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交通費を節約して砂漠大迷宮を通っただけあり、路銀に不足もなく馬車で順調に旅をする。
だが、いざエルフ領に入ろうという時になって問題が起きた。
「関所ですんで検問を受けます。お客さんがたも用意しといてください」
御者に言われて荷物をまとめる俺たち。
関所なんてあるのがいかにも半独立領だった名残というか、独立国化しようとしてる前兆というか。
まあどちらにしてもそれほどやましいものもあるわけでもないので、気楽に検査官の乗車を待つ。
「失礼。軽くあらためさせていただきます」
2、3人の検査官が次々に俺たち乗客を見定め、たまに荷物袋を開けて怪しいものがないか調べる。
俺の持っているもので危ないものはクロスボウだが、これは言い訳を考えてある。
「これは?」
「見ての通りのクロスボウっすけど」
「狩りでもするのかね」
「ええ、まあ普段からの得物でしてね。エルフの刻紋技術を勉強させてもらって、こいつの性能を上げられればと思ってまして」
「なるほどな。州都クラベスは魔術刻紋の聖地だ。人間が一朝一夕で学べるものではないと思うが、帰る頃にはこの得物は良い物になっているだろう」
「だといいですが」
検査官の兵士も人間のくせに、なんだか大上段なのが気に食わない。
俺たちはあくまで単なる旅人、ということになっている。
俺やアンゼロスはともかく、ディアーネさんの百人長の肩書きをもってすれば検査官ぐらいは黙らせられるはずだが、それだとカドが立つ。あくまで百人長としてではなく、ダークエルフとしてここに来ていることにしなくてはならない。
古い町やコロニーほど面子を大事にする。軍をもって攻めれば軍をもって返すのも認められるが、あくまでダークエルフコロニーからの抗議者という立場である限り、その理由は立たないのだ。
ディアーネさんがそうあるなら、同行者の俺たちも自分が軍人であることを自分から振りかざしてはいけない。
そういうわけでアンゼロスも俺も兵士ということは適当にはぐらかしつつ行くことになっているのだが。
「……何だその鎧は。こんな馬車の中で子供が剣士ごっこかね」
「…………」
アンゼロス、無表情。でもアンゼロスが嫌がりそうな揶揄をする検査官の兵士にちょっとハラハラする俺とディアーネさん。
「剣もあらためさせてもらう。……ふむ、こちらは普通のショートソードか。まあ子供の細腕ではロングソードは無用の長物に過ぎるというところか」
「…………」
「何故黙っているのかね? エルフといえども我々には逮捕権があるんだがね。あまりこちらの機嫌を損ねるような態度はどうしたものかな」
「…………」
あー、アンゼロスのアレなゲージが溜まってる溜まってる。
体格をからかわれる程度ならともかく、こういうチンピラじみた真似を兵士がすることは、アンゼロスの正義感を相当に刺激している。これは良くない。
と、アンゼロスがキレる前に、突然フラリと後ろの席からヒョロッと背の高い男が現れてアンゼロスの機先を制した。
「おっと、すまないね。俺の鎧なんだ、それ」
「なっ……何だ貴様は」
「流れの傭兵さん……と言ったら納得するかい」
見た感じ40前くらいのおっさんだ。が、確かにアンゼロスの鎧にはちょうどいい体格で、そして戦い慣れた者特有の焦げ臭い雰囲気があった。
「傭兵か。名をなんという」
「そうだな、テリー・ボガードでどうだ」
「でどうだ、って……」
「馬鹿にしているのか」
「んー? してるぜぇ?」
テリーと名乗ったおっさんはニヤニヤと検査官を見下す。
「こんなガキ相手に逮捕権なんか振りかざしてイジメちゃおうなんて、いい大人たぁ思えないからなぁ。ガキのなりきりぐらい許してやれねぇのか?」
わしわしわしとアンゼロスの頭を撫でるテリー(仮)。腕が長い。
そして撫でられたアンゼロスは驚いているというか呆気に取られているというか、いきなりの横槍にと毒気を抜かれている。
「この……」
「よせ」
検査官の一人(アンゼロスに絡んでいた奴)は腰の剣を抜いて恫喝しようとしたが、隣の検査官が制する。表情が青いところを見るに、このおっさんが多分かなり強いということを理解できているらしい。
「失礼。確かに彼の行動は少々問題があった。気をつけさせる」
「わかりゃいいよ」
おっさんはぽむぽむ、とぞんざいにアンゼロスの頭を叩いて席に戻る。
以降の検問はスムーズに進んだ。
馬車が動き出してから、例のおっさんがにょっきりと顔を出してアンゼロスとディアーネさんにニヤニヤ笑いかける。
「余計な世話だったかい」
「い、いえ。かたじけありません」
アンゼロスは座ったまま右拳を左胸につける。セレスタ軍の敬礼だ。
……待て、傭兵じゃないのか?
