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 それからちょっとばかり酒を貰って呑んだら一瞬で朝になっていた。
「十人長ー、十人長ー、そろそろ起きるだよー」
「ん……?」
 杯に口をつけたところまでは覚えているんだが、気がついたらドラゴンパレスの天窓から青い空の光が降り注いでいる。
「十人長、酒も弱いだなぁ」
「いつもなら酒の味くらいは覚えてるんだが」
「駄目駄目だなー」
 ジャンヌがケラケラ笑う。俺は情けない生き物として認知されてしまったようだ。
 と。
「……十人長、なんだそれ」
「お?」
 大の字の俺の股間。
 全裸に貫頭衣を一枚引っ掛けただけだったので、前垂れがちょっとズレるだけでちんこが露出する。
 そしてそのちんこは天窓を指すようにそそり立っていた。そりゃ朝ですから。
「これは朝立ちという生理現象だ」
「……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 ジャンヌがみるみるうちに真っ赤になって全力ダッシュで逃げる。そこにライラがのっそりと入ってきて呆然と見送り、起き抜けの俺の姿を見て事情を察した。
「アンディだったか。……いきなり交尾を迫るのは感心せんぞ。あの子が可愛いのは認めるがの」
「迫ってない! つーかあれそういう歳じゃないだろ!!」
「ほ。我の裸で全然反応せなんだで、てっきりツルペタ趣味かと思うたが」
「違う! 俺はおっぱい大好きポルカっ子だ! 昨日はちょっと状況が状況だっただけだ!」
「そーかそーか。つまり我と交尾したくてそんなに猛っておるのかえ?」
「それも違う!」
 グダグダの話の流れを戻すのに10分近くかかった。


 で、落ち着いて。
 朝食として少しの野菜と山羊乳が出てきたのでありがたく戴いて。
「……ジャンヌの付き人をして欲しい?」
「うむ」
 妙な提案をされた。
「付き人って言っても。そもそも俺、戻らないと仲間に心配かけちまってるし」
「まあまあ。それは我の方でなんとかしておいてやるから今日一日だけ、な?」
「……で、何についていけって?」
「狩りじゃよ」
「狩り……?」

 そもそもジャンヌがライラと知り合ったのは数年前。
 悠悠自適の暮らしをしていたライラが暇潰しに迷宮内を散歩していたところ、例の豚魔物(ヘルズボアと呼ばれているらしい)から全力で逃げているジャンヌを助けたのがきっかけらしい。
「あれを相手に一人で狩りが出来ないと、あの子のコロニーでは一人前と認めてもらえず酒の一杯も飲ませてもらえないそうじゃ」
「……なかなかキッツいコロニーだな」
 一応牛オーガでもたまにやられるほど強いらしいんだが、あんな子供にやらせるのか。ドワーフが酒を求めるのはもはや習性に近いそうだから、、子供でも認められたいというのは理屈は通るけど。
「いつでも我が手伝ってやると言っているのじゃが、それでは何にもならんと言って聞かぬでの」
「なるほど……んで、弱い俺ならついて行っても大丈夫かもしれない、と」
「言い方は悪いが、そんなところじゃ」
「でも俺、フェイクじゃなくマジで弱いから。もともとクロスボウが得物だし」
 そのクロスボウも元の小部屋に置いてきてしまったので、今の俺の戦力は町民その1といったところだ。
「なに、我とてお主に無理してくれとは言わん。これを持ってついていってくれればええ」
 渡されたのは、掌ほどの石の欠片のようなもの。何かで塗りたくったように赤い。
「なにこれ」
「息吹の封石という秘宝のひとつでの。投げつければドラゴンの炎の息吹が瞬間的に溢れ出る。使い捨てじゃがヘルズボア程度なら一発じゃ」
 さすが秘宝。便利そうだ。
 でも。
「……直接ジャンヌに持たせればいいのに」
「それに頼りたくなくて無理しそうじゃから言っておる」
「……そっか」
 強いモノに頼りたくない。
 自分の手でなんとかしたい。一人前になりたい。
 一人前の戦士になるには大事なことだ。
「あくまで保険じゃ。保険じゃが……できればあの子が無理をしないうちに使って欲しいのう」
「なるほど……わかった」
 一宿一飯といいもの(ヌード)見せてもらって、なおかつドラゴンと会う貴重な体験のお代としては格安な提案かもしれない。
 そう思って、俺はそれを引き受けた。


