あんまりにも刻紋が楽しかったので刻紋用のペンを買って帰ろうと研究所内の売店を訪れる俺。
 そして目玉が飛び出そうな値段に挫折した。
「うわあ……俺の給料三か月分……」
「ま、まぁ、元気出せスマイソン」
 俺の月給はそんな高くはない。何故かというと天引き率が大きい。
 一応国籍はまだトロットにある俺。、書類登録としては出稼ぎという恰好になっているので、セレスタ国内の各商工会が出している軍事共益金みたいなものの対象外だとかいう話。
 細かい部分で結構自費負担になっているらしい。他の十人長連中と明細比べてちょっと落ち込むことがある。
「僕が貸してやる……って言えたらいいんだけど」
「お前だって給料安いじゃん」
「……うん」
 アンゼロスも同類だ。
 まあ俺みたいに頻繁に酒飲みに出ないだけ貯金はしてそうだが、だからといって今さっきからの趣味のためにコイツからかっぱぐわけにもいかない。
「今回は諦めるか……そのうち金貯めたらまた買いにこよう」
「百人長あたりに頼めば似たようなの作ってもらえるんじゃないか?」
「そういやディアーネさんは護符ストック作ってるわけだから、そういうのもできる……かもしれないわけか。いやしかし、うーん」
「それだとまたヒモ臭いけどな」
「……そこだよなぁ」
 趣味の道具くらい彼女に頼らず自分で用意したい。
 いつかまたここに来ることになりそうだ。


「お待ち下さいな」
「ん?」
 アンゼロスと二人連れ立って刻紋研究所を出ようとすると、後ろからさっきのエルフ娘に呼び止められる。
「さっきから気になっていたのですが、あなたの名、聞き覚えがありますわ」
「?」
「そちらのちんちくりんのお嬢さん」
「ちんちくりんって言うな」
「あらごめんなさい。……ハーフと言ってもこちらのエルフの混じりではないようですわね」
「僕の父は北方エルフだ。トロット出身なんでね」
「なるほど。……ということは、やはり。斬風剣のアンゼロスですわね?」
 斬風剣……。
「うわ、なんかスゲェ二つ名」
「う、うるさい! からかうな!」
「いやかっこいいと思うぜ? ……斬風剣……」
「あとで覚えてろよスマイソン……」
 アンゼロスものすごく恥ずかしそう。
 だって斬風剣って。このチビっ子になんていかめしい。
「噂では男性と聞きましたが」
「……ちょっとした登録時の行き違いで」
「ドジっ子ですわね」
「ドジっ子じゃない! ちょっと言い出せなかっただけだ!」
 お前本当に初対面に気安くいじられすぎだ。
「体格や高機動や魔法に頼らず、体術も使わず、剣の技巧だけで戦う純粋な剣士と聞き及びます。噂では元剣聖とか」
「……元剣聖候補生だ。女でハーフエルフでチビは剣聖にできないとか言われたから、剣聖にはなれてない」
「なるほど。トロットらしいですわね」
 確かにトロットの悪いところだが、ちょっと腹が立つなあ。
「わたくしと同じタイプ。剣の冴え、それのみで優雅に戦える稀有なエースナイトとお見受けします。いつかまみえたいと思っておりましたわ」
「お前そんな評価受けてたのか」
「……珍しいだけじゃないのか。僕みたいなタイプの剣士はトロットの剣聖には多いけど、セレスタは種族のるつぼだし試験も迷宮突破っていう大雑把なものだからな」
 人間族は魔法がほとんど使えず、体格にも恵まれていない。自然、そこから戦士として大成しようとするならば、数ある武芸でも最も積み重ねの多い汎用戦闘技巧、剣技に活路を見出す以外ない。剣聖試験が衆目の前での一騎打ちとなれば尚更のことだ。
 だがダークエルフやドワーフやオーガ、獣人にリザードマンと多彩なセレスタではそうでもない。
 剣技が足りなければ魔法で補ってもいいし、オーガやドワーフなら鍛え上げたパワーそれ自体でエースナイト級の力をアピールしてもいい。もちろんディアーネさんやベッカー特務百人長のように、並外れたスピードで相手を圧倒する戦闘スタイルも許される。
 多彩さが許されるということは、逆に教科書通りの真面目一本な剣士になる意味も薄いということだ。
「エースナイト、命散り乱れる戦場の花形と呼ばれるには、それに相応しい気品があるべきかと思います。斬風剣のアンゼロス、あなたのような剣士がわたくし以前にいたということを喜んでおりました」
「…………」
「ですが……帯剣していないあなたからはそのような風格が感じられませんわね」
「威厳がないとはよく言われる。今さらどうとも思わない」
「やはり混ざり物だからかしら」
 下等な動物を見る目をする、オーロラ。
 オーロラが特別悪いわけではない。ここのエルフはみんなそういう目をする。そういう土地柄なのだろう。
 土地に根付いた共通認識は、どういうものにしろ個人が逆らえるものではない。
 だが、それでもアンゼロスを、ハーフエルフを混ざり物混ざり物と馬鹿にされるのは許せなかった。
「待てよ。関係ねえだろ、それ」
「スマイソンさん。……しかし彼女はエルフとしても人間としても満たされない半端な者ですわ。血統も、刻紋の手つきもおぼつかない。ならば剣士としてぐらい私に勝らなければ、あなたのパートナーに……」
「だから関係ねえだろ。自分の努力以外のもので勝ち誇りたいならよそでやってくれ。アンゼロスはいい奴だし、頑張ってる。あんたが純血なのはあんたの努力の成果じゃないし、俺はそんなんで世の中計る奴は好きじゃない。ハーフエルフだからって意味もなく馬鹿にするな。セレスタ軍の花形を名乗るなら、セレスタの一番いいところを理解してくれよ」
「……スマイソンさん」
「スマイソン」
「……口が過ぎた。悪かった。……んじゃ、これで」
 少ししゅんとしたオーロラをおいて、俯いたアンゼロスの手を引いて刻紋研究所を出た。


