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「ところで、お主らはどこへ行くと言っておったか」
「南東部の森林領だ。あそこで少々調子に乗っているマスターナイトがいるらしいのでな」
「チンピラのようなことを言うのう、ディアーネ。まあお主なら誰が相手でも安心じゃろうが」
 なんだかお墨付きまでもらっている。それほどディアーネさんは凄いのだろうか。
「なんだか心配そうな顔をしておるの、坊や」
「そりゃ……いくらディアーネさんと言っても、相手はセレスタ軍の最精鋭兵たるマスターナイトだから。それに敵の懐だ、どれだけの相手に囲まれるかもわからない」
「ディアーネなら千人に囲まれても切り抜けそうじゃが」
「そんなに」
 ライラのことだから適当に言っているのだと思っていたら、どうやら違うらしい。
「この女の幻影術は我ら竜にも迫る。正面から幻影を解いて入ってきたのが良い証拠じゃ」
「はぁ」
「それにこの女、坊やのその変形弓」
「クロスボウだよ」
「そうそう、その程度ならおそらく、十歩の距離から撃っても……矢が飛ぶのを見てからかわせるぞ」
「嘘!?」
 クロスボウの射出力は普通の弓より強い。
 それをたったの十歩、せいぜい7〜8mからでかわせる?
「やってみるか」
 ディアーネさんはニヤッと笑った。
「やめときます」
 冗談でも当たったらと思うと撃てない。
 しかし。
「それじゃあ……ディアーネさんには飛び道具はほとんど効かない?」
「そういうことじゃ。その身のこなしと、竜さながらの幻影術ときたら……並みの兵なら千人を相手にしてもなんとでもなりそうじゃがの」
 言われてみると確かにいけそうに思えてくる。
「マスターナイト級ならその程度、ゴロゴロいるぞ。伊達に一人で百人隊ひとつに匹敵すると言われてはいない」
 つまり、今回の相手にもクロスボウが効かない可能性が高いってことか。
 ……ますます俺いらない子な予感。
「でも……それじゃあ、なんでクロスボウ隊は剣聖旅団に勝てたんでしょうか」
 アンゼロスが呟く。
 確かにそうだ。
 剣聖旅団は500人もの剣聖と100人の大剣聖、そして至剣聖アーサー・ボナパルトが率いていた最強の部隊だった。
 それが当時たった50人あまりのクロスボウ隊に惨敗し、トロット戦争の勝敗を決するきっかけとなったのだ。
「単純な話だ。奴らには見えていなかった」
「?」
「私がやられて一番困ることをしたのさ。つまり幻影魔術だ」
「あ」
 つまり、彼らが気づいた時にはもう突き刺さっている、どこからともわからない矢の雨。
 そして普通より強力な射出力と感覚強化により、当時の常識を覆す長距離からの狙撃。剣聖たちはせいぜい100mかそこらから撃って来ているはずの射手を求めて右往左往したことだろう。
 実際はクロスボウ隊の射程は1kmに迫る。
「さらに弓引き専用の要員としてオーガ兵を他部隊から借り受けていた」
「なるほど……」
 クロスボウのネックは弓を引く手間だ。強力な弦は人間には滑車を使ってしか引くことが出来ない。
 が、うちの部隊でもオーガ兵や一部のドワーフ兵は手で直接引ける。これは強い。
 その連射力でボコボコ撃たれたらさしもの剣聖旅団でも反撃のしようがなかっただろう。
「ふむ、なかなか面白い戦いをしているのじゃな、お主」
「面白くはない。トロットの剣聖旅団にはこうするしかなかったんだ。質で量を覆した剣聖に対しては、再び量で圧倒する戦術を取らざるをえなかった」
 ディアーネさんは少し寂しげに俯く。
「死者の少なさを目指すなら、確かに剣聖という戦場ルールは悪くない。だがそんな旅団を持たないセレスタは、それを賞賛ばかりもしていられないんだ。どうしてもあの戦争に勝って、トロットの工業能力を取り入れなくてはアフィルム帝国にセレスタが攻められる危険もあった」