「じ、十人長、本当にアタシに欲情してないだな?」
「してないしてない。安心しろ、あれは人間の男は朝なら誰でもなるんだ」
 どうやらドワーフは朝立ちしないらしい。とても余計な知識が一つ増えた。
「うぅ……あ、アタシは、駄目だぞ? 流れ者と助平するほど安い女じゃないだよ?」
「それ以前に無理じゃないのか……?」
 どうひいき目に見てもジャンヌは10歳〜12歳くらいにしか見えない。普通にセックスできる身体に見えないんだが。
 ……そんな微妙に気まずい会話をしながら、俺たちは迷宮の階段を上がっていた。
 ヘルズボアが生まれる場所と時間は決まっているらしい。生まれたてでもヘルズボアは成獣だし強いが、一匹ずつしか生まれない。
 群れていない時に狙えば分は悪くないだよ、というジャンヌの作戦だった。
「しかし……ドワーフって女の子でもそんなの使えるんだな」
 ジャンヌの得物を見て感心する。
 ヘッド部分だけで重さ10キロはありそうな巨大ハンマーだった。人間では大人の男でもなかなか振り回せるものではない。
「へへ。ドワーフを見直すだよ。確かにオーガほどむちゃくちゃじゃないけどパワーはあるし、その分器用さは折り紙つきだ」
「ああ」
 うちの部隊にもドワーフはいるが、あまり注目して種族的な強さを見ていたわけではなかった。これからはちょっと頼りにする比率を上げることにしよう。
 ……と。
 角を曲がった先の少し広い部屋の真ん中で、電光のようなものがバチバチいうのが見えた。
「出るだよ。下がってて、十人長」
「おう」
 一応、ライラからの説明ではジャンヌの活躍の見届け役ということになっている。ジャンヌは張り切ってハンマーを構え、魔物の出現に備えた。
 壁に隠れる。
 光が集まり、強まり、ジリジリとした時間が過ぎ。
 パン、と勢いのいい音がして、光が弾けた。
「…………」
「……あれ?」
 ジャンヌが拍子抜けの声を上げる。
 部屋の真ん中には何もいなかった。
「……出現、失敗、だか?」
「違う!」
 俺は素早く目を走らせた。左右、いない。隠れ場所になる障害物、ない。
 ならば。
「ジャンヌ、上だ避けろ!」
「!!」
 ヘルズボアは天井に蹄を突き刺してぶらさがり、ジャンヌを狙っていた。さすが魔物、生まれた瞬間から狡猾だ。
 ジャンヌが避けたところにヘルズボアが食いつく。石の地面を牙がえぐっていく。
「くっ!!」
 ジャンヌは反応が遅れた分をハンマーを手放してスピードを稼ぎ、無事に避けた。
 化け物の爪先が転がったハンマーを弾き飛ばし、ハンマーは俺の方に向かってぶんぶんと飛んでくる。伏せてかわすと、ハンマーは俺の背後の壁に突っ込んだ。
「うう……!」
 いきなり得物を手放す劣勢。
 拳でファイティングポーズを取りながらも、みるみるうちにジャンヌの顔に絶望が広がるのが見える。
「くそっ……」
 腰帯につけた袋の中の「息吹の封石」を掴み、俺は投げるかどうか瞬時迷う。
 これを投げればレフェリーストップ、試合終了。ジャンヌは間違いなく助かる。
 しかし俺の、軍の担い手としての思考が邪魔をした。

「ジャンヌ」
「っ!?」
「走れ、ジャンヌ! 逃げるな、立ち向かえ!」
「十人長!?」
「武器を手放したぐらいで諦めるな! 敵が強いぐらいで諦めるな! 武器がなくても石を投げろ! 石がなければ砂を撒け!」
「そ、そんなっ……」
「敵は待ってくれないぞ、動け! 敵より一つでも多くの事をしろ! 敵の弱点がわかっているならナイフひとつで充分だ!」
 口をついて出たのは、俺がトロットの訓練兵時代に教官の剣聖たちに叩き込まれた歩兵の基本だ。
 曰く、武器ひとつなくなったぐらいで何も出来ない兵になるな。
 準備が出来ていないからって惨めな死に方をするな。
 戦争は、そういうものじゃない。戦って勝って生きて帰るつもりなら、最後の最後まで力を抜くな。目を閉じるな。考えることをやめるな。絶望するな。
 手負いでなお恐れられる兵になれ。
 剣術ができなくても、泣いても漏らしてもいい、生きて帰れる兵になれ。
「お前は一人前になりたいんだろう!? 生きて本物になりたいんだろう!?」
「十人長……」
「敵の攻撃を避けたのは合格だ、お前は間違ってない! 次だ、次の手を考えろ! お前はまだ何も失ってない! まだ何も苦労していないだろう!!」
 久しぶりに、長期行軍でへこたれる準兵を怒鳴りつける時の俺になった。
 いるのだ。足が痛い、弦が切れた、もうだめだ、とすぐに泣き出す準兵が。
 そんな時はあえてトロットの剣聖たちの口真似をした。
 アイザックたちに見られると苦笑いされたが、俺がそうやって怒鳴った準兵はみんなちゃんと正兵になったのだ。
「……わかっただよ、十人長!」
「よしっ!」
 絶望が姿を消す。拳に殺気がみなぎる。
 あれでいい。
 ハンマーや剣は腕の、拳の延長でしかない。
 それを振り回せる力があの子にあるなら、それは素手でも、石でも、バカにならない威力になるはずだ。工学的に近接武器は本人の力以上のことはできない。
「う、おおおおおおおおおおお!!」
 ガアアアアアアアア!!
 ヘルズボアとジャンヌが真正面から交錯する。
 牙がジャンヌを突き破ろうとするが、重い得物を捨てて身軽になった怪力少女はヘルズボアの速度を軽く陵駕。頭の真横に回って、その血走った目玉に拳を叩き込む。
「りゃっ!!」
 ゴアアアッ!!
 ヘルズボアは片目を潰され、錯乱。
 暴れ出す。
 その死角を維持しながらジャンヌは地面を飛ぶように駆け、伏せている俺の上を飛び越えてハンマーの柄を掴む。
「十人長」
「いけ!」
「うん!!」
 ボゴオ、と景気よく岩を撒き散らしてハンマーを引き抜くジャンヌ。
 その音に気づいたヘルズボアが振り向く。一個しか残っていない目は血走りすぎて真っ赤になっていた。
「さあ、仕上げだ豚っころ!」
 ガアアアア!!
 雄叫びを上げるヘルズボア。返り血で肘まで真っ赤に染まった腕で、軽々とハンマーを構えるジャンヌ。
 再び、交錯。
 今度は正真正銘、真っ向からの勝負。
 そして、恐れを克服したジャンヌのハンマーが、錯乱した魔物のメチャクチャな動きに負けるわけがなく。
「だりゃあああああああっ!!」
 パギョッ!!
 ……牙ごと鼻ごと頭ごと、アンダーからフルスイングしたハンマーに粉砕されて、ヘルズボアは生まれてたった3分の命を終えた。


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