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馬車はそのまま進み、三日後に州都クラベスに到着する。
「州都っつっても、都会という感じじゃないなあ」
全体に森の中、山の勾配の間に石造りの屋敷が点在するという形で、どちらかというと避暑にちょうどいい古い田舎町という感じだ。ただ、どこまで行っても屋敷が途切れることはない感じの広さではある。
「森エルフにとってはこれで都会なんだ。彼らは人間ほど寄せ集まることはないし、気が長いから互いの距離の遠さに不便を感じることもあまりない」
「なるほど……」
「私は例のマスターナイトの件の裏を取るために今日は別行動をさせてもらう。お前たちはそれぞれ観光でもしていてくれ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「なに、下調べだけだ。本番は明日からにするさ。ベッカーも連れて行くから大丈夫だろう」
デイアーネさんはそう言って、街中心部のホテル前で別れた。
しょうがないので観光してみることにする。
「エルフの街なんてもう来ることもないと思うしな……」
「そうだな」
アンゼロスもついてきた。
セレンは大人しくホテルで留守番するというので、二人でつるんで繰り出す。
ちなみにアンゼロスはまたいらぬ誤解を招きそうなので鎧はホテルに置いてきた。久々に女の子モード(と言っても長い髪をそのまま出しているというだけ)だ。
しかし、エルフの街というのは初めてだが、やはり排他的な空気を感じる。
「誰も彼も目を合わせようとしないな」
「しょうがないだろ。僕はハーフエルフなんだ」
「あ、そうか」
エルフとハーフエルフの違いは俺にはさっぱりわからないが、彼ら自身には一目瞭然でわかるんだそうだ。
そしてハーフエルフはトロットの人間の街でも(エルフと混同されて)迫害対象だが、こっちでは明確に何か汚いものを見る目で見られてしまう。
「……なるほどね。セレンが出たがらないわけだ」
「ああ……そういうことか」
セレンもハーフエルフ。しかも、アップルと二人、ポルカ近くの北方エルフの森で拒絶された過去もある。エルフの中をハーフエルフが泳げばどんな目で見られるかは予想できていたのだろう。
「……帰るか、アンゼロス?」
「い、いや……別に何されるわけでもなし、平気だ。それよりほら、スマイソン、あそこ見てみよう」
「ん?」
アンゼロスが指差したのはなんか一際立派な建物。
文字は……エルフ言語でちょっと俺には読めない。
「何あれ」
「お前が関所でハッタリに使っていただろう、刻紋研究所だ」
「あ、ああ、なるほどね」
刻紋。
魔法的にエネルギーの回りやすい回路を刻むことで、物の強度を上げたり下げたり、魔法へのかかりやすさ、かかりにくさをつけたりできる技術だ。
護符など、魔法そのものの補助として使われることが多い技術で、例えばクロスボウ隊のストックはディアーネさんの魔法に格別反応しやすく刻紋されている。
「はい、観光でいらした方ですね。一日体験でよろしいですか」
「ああ……じゃあそれで」
ちょうどいいコースがあったのでそれに申し込む。アンゼロスも一緒になんだか羽ペンのようなものを渡されて奥へと進む。
「さて今日の受講は……3名ですね。あ、レニーさん他は来てませんね? 講習始めてしまいますよ?」
レニーさんというのは受付のエルフのお姉さんのことらしい。講師は彼女に何度も確認して、それで講義を始める。
「えー、本日はエルフ、ハーフエルフ、人間となんだかバリエーション豊かですが……刻紋は種族を問わない技術です。正確には刻紋用のペンだけは魔法技術での製造が必要ですが、紋を刻むこと自体はどんな種族でも出来、そしてその創造性は多分にその人の才能に依存します。魔法の才能はエルフなら誰でもありますが、刻紋それ自体はむしろドワーフにこそ傑出した才能があるとさえ言われる技術なのです。しかし魔法と繋がる技術のため、多くの魔法が苦手な種族はチャレンジ以前に道を諦めてしまうので、本来その才能を持っていても開花させることなく、そのため優れた刻紋師は非常に稀少な存在です。ここでペンを持てたあなた! そしてあなた! あなたたちは第一歩を踏み出せたということだけでも素晴らしい巡り会いといえます。明日の名刻紋師になりましょう!」