「んでディアーネ隊長。相変わらずいい乳してんなオイ」
「お前は相変わらずちゃらんぽらんのようだな」
ディアーネさんは腕組みをしたまま、ニヤッと笑い返した。
「知り合い!?」
俺とセレンが驚くと、ディアーネさんは笑ったまま目を閉じて。
「昔の部下だ。ジーク・ベッカー特務百人長。エースナイトだ」
「エースナイト!?」
「僕のエースナイト試験の時の試験官でもあった」
アンゼロスが言うと、何もかも嘘をついていたそのおっさんは悪びれもせずにひらひら手を振った。
「アシュトン閣下の命でね、先に入って情報収集してろって話だったのさ。まさか砂漠をこんなに早く越えてくるとは予想外だったけどな」
「なるほど、父上の差し金か。手際のいい」
「馬車に乗るときに気がついたけど、隊長ときたら俺のことなんか見向きもしねーでやんの」
「気配を消すのが得意技のお前にいちいち付き合っていられるか」
「そんなこと言ってもさあ」
ふざけているがこのおっさん、確かにこんなに焦げ臭い気配を纏っているのに、今の今まで気づかなかった。
エースナイトといったら目立つのが義務だ、とでも言わんばかりのアンゼロスとは好対照だ。
顔を見合わせて少し戦慄する俺とセレン。その俺たちをベッカー特務百人長はふと笑いを消して怪訝な目で見る。
「ところでこいつら誰。ディアーネ隊長とアンゼロス十人長が来るのは聞いてたけど」
「あー……」
ちょっとディアーネさんが口篭もる。アンゼロスが何かうまい説明の仕方を思いついたのか、口を開こうとした機先を制して、セレンが俺にパッと抱きついてよく通る声で
「私はセレン、このアンディさんの雌奴隷ですっ!!」
ディアーネさんが元部下の前でカッコつけてる隙をつく魂胆らしい。
ここでディアーネさんが特務百人長に気を使って黙っていれば、少なくとも問題が解決するまでの向こう数日間は俺と二人っきりのイチャイチャを邪魔されまい、という。
……いちいちこういうところで発揮される計算高さはちょっとすげぇ。
が。
ディアーネさんは冷静に淡々と。
「……アンディ・スマイソン十人長。私の今の部下で恋人だ。いずれこの私が子を産むつもりの男だ」
完璧に反撃しきった。
「なっ……」
ベッカー特務百人長、のけぞる。
そして。
「隊長ぉぉぉ!? 俺あんなにプロポーズしましたよね!? 俺20年前絶対コイツよりイケメンだった自信ありますよ!? しかも俺12歳からエースナイトですよ!?」
「そうだったな」
「なのになんでこんなのと!?」
「こんなのとか言うな、私の恋人に」
「……なんでこのようなお方と?」
「とりあえず剣腕と顔で釣れる女と結婚すればよかったんじゃないか。一杯いるんだろう?」
「でっ……でも、こいつ凄い弱そうですよ!? ディアーネ隊長守れるとはとても」
正解。
「私が自分の身も守れないとでも?」
「うう……そ、それにこいつもう女いるじゃないですか!!」
うん。他にも二人くらい。
「それがどうかしたか」
「俺なら隊長だけのために一年中朝から晩まで隙なく」
「覗き続けるとでも? お前当時から覗きばかりだったよな。女の好感がそれで稼げていたと思うのか」
うう。覗きが得意中の得意だった俺にもオーバーキルダメージ。
「で、でも隊長は見せてくれたじゃないですか」
「見せているのを見る分には構わんさ。だが見せていない時に覗かれるのは気分が悪いに決まっているだろう。それで結婚してくれとか何の冗談だ」
「ううっ」
このおっさん、よほど気まずい覗きをしていたに違いない。トイレとか就寝中とか。
「……というかなんでお前そんなに気まずそうな顔してるんだアンゼロス」
「ほ、ほっといてくれスマイソンっ」
ベッカー特務百人長はわりと本気臭い殺気を俺に叩きつけてきた。
「くそっ! くそっ! 畜生、月のある晩だけだと思うなよ小僧!」
「え、悪いの俺!?」