「…………」
「それに、私は部下を死なせたくなかった。だから、『敵も味方も』死者を真っ向から抑えられる剣聖にも、『味方に』死者を出さない飛び道具で対抗せざるを得なかった」
 自嘲するように呟くディアーネさん。
「……私は利己的だな。いずれクロスボウ隊に対抗するために、もっと一方的に我々を虐殺できる戦闘システムを誰かが作るだろう。だが、それでも、私は私の領域を守らなければならなかった。今もそうだ。私は故郷を守る為に力で殴り込みなど……」
 溜め息。
「身内の誰も殺されたくない、ただ楽しく生きていたいだけなのに、ままならぬものだな。こうして小さな最善は、巨悪となるのかもしれん」
「…………」
 正直なところ、ディアーネさんを戦いの天才だとは思っていたが、その一方では恋に溺れるだけの愚かな部分もある人だと思っていた。
 だが、それさえも。恋に溺れ、愛にしがみつくその態度さえも。
 もしかしたらこの人の戦いの才能の使い方と地続きで、失う恐怖や不安の肥大化した一本の線上のものなんじゃないかと思った。
 この人は持っている才能や容姿に比して、純粋すぎるのだ。もっと醜く反省のない、邪悪なものになれたらまだバランスが取れるのに、真摯にしかなれないから愚かしくも見える。
 だけど、その純粋さは俺にとってはどうしても疎ましく思えなかった。
「……ディアーネさん、俺、バカだし、才能のある人のことをどうこうは言えませんけど。ディアーネさんは間違ってないと思いますよ。ディアーネさんの力と策で守ってもらえる俺たちは幸せだと思います」
「……そうか。……そうだな。歴史を覆したなどと驕るのはおこがましいかもしれん」
「誰かを助ける為にしたことを悔いるのは、助ける価値を否定することじゃないですか。俺たちは多分、きっと死ぬ時も、ディアーネさんに守られていたことを感謝するでしょう」
 自分がいつか、この砂漠のようなどこかで、凍える星を眺めながら死にゆく瞬間を思い浮かべる。
 その采配がディアーネさんのミスだったとしても、俺は彼女を恨むだろうか?
 ……恨まないだろう。その瞬間まで彼女が俺たちを安全に運用しようとしてくれたであろう事実に感謝しながら、少しだけその場の未練だけを残して死ねるだろう。
「そして俺たちは、誰かを助けにいこうとしているんでしょう? さらわれた人たちやオアシスコロニーの未来を救って、大臣を守るためにいくんでしょう? それは、きっと間違いじゃない。助ける価値があるものだと思います」
「……そうだな。済まない」
 ディアーネさんは、長い耳をぶつけるように、俺の肩に寄りかかった。
「だけど、お前が死ぬ瞬間なんて想像させないでくれ。苦しくなるじゃないか」
「……俺もちょっと苦しくなりました。まだ死にたくはないです」
 ディアーネさんの頭を軽く抱き、さっきライラがジャンヌにしたようにぽんぽん、と優しく叩く。
「ほ。何雰囲気作っておる」
「ずーるーいーでーすー」
 揶揄するようなライラと、むくれるセレンに引き剥がされる俺たち。
「ま、ディアーネの所業はともかくな。もし森林領にいくなら、良い方法がある」
「え?」
「明日の夕方には南東の砂漠端に出られるじゃろう」
「そんな都合のいい……」
 どんなにまっすぐ歩いたって、一番手近な南の砂漠端まで二週間かかる計算だ。
 さらに斜めにいくなんて。
「ほ。お主ら誰と話しているつもりかえ?」
「…………?」
「我は黒竜。……天空で飛龍ごときに負けるつもりはないぞ?」


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