この講師はエルフだが、エルフ至上主義に取り付かれているわけではないというかむしろ異種族になんらかの憧れを持つタイプのようで安心した。アンゼロスが気まずい思いをしなくてすむ。
「はい、それではまず刻紋の基礎です。まず左巻きの渦巻きは吸収、右巻きは放出を意味します。これだけではわからないでしょうが次のステップ以降で重要になるので覚えていて下さい……」
数十分後。
「おおお、こりゃ面白い。こうしてこうして、ここにカット入れてジョイントして」
「す、スマイソン? 僕にはもうお前が何をやっているのか全然わからないぞ」
俺は刻紋の魅力にまんまと取り付かれていた。
回路を描くだけで物の特性を変えられ、その力の自由度と強度は緻密さに比例し、さらに書く物の形状によってさらに色々な可能性が広がるという無限のなんでもアリ感がたまらない。
「こうしてこうして……ほら、アンゼロス」
「何だこれは」
「羊皮紙シールド! さあ全力パンチしてみろ」
「え、ええ?」
「早く早く!」
「……え、えい」
ガン、と羊皮紙に弾かれるアンゼロスパンチ。
「痛っ……て、嘘!?」
「ふふーん」
計算上、この羊皮紙は表から殴る分には金槌でも皺にならない。まあ裏からだと指で破れるほど強度下がってるんだけど。
「スマイソンさん、あなた……あれだけの講義で……」
「ちまちました細工は超得意っス」
「というかこの回路を15分で書き上げたの? 下書きなしで?」
講師のエルフさんも目を輝かせている。うむ。俺結構いけてる?
「ちょ、調子に乗らないで下さいます?」
と、そこで黙っていた残りの受講生の一人のエルフがガターンと立ち上がった。
「このパピルスブレードの方がずっと優れていますわ!」
パピルスで作ったリボン……に緻密に描かれた紋。
机に振ったら机に見事に突き刺さった。
「ああ……なんてステキな日なの。優秀な刻紋師が今日だけで二人も!」
「やるな……」
「ふふふ、エルフの技術で人間に負けるわけにはいかなくてよ」
相手は赤毛のエルフ娘。なんだかしらんが負けん気が強いようだ。
だが。
「俺も仲間内じゃ有名な小細工マスターだ。スタートラインが同じなら負けるわけにいくか」
まあ他の隊員にベルトやメタルアクセサリー作ってあげる程度だけど。
「ふふふ……いいでしょう。勝負ですわ」
かきかきかき。
「……伸びろ羊皮紙!」
かきかきかき。
「……パピルスシールド!」
かきかきかき。
「透けろ羊皮紙!」
かきかきかき。
「弾けるパピルス!」
お互い創造力と手持ちの紙の限界まで遊びまくった。
……昼飯10日分の羊皮紙を使ったけど。
「はい、本日はそこまで! 一日体験ではここまでですができれば今後もどんどん研鑚してください! 魔法と組み合わせるとさらに可能性が広がります。是非スマイソンさんはえーと、あん、アン……アンジェリナさんと協力して色々作ってみてくださいね」
アンゼロスだってば。
……まあ魔法の才能はあるみたいだから協力するにはやぶさかじゃないけど。
「き、協力して、いろいろ作る……?」
「は、破廉恥な」
「ちがっ、僕はだな!」
「そ、そんなチンチクリンと何を作る気か知りませんが! わたくしと合作すればきっと凄いことになりますわ」
「いや俺ら観光客だから」
「まあ。しばらく逗留して一緒に勉強しませんか? 少し人間を見直しました」
「……またかスマイソン」
「またかとか言うな!」
なんだか激闘の末に思い入れられちゃったらしいぞ。
……エルフ娘は優雅に一礼した。
「申し遅れました。わたくし、ディオールの娘オーロラと申します」
そして、にっこりとさっき作ったパピルスソードを顔の前に祈るように掲げた。
……そのポーズ。
「先日エースナイトを拝命いたしました♪」
「……またか、スマイソン」
「何がだよ!?」
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