ライラの火球がぼんぼこと水に着弾した影響で、湯気でいっぱいになってしまった水場をみんなで出て。
セレンが持ってきてくれた自分の衣服を丸一日ぶりに着る。
「おお、雑魚っぽいのう」
「雑魚って言うな!」
セレスタ軍の歩兵夏季軍装に日よけのマントと旅用のベスト(たくさんポケットと革紐がついていて、いろいろ吊るしたり収納したりできる)を引っ掛けただけなので、雑魚というのは確かに間違ってないけど言われると凹む。
で。
「ふむ。いろいろと言いたい事がありそうな顔じゃの」
「無論だ」
ライラの飄々とした顔と、ディアーネさんの真面目……に構えようとして、若干どっちらけた雰囲気に流された呆れ混じりの顔。
「貴様は何だ。何故アンディを連れ去った。どういうつもりだ」
「我は黒竜ライラ。ラッセル迷宮のドラゴンパレスの最後の一匹。そこな坊やが入ってきたのは偶然じゃ。偶然じゃが久々の人間の男ゆえ、ちょいとつまみ食いしたくなったというわけじゃな」
「身も蓋もねえ……」
「ほ? なんじゃ坊や、もう少しロマンティックな語りが好みかえ」
「いや別にいい。いいからしなだれかかるな」
「つれないのう。さっきはアレほど激しく」
「だからお前空気読めよ!」
「すまんな、ワザとじゃし」
「ライラー!!」
俺とライラがじゃれあっているというかライラにじゃれ付かれる俺を、半ば呆然と見つめる他の面々。
「ほ、どうした。質問は終わりかえ」
「……ん、んんっ。いや、随分馴れ馴れしいなと思っただけだ」
咳払いをするディアーネさん。
「では。こんなところにドラゴンパレスがあるとは知らなかったが、何故周知しない。他のドラゴンパレスでは周辺の他種族との軋轢を避けるために大体の縄張りを宣言しているものだが」
「周知しようにも、我しかおらぬしのう。そもそも我の幻影を破って自ら侵入してきたのは坊やが初めてじゃ」
なんだかよくわからないが俺は記念すべき初物らしいよ。
「よくあんな中途半端な高さの幻影のほつれを突破したものと感心したが」
しかもアンゼロスに吹っ飛ばされたせいっぽいよ。
「……他の竜は死んだのか」
「否、百年前に西方の大陸に渡った。我は当時、ちょいと恋愛中での。ついていかなんだのじゃ」
「……恋愛中って」
「竜でも恋はするものじゃ。もっとも、我の正体が竜と知った途端挑みかかってきたもので泣く泣く叩き殺してしまったんじゃが」
「おい」
「仕方ないじゃろ。ドラゴンスレイヤー相手に手加減して生かしておいても他の竜が危ういんじゃ」
ドラゴンスレイヤーとは、竜専門のハンター。
今ではほとんど手に入らない遺跡文明の宝剣などを携え、ドラゴン族を相手に互角以上に戦う能力を持った恐るべき戦士たちがいたのだ。
……いた。今はほとんどいない。
それこそ百年前は相当数いたのだが、最初は剣士の腕試しだったのがやがて「現代文明に仇なすドラゴンとドラゴンパレスを大陸から追い出そう」という一大運動に発展してしまい、ドラゴンたちがキレたのだ。
そして大陸中のドラゴンパレスが過剰防衛主義にシフトした。
ドラゴンスレイヤーが一人来たら近くの街を一つ灰にする。
近くになかったら遠くでもどこでもいいのでとにかく焼く。
ドラゴンを相手に互角以上に立ち回れるドラゴンスレイヤーといえど、集団相手ではひとたまりもない。
そしてドラゴンスレイヤーは他ならぬ人間社会からも糾弾を受け、ほとんどが武器を置いて雲隠れするか処刑されることとなった。
今はその時代を指して火竜戦争時代と呼ぶ。
以降ドラゴンの恐怖を思い出した人間社会はドラゴンパレスに使者兼人柱を送って許しを乞い、相互不可侵の現代の社会関係が確立した。
今ではドラゴンパレスには山師と冒険家しか近づかないというのはそういうことだ。
しかし。
「その時期にいなくなったってことは、ドラゴンスレイヤーに追い出されたドラゴンもそれなりにはいたってことか」
「うちのドラゴンは他の土地と比べて、近隣の亜人間コロニーとの関係が良かったからの。ドラゴン同士の協約でドラゴンスレイヤー1人=街ひとつを遵守しなくてはならなんだし、それで近くのコロニーを潰さなければならなくなったら忍びないというので素直に移住を選んだのじゃ」
「つまり戦えば勝てていた?」
「このパレスにどれだけドラゴンがいたと思っておるんじゃ。600匹はおったぞ」
「……無理だな」
最盛期でドラゴンスレイヤーは256人だったという。実際には子供ドラゴンや、死ぬ寸前まで老いたドラゴンと戦えた程度がほとんどだったというし、全く勝負にならないだろう。
頭を振って、肩をすくめるディアーネさん。
「しかし恋した相手が天敵ドラゴンスレイヤーとは、貴様も相当なものだな」
「ドラゴンスレイヤーだけあってなかなか骨太な男での。危ないとは思いつつな……。流れの女戦士と偽ってついていって、三年ほどは蜜月が楽しめたかのう」
遠い目をするライラ。マゾ嗜好はその頃醸成されたのだろうか。
「というわけで我だけしかおらなんだでな。奴を殺してしまって五十年ほど落ち込んで、それから気分転換に十年ほど旅をして、最近はパレスにいつきながら、ジャンヌみたいな危なっかしい若いのを見つけては一緒に遊んでおった」
「うう、辛かっただねライラ姉様」
「昔の話じゃ」
ぽんぽん、ともらい泣きするジャンヌの頭を撫でるライラ。
そしてひとしきりしんみりした空気を作った後、その空気を振り払うように腕組みをしてニッと笑い、ディアーネさんに向き直った。
「しかしディアーネと言ったか。無手のダークエルフにしては大したものじゃのう。往時のドラゴンスレイヤーにも近いものを感じたぞ」
「これでも百人隊を預かる身だ」
「十人隊を預かる坊やは全然駄目じゃが」
ううっ。
「ぜ、全然駄目じゃない! アンディはあれで有能なんだぞ! 器用だし優しいし人望もあるし」
「うむうむ。その辺は立派じゃな。逸物もなかなか良い」
「ああ」
頷きあうディアーネさんとライラ。何か意気投合している。殴り合いで何か通じるものがあったのだろうか。
「百人長、下ネタに走らないで下さい」
「わ、私じゃない、そこのドラゴン女が」
「ほ。好きなくせにこの小娘が」
「ぼ、僕は別に好きではありません!」
初対面の相手にさえいじられるアンゼロスだった。
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