「……セレスタって、いいところだな」
「何だよ、薮から棒に」
 観光客向けのオープンカフェ。
 アンゼロスと茶飲み休憩していると、唐突にぼそりとアンゼロスが言った。
 さっきからずっと俯いていたので心配していたが、思ったほど精神ダメージは受けていないような感じだ。微笑んでいる。
「セレスタは、どんな種族も歓迎してくれる。僕もエースナイトとして認めてくれる。その寛容を誇りにしてくれている」
「うん」
「……その、どんな種族も一緒だってお題目が正義として通るってことは、すごく大事なことなんだなって、思ったよ」
「どうしたんだ、そんな今さら」
「……スマイソン、さっきはありがとう、僕の全てを肯定してくれて。嬉しかった」
 アンゼロスが、俺にしっかり目を合わせて微笑みかけてくる。
「……!!」
 思わず耳まで熱くなるのを感じた。
 木漏れ日の揺れるオープンカフェに、実に少女らしい清楚な微笑みを浮かべる、女らしい姿のアンゼロス。ただそれだけで、今までいくらでも見てきた顔だというのに、なんだか酷く愛らしく見えて照れくさい。
「……ま、まあ、ハーフエルフだからってだけで迫害されるの、嫌だしな。セレンやアップル含めて」
「そうだな。……優しいよな、スマイソンは」
「ど、どうしたんだよ一体。なんかいきなり可愛いこと言い出して」
「……か、可愛い、なんて」
 言い返したら真っ赤になるアンゼロス。相変わらず、ちょっとした褒め言葉に変に弱い。
 周りが見ている。ここは観光客向けなのでエルフばかりなわけでもなく、アンゼロスに対するその視線は侮蔑ではない。何人かは確実にはにかむアンゼロスの愛らしさに見とれていた。
「……お前さあ」
「な、なに?」
「やっぱ男装やめない? ちょっともったいない」
「う、うぅ……このタイミングで言うのは反則……」
「何だよ」
 視界の端で、アンゼロスを見つめているエルフ男が、ほうっと溜め息を漏らした。
 赤毛のエルフ男のうっとりとした視線。惚れたか。無理もない。


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