゃないんだけど」
「私が読んであげましょうか?」
セレンが自分を指差す。
「得意なのか」
「そこそこですね。それに他人宛のお手紙ってなんか楽しいですし♪」
ちょっと悪趣味だ。
しかし眉根を寄せて一行目と二行目を行ったり来たりしているアンゼロスは、しばらくしてセレンに羊皮紙を手渡す。
「ふふー。えと。……親愛なるアンゼロス十人長。お初ながら不躾な文をお許しいただきたい……申し上げる? かな」
「どっちでもいいよ。次」
「このクラベスの都の空気はいかがだろうか。乾いたセレスタ中部に比べ、木々と清水に満ち満ちたクラベスの風は、エルフの血を受け継ぐ貴女になら良さをわかっていただけるものと思う」
「うーむ……なんか気障ったらしい」
「地元民みたいだけど誰が出してきたんだ?」
「オーロラじゃないか? ここでアンゼロスのこと知ってる奴なんていないだろうし、詫びなのかも」
「続き読みますよー。……この時節、特に美しい花は南の通りの先の泉広場のほとりにあるスミレ。一面に咲き誇るあの花々の美しさは、それを愛でるのみで一日を過ごすに値する。貴女の飾らぬ美しさはまるで岩の下で人知れず咲くあの花のようだ。スミレの精がエルフの形を成して現れたのかと、私は目を疑った」
「……ほんとに何なんだこれ」
「オーロラ女史ではなさそうだな。僕を美しいと誉めそやす理由がない」
「そういえば」
全体に漂う気障ったらしい雰囲気といい、どうも男が書いている臭い。
「嗚呼、貴女のことを賛美すると、それだけで紙幅も時間も尽きてしまいそうだ。まだ貴女に感じた印象を一分とて語れてはいないが、用件に移ることをお許しいただきたい」
「いいから移れ」
「同感だな」
「……ダークエルフの百人長が何やら我々に話があるのは承知している。あまり事が荒立つことなく決着するのを望むが、それはダークエルフ次第。そちらのことは父と、我が頼もしき南方軍団に任せたい」
「……おい」
「ああ」
アンゼロスと頷きあう。
これは……。
「事があまり動く前に、私は貴女と語らいの一時を過ごしたい。どうか、私の催す夜会に貴女という花の彩りをいただきたい」
「差出人は誰だ」
アンゼロスは硬い声で言った。
「ルーカスって書いてあります」
「……ちっ。どこで見ていたんだ」
「おいアンゼロス、誰だ」
「お前聞いてな……って、そうか、元々お前は員数外か」
ちょっと寂しいが、俺が今回の旅にとって役立つ存在ではないのは事実だ。
「ルーカス将軍。マスターナイト。……今回の旅の目的の一人だ」
「……そんな奴がお前に何を」
「さあな。このとぼけた文章を読むに、僕に何やら御執心のようだが。元々オーガやダークエルフの娘を大量に連れ出すような男だ、何を考えているんだかな」
硬い表情のまま立ち上がり、長い髪をキュッとひっ詰めるアンゼロス。ロープのように無造作に束ねて、その上から鎧を着込んでいく。
「百人長は待ち伏せされている。滅多なことはないと思うが、相手の最大戦力たるルーカス将軍がそっちに回ってしまったらどうなるか。僕にできるなら奴を足止めしないと」
「アンゼロス!?」
「どんな危険があるかわからない。スマイソンは待っていてくれ。セレン、奴の言う夜会の場所は」
「ええと、北通りの真ん中あたり、ひときわ大きい木があるところを曲がった先みたいです。通りからすぐにわかるって書いてありますけど」
「そうか。……スマイソン」
「……なんだ」
「さっきは本当にありがとう。……この手紙の言葉より何より、お前に可愛いって言われた方がずっと嬉しかった」
「……アンゼロス」
「僕もエースナイトだ。……聞いただろ。斬風剣なんて仰々しい二つ名までつけられてるんだぞ。心配しなくていい」
微笑むアンゼロス。
俺は、自分の無力に唇を噛むことしかできない。
役立たずなのは、わかっているのだ。
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