「ディアーネ隊長は俺の女神なんだ。お前を殺して手に入るとは思わんが、お前が死んだらフリーになるなー彼氏持ちよりフリーの方がいいなーという計算の元に俺の手が滑らないとも限らない」
待って、この人マジ怖い。
「ベッカー。もしもその気配を感じたらこの私が全力でお前を殺しにかかるのでそのつもりで」
「ヒィ」
いきなりちびるベッカー特務百人長。こっちくんな。
「……お、お前よくこの人と付き合う気になったな小僧」
「アンタ言ってることが10秒前と真逆じゃねーか!」
あと四十絡みのおっさんの涙目マジきもい。
人心地ついて。
「あ、改めて自己紹介しておく。セレスタ軍諜報特別旅団所属ジーク・ベッカー特務百人長だ。得意武器はナイフと罠。人間族のエースナイトで独身39歳。彼女はいつでも募集中だ」
「……ナイフと罠?」
そんなエースナイト聞いたことがない。
エースナイトというと剣や槍、パワー系種族だとハンマーや斧で正面切って2小隊と一人で組み合って叩き潰すというイメージだ。
「それでもエースナイトにはなれるんだ」
アンゼロスが解説してくれる。
「剣聖試験だと微妙だけど、エースナイトの条件はクイーカ近郊にある岩神迷宮を一人で突破すること。数体の岩人形や不死系の魔物との同時戦闘を余儀なくされるけど、極端な話をしてしまえば『突破できれば』なんでもいい」
「……つまり?」
「この人はエースナイト史上唯一、撃破ゼロで、全ての魔物の攻撃をかいくぐり、目を逃れて試験を突破した人だ」
凄いのか凄くないのかよくわからん。
「もちろん倒そうと思えば倒せたぞ? アンゼロス十人長くらいになら正面切っても戦える自信はある」
「……本当?」
「疑ってるな小僧。ほらアンゼロス十人長、証言」
「……実際僕じゃ絶対勝てない」
「嘘!?」
アンゼロスは……確かにライラやディアーネさん相手だと全然どうにもならないけど、それでもエースナイトの名に恥じない戦闘力はあるのはよく知ってる。
そのアンゼロスが絶対と言い切った。
「……ナイフで?」
「ナイフだ。あと罠」
「どう見たって冒険家系じゃん」
「盗っ人系と言わなかったことは褒めよう。でもお前は疑いすぎだ」
ベッカー特務百人長は腕組みをして、むふーと溜め息をつく。
「いいか」
肘の上で指を立てる。
その姿が消えた。
「!?」
目を見開く。
そして、いつの間にか後ろから突きつけられているナイフ……鞘付き。
「はいおしまい」
「……ま、魔法?」
「魔法じゃねえよ。12の人間のガキに魔法が使えるか」
「普通に移動しただけだ。ベッカーは足の速さだけなら私と互角なんだ」
「マジかよ」
ディアーネさんと互角ということは……つまり、この人も飛び道具が効かないタイプの人か。
「幻影魔法で姿を消しての諜報活動は今や常識となった。幻影を見破り、破壊できる魔法の使い手が情報の要所に配置され、それが防諜の要となっている。……そこでベッカーみたいな奴が活きてくる。こいつは幻影一切なしにあらゆる難所に忍び込んで情報を奪い、要人を殺し、あるいは救出するエキスパートなんだ」
ディアーネさんの解説に特務百人長はニヤッと笑ってもとの位置に戻り、ナイフでジャグリングしながら満足げに補足する。
「さすがに試験でエースナイト3人相手に姿を消して……って訳にはいかないから、マスターナイトには出世できないけどな。とにかく俺みたいなのが役立つ局面は多いってわけよ」
「まあ人の役に立たなかったらお前なんてただの覗き魔だしな」
「ディアーネさん、その言葉は俺にもいろいろキツいんで勘弁してください」
「ん?」
わかってないか。わかってないだろうなぁ。ディアーネさんと出会う前の話で、酒飲んでる最中しかしたことない話だから。
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