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月の下。
砂漠の真ん中の小さな村は、ドンチャン騒ぎに浮かれていた。
「アイザックって村でも人望あったんだなぁ……」
ちょっと羨ましい。
俺がポルカに帰っても、アップルとセレンと両親以外で誰か気にしてくれる人がいるだろうか。
「まあねぇ。ほれお客人、もっと呑みな呑みな」
「おっととと」
アイザックの母だという牛オーガの女性が酌してくれる。
オーガ用の巨大なジョッキなので、相当頑張って減らしたんだがこれでまた呑まざるを得ない。
「どう、ケリーは。軍隊で足なんか引っ張ってないですかね」
「アイツは……結構優秀な方だと思いますよ」
一応事実としてアイザックは優秀なので、それだけ言っておく。
アイザックの母は、ふーっとため息をついた。少し残念そう。
「できればとっととポカでもやって除隊して、帰ってきてほしいんだけど」
「?」
「男手不足なんだよねえ……」
見回してみると、確かに男の牛オーガに比べて女の方が多い気がする。
「徴兵……?」
俺が呟くが、横にいたディアーネさんは首を振る。
「こんなところ、徴兵しにこようって言ったって役人が辿り着けるとも思えない。アイザックだって志願兵のはずだ」
「そう。そうなんだけどさ……」
アイザック母、遠い目。
「この肉、どこから持ってきてると思う?」
豚のようなものの丸焼きを指差す。
言われてみれば家畜なんかをそうそう牧畜できる土地にも思えない。
「……もしや」
「魔物、ですか」
「まあ、分類の上ではそうなるらしいね」
アンゼロスとセレンの言葉にアイザック母が頷く。
思わず吹きそうになる俺。
悪い気の流れの産物である魔物の肉を食うとか、聞いたこともない。
「もともと食べる用の魔物らしいんだよ、そいつ。昔、迷宮作った人たちがそういう風にしたっていう伝承がある」
「そ、そうなのか……」
食べる用でも……なぁ。
「でも、狩りにいくのは危険でね。たまにやられちまうんだ」
「…………」
「まあ迷宮に頼って暮らしてる身だ、覚悟しているんだけどね……どうしても男はバカだから、見栄を張って女どもを逃がすためにムチャしちまうんだよ」
オーガ族は男女をともに戦闘員とみなす風潮がある。だが、男が死にやすい部分はそういったところから出てしまうらしい。
「だからもう立派に出世してるみたいだし、早く帰ってきてほしいんだけどね……」
「なるほど」
「それをあの子ったらいつまでもウジウジと」
「……は?」
「あぁ、あの子が帰ってこない理由はわかってるんだよ」
イライラした様子でアイザック母は目を吊り上げる。
「幼馴染を寝取られたからって!」
「ね、寝取られ?」
アイザックは幼い頃、結婚を誓った一つ年上の幼馴染がいたらしい。
しかし、結構美人だったのでライバルも多く、アイザックはリードするために都会で偉くなることを誓ったのだそうだ。
軍隊で偉くなって、ついでに都会的なセンスを磨いてくれば、田舎者の中では文句なく彼女を迎える資格を主張できる。アイザックはそう思って、セレスタ軍に志願したのだそうだ。
数年後、正兵になったタイミングで、幼い頃の約束を婚約という形でしっかり確定させるためにアイザックは村に帰ってきた。
しかし彼女はアイザックのいない隙に結婚していた。
オーガ族の女性は出産機能が高く、14歳あたりからもう結婚が出来るとされる。時にアイザック20歳、彼女21歳。田舎で彼女に確約もなく待っててもらうには遅すぎたのだ。
失意のアイザックはその後、帰る頻度を段々と減らしていき、数年前を最後にパッタリ帰ってきていないという。
「……うわー」
ヘビーな話だ。俺も例えばポルカに帰って、セレンやアップルが別の男とくっついて赤ん坊を抱いていたりしたら立ち直れないかもしれない。
まあ最後の数年というのは、クロスボウ隊に転属してきてからの里帰り不能期間だからしょうがないとして。
「駄目駄目ですねアイザックさん」
「駄目だな」
そして、何故かセレンとディアーネさんは辛辣だった。
「ちょっと同情してあげようよディアーネさん」
「何を言う。取られていたら取り返せ」
「そうです。先にツバつけられたぐらいで負けを認めてどうするんですか」
この人たちはちょっと無闇にタフすぎる。……だから俺を巡ってぐちょぐちょぬるぬるの夜の取り合いなんか継続してられるんだろうけど。
「そうだよ。女なんざ力づくで振り向かせるのがオーガの流儀ってもんだよ」
そしてアイザック母も妙にアグレッシブだった。
「オーガの風習では一夫多妻も一妻多夫もアリ。結婚してからだって、より強くていい男が下克上して女の一番を奪い取るもんなんだ。それをふて腐れてあの子はもう」
「…………」
オーガの世界すげぇ。
この和やかな小さな村落、実はものすごく複雑に爛れた関係になってたりするんだろうか